突然の再会
「単刀直入に言います。私をフェリシア様と一緒に、ガルヴァスへ連れて行ってください」
タイロンが宿泊する部屋の、小さなテーブルに添えられた、一脚しかない椅子に座ったルカが言った。
ベッドに腰掛けているシリルは、ほんの僅かの目を見開き、扉のすぐ横に寄りかかっていたタイロンは、「はぁ!?」と、大声を上げた。
「おいおいおい!お前、自分が何を言ってるか分かってんのか!?」
「分かっています。メティスリアは、すでに豊かな国です。フェリシア様が行くだけで、ガルヴァスが豊かになるのであれば、犠牲は最小限で済むと思いませんか?」
ルカの頭から床へと降りた小鳥が、カツ、カツと音を立てながら歩き回る音だけが、静かに響く。
シリルが、静寂を破るように大きく息を吐いた。
「何故、貴方も一緒に連れて行かなければならないのですか?私たちは、フェリシア様さえ連れて行ければ良いのですが」
「私を連れて行けば、あなたたちの手柄が増えると思います」
タイロンがルカの言葉を聞いて大笑いを始める。その笑いはルカへの嘲笑が含まれているような嫌味な笑い方だった。
「はっはっはっ!お前にそんな価値があるわけねぇだろ!!まさか『赤い瞳だから皇族なんですぅー』とか、言わねーよなぁ!?」
「タイロンさん、よく分かりましたね」
「おいおいおい!てめぇ!いい加減なこと言ってんじゃねーぞ!!」
タイロンはドカドカと足音を立ててルカへ近寄ると、ルカの胸ぐらを掴み、立ち上がらせる。そして、ルカへと自らの顔を限界まで近付けると、凄んでみせた。
「俺たちが、ただの使い捨ての駒だと思ったら大間違いだぞ!?俺たちは、ロイズ様とは幼い頃から一緒に育ってきた、幼馴染なんだからな!お前みたいな皇族は──城の中にはいなかったぞ!!」
ルカは、鼻息も荒く自分の胸ぐらを掴むタイロンを、赤い瞳で真っ直ぐに見つめる。シリルがベッドから立ち上がり、タイロンの腕に触れる。
「タイロン、落ち着いて」
「落ち着いていられるか!こんな嘘で、俺たちが騙されるって思われてんだぞ!?バカにするのもいい加減にしろ!!」
「ロイズ・エール・ガルヴァス」
ルカは先ほどと変わらず、タイロンの瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。
その言葉に、驚愕の表情を浮かべるタイロンを尻目にルカは言葉を続ける。
「私の隠し名は、ルカ・ヴァルシード・ガルヴァス。ガルヴァスの第二皇太子です」
タイロンは、力が抜けたようにルカから手を離す。そして、よろよろと後ろへ下がると「……嘘だろ」と、額に手を当てる。シリルは、信じられない物を見るかのような目でルカを見ている。
「私が言ったことが真実かどうか、ロイズ様に確認してください。そこで嘘だと言うのであれば、私を処刑でもなんでもすれば良い」
ルカは、足元を歩く小鳥をそっと指先へと乗せると、自らの頬へと寄せる。小鳥は嬉しそうにルカの頬へと擦り寄り──ピロロロロ、と可愛くさえずる。そして、フワリと舞い上がりルカの頭へと降り立った小鳥は、ルカの髪の毛で遊び始めた。
シリルは、小鳥の動きからルカへと視線を戻すと僅かに眉間にしわを寄せる。
「ガルヴァス直系のシンボルが『ピンクの瞳』になる前、赤い瞳の発現率は、血の濃さに比例すると言われていました。その当時の国王に血が近いほど、より濃い赤になると……」
シリルが、ガルヴァスの隠された真実に触れかけていることに気が付き、慌てて口を閉ざす。
(ロイズ様の瞳はピンク色……現国王の実の子どもではないかもしれない。ロイズ様が、自分の出自に気が付いているのであれば……ルカ様を連れて戻っても、余計なことになるかもしれない)
シリルが急に思案顔になったのを不審に思い、タイロンが声をかける。
「おいおいおい!シリル、大丈夫か!?どーすんだよ、こいつ!」
「私にも、判断できません」
「そんなこと言うなよ!小鳥だけ連れて行ったら、メティスリアとの約束を反故したことになっちまうし──!!」
タイロンは、困り果てたように頭をガシガシと掻きむしる。シリルは完全に思考を停止したようでフリーズしている。しかし、その光景に一番戸惑っているのはルカだった。
(えーと……こんなに敵陣を混乱させることになるとは思っていなかったんですが……。)
──ギャギャギャギャ!
突然、ルカの頭の上で警戒の鳴き声を上げる小鳥に驚いた三人は一斉に身構えた。
──キィィィィィン
耳障りな高音と共に、床が光り始める。
その光の中に、ジワジワと魔法師が浮かび上がっていく。その時、シリルは自分の腕のブレスレット──転移装置のピンクの宝石が共鳴して光っていることに気が付いた。
「──まさかっ!ロイズ様が来ます!」
シリルが口にするのとほぼ同時に、目の前には黒髪にピンクの瞳の青年が立っていた。彼は、ルカを見るなり驚いた顔をしたが、すぐにふわりと微笑んでルカの肩へと手を乗せた。
「やぁ、ルカ。こんな所で会えるとは思っていなかったよ。今まで、どこに隠れていたんだい?」
「あ……兄上。私は、メティスリアに潜んで奴らの懐へと入り込み、貴方のお役に立てる時を待っていました」
ルカは、自らの胸に手を置き礼をする。意図せず、ルカの頭へと移動していた小鳥が、ロイズの目の前に差し出される形となる。
(……あ!頭にフェリシア様がいたんだった!)
ルカがそう思った時には、もう遅く、ロイズがフェリシアへと手を伸ばそうとしているところだった。
「この美しい小鳥が、フェリシア様なのか?変化の薬で何に変化するのかと思っていたが……このように愛らしい小鳥なら、このままで僕の手元に置いておきたくなってしまう」
うっとりした瞳で小鳥に手を伸ばしたが、小鳥は身をすくめて後ろへ下がると、ロイズの手から逃げるように、さっと飛び立ちタイロンの肩へと移動した。
それを見たシリルが慌てて、自らの指先へと小鳥を乗せ、もう一度ロイズの目の前へと差し出す。
──ギャギャギャギャ!
ロイズの目の前へと差し出された小鳥が、激しく鳴き声を上げ、身を低くして警戒の姿勢をとる。それを見たロイズは、満足気に笑うとルカへと向き直る。
「なぁ、ルカ?フェリシア様は、やはりとんだお転婆娘だな。小鳥になっても、僕の手を拒むとは!僕はね、調教のしがいがある女は大好きなんだよ。従順な女なんて、人形のようでつまらない」
「……兄上、私がこっそりとメティスリアの奴らから、フェリシア様をここへ連れて参りました。この者たちに、ガルヴァスへと連れて行ってほしいと頼んだのですが、よい返事がもらえず……お願いです、兄上。私もガルヴァスのために駒として使ってください!」
ロイズは、冷ややかな瞳でルカを見ると、何かを思いついたようににやりと微笑む。そして、小鳥を指差すと楽しそうに言った。
「ルカ、この小鳥から羽を一本抜いてくれないか?あまりにも綺麗だからな、羽ペンでも作らせよう」
「兄上……それは」
「ルカ、これはお願いではない。命令だ。僕のために何でもするのだろう?」
シリルが僅かに小鳥を乗せる手に力を入れた。
──ファサッ
ロイズ以外の人間がその場で動けなくなる中、銀色の小鳥だけが羽ばたいた。
──ピューイ ピロロロロ
銀色の小鳥は、シリルの手を自ら離れると今しがた自分を指差していたロイズの指先へと舞い降りたのだった。そして、紫水晶の瞳をロイズへ向けると、小首を傾げながら、愛らしくさえずって見せた。
「──っ!!」
小鳥の行動に、その場の全員が言葉を失っている中、小鳥は何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。自らの風切羽を引き抜くとくちばしにしっかりと咥える。
そして、小鳥はロイズに差し出すように羽を咥えたまま、じっと彼だけを見つめている。
(──何故、このような行動を?変化している間は、人間の記憶はないはずだが……まさか、まだ意識が残っているのか!?)
ロイズが、小鳥の行動を理解できないというような、驚愕と恐怖の入り混じる眼差しを向ける。
小鳥の動きを見ていたタイロンが、思わず感嘆の声を上げた。
「──こんな小鳥でも、命令に従わなきゃって思わせるなんて……やっぱり、ロイズ様は素晴らしい威厳をお持ちなんですね!さぁ、小鳥も待っていることですし、羽を受け取ってしまいましょう!」
ロイズの真横までやってきたタイロンは、ニコニコとしながら「きっと、素敵な羽ペンになりますよ」と言い、ロイズへと羽を受け取ることを促している。
「あ……あぁ、そうだな」
ロイズはそっと手を差し出す。先ほどは、あんなに嫌がっていた小鳥だが、今は大人しくロイズの掌の上へと羽を置いた。そればかりか、腕を伝ってロイズの肩へ登ると頬を擦り寄せてくる。
──もふもふ ふわふわ
ロイズは自分の頬に触れる、小鳥の柔らかで心地よい感触と、その行動に驚いたものの、悪い気はしないようだった。
「──ルカ、小鳥に助けられたな。しかし、わざわざフェリシア様を、シリルたちの元へ連れて来るということは、それなりの覚悟あっての行動だろう。お前も共にガルヴァスへ来ることを許そう」
「──あ、ありがとうございます!」
ルカは慌てて片膝を付くと、ロイズへ忠誠を誓う。
「私、ルカ・ヴァルシード・ガルヴァスは、国の民たちにとってより豊かで過ごしやすい場所となるよう、ロイズ様の手となり足となり、命ある限り尽くし抜くことを誓います!」
「……僕、ロイズ・エール・ガルヴァスは、お前の忠誠心を信じ、国のために最後まで最善の道を選択し、歩んで行くことをここに宣言する」
ロイズたちの宣誓のやりとりを、間近で固唾を飲んで見守っていたシリルとタイロン。この二人は宣誓が終わった瞬間、その安堵から本当はベッドへ倒れ込みたいと思っていたことなど、ルカは知る由もなかった。




