シリルの気持ち
村長宅での治療が終わり、エドガーとルカへと銀色の小鳥を渡した後、タイロンは宿のベッドの上に仰向けで寝転んでいた。
砂岩を組み立ててできている土台の上に、毛足の長い巨獣の毛皮を剥ぎ合わせ、中に綿を詰めた布団を敷いただけの簡易的なベッドだったが、一晩寝るには十分な設備だった。
タイロンは、ふいに自分の顔に触れて、そこに目、鼻、口があることを確認する。
「あの、ルカって男……絶対にフローレンス家の奴だよな。じゃなけりゃ、こんなに完璧に治療と修復ができるわけがねぇ」
ゴロンと横を向くと、窓の外がよく見えた。夜のポルト村は、あちこちで松明が焚かれていて村の中をぼんやりと柔らかい炎が照らしている。
宿から少し離れた村長宅の前に、エドガーとルカ、そして宿に向かって歩いてくるシリルを見つけたタイロンは、思わず目が離せなくなる。
「おいおいおい!!シリルが──あの、いつもは何考えてんだか分かんねぇシリルが……っ!!笑ってんじゃねぇかよぉ!!しかも、笑ったらめちゃくちゃ美人じゃねぇかよぉぉぉ!!」
タイロンが、その事実を受け止めきれずにごろごろとベッドの上を転がっていると、部屋の扉が規則正しくノックされる。そして、静かにシリルが入ってくる。
流れるような所作に、華奢な手足はスラリと長く、細くくびれた腰周りの服が剥ぎ取られたかのように、肌が丸見えになっている。
「お……おいおいおい!!女が、そんなに肌を出してたらダメだろーがよ!何やってんだ!早く着替えてこいって!!」
タイロンは、目のやり場に困っているのか、その瞳は完全に泳いでいる。タイロンの言葉の意味がまったく分からないシリルは、見当違いな返答をする。
「これは、タイロンがデザート・サーペントに飲み込まれた後に、その尻尾で弾かれたのですが──硬い皮膚だったために服が裂けてしまいました」
「ち、ちげーよ!!結婚前の女は、そんな破廉恥な真似はしちゃダメだろって!!──いーから、早く着替えろっ!!」
──ガチャッ バタン!
タイロンに部屋の外へ追い出されてしまったシリルは、仕方なく自室へ戻り着替えをする。
(治療している時もこの格好だったのですが。)
少し腑に落ちなかったが、さっさと着替えを終えてもう一度タイロンの部屋を訪ねる。
──コンコンッ
「──コホン。ど……どうぞ!」
中からは、ややかしこまったタイロンの返事が聞こえた。先ほどと何ら変わらず、ゆっくりと室内へ入ると、椅子へ腰掛けるように促される。
椅子のそばまで歩いて行ったシリルが、椅子を引こうと手を伸ばすが、それより先にタイロンが椅子を引いてくれる。
「ありがとうございます」
とシリルが答え、着席しようとすると、その動きに合わせてタイロンが絶妙に椅子の位置を修正してくれる。
この部屋には椅子が一脚しかないため、タイロンはテーブルを挟んだ、向かい側にあるベッドへと腰掛ける。そして、じっとシリルを見つめている。いつもより、キリッとした顔付き──のような気がする。そんなタイロンと視線を合わたまま、シリルは話を始める。
「タイロン、これからの話をしたいのですが」
「ああ」
「私は、このままフェリシア様をエドガー様たちにお返ししたいのです」
「ああ」
「ガルヴァスへ帰ったら、きっと私たちはロイズ様に処分されると思います」
「ああ」
「ですから、タイロン。私と共に逃げませんか?」
「ああ……っうえ!?お前、今、何て言った!?」
タイロンはベッドから飛び上がるように立ち上がると、シリルへ大股で近寄り、その華奢な肩を掴みガクガクと揺さぶり始める。
「おいおいおい!そんなやべーこと、言うんじゃねーよ!どこに、盗聴装置が仕込まれてるかも分かんねーのに!俺の金輪だって、お前の浮遊装置も、転移装置もロイズ様からいただいた物だろ!?俺らが、裏切らないかを監視してる可能性だってあるんだぜ!?」
「そうですね……でしたら、ロイズ様からいただいた物は全て置いていきましょう」
シリルはそう言うと、ピンクの宝石が光るブレスレットを外してテーブルへ置く。次に、長い黒髪をまとめていたブレスレットと同じ宝石の付いた髪飾りを外す。シリルの長い髪がサラリと広がり、華奢な肩へと落ちていく。
「これなら、私と共に逃げてくれますか?」
「おいおいおい!そーじゃねぇんだよ!すでにこの会話がやべーだろって言ってんだよ!!あーーったく!!」
タイロンは、いそいそとシリルの細い手首へとブレスレットをはめると、シリルの背後へ立つ。そして、慣れた手つきでシリルの髪をまとめると、ロイズからもらったという髪飾りを付ける。
「……お前が考えてることは伝わったよ。でもな、俺たちは、ガルヴァスの発展と繁栄のためなら、この命を捧げるって誓ったじゃねーか。──今更、自分の命が惜しくなったってことか?」
「──ですが、もしロイズ様の選んだ道が間違っていたら──」
タイロンは、何も言えずに口をつぐんでいるシリルから目を逸らし、窓の外に視線向けて語りかける。
「間違った道を選んでいたとしても、行き着く先はガルヴァスの民のための行動だろ?あんな荒れ果てた領土での生活、過酷に決まってる。毎日のように魔物に襲われ、食べる物も十分にない。ロイズ様が、魔物や魔晶石の研究の成果を近隣諸国へ共有しても、感謝はすれど誰も助けてはくれなかったんだ。進むべき道は、自分たちの手で切り拓くしかないだろ?」
タイロンの見つめる先には、松明の明かりに照らされたことで、さらに瞳を赤く燃やしたルカが銀色の小鳥を指先に乗せて、歩いているのが見える。
「……シリル、メティスリアのルカってやつ、フローレンス家の人間だと思わねーか?」
タイロンが、外を見つめたままシリルへと問いかける。シリルは、タイロンの視線の先のルカを見つけて、小さく頷く。
「そうですね。直系ではないかもしれませんが。彼もまた、ガルヴァス国内では生きていけないと思い、メティスリアへと働きに出た人々の一人かもしれないですね」
「ああ。人はどんな過去や想いを持っているか分からねーもんだからな。……シリル。ガルヴァスへ帰った後、ロイズ様に処分されなかったら……また話そうぜ」
タイロンが、いつもより優しい口調で語り掛けたのは、自分のためだと分かり、シリルは胸がむず痒くなるのを感じた。
「そう言えば、ルカの瞳は赤だったな──アルベリヒ陛下の色と一緒かぁ。ちょっと前までは、赤い瞳だけがガルヴァスの直系の色とされていたはずだが……それが間違いだったと発表されたよな?」
「そうですね。ロイズ様がピンクの瞳ですから……そのように発表されたのは、5年前でしょうか」
「5年前か……まさかとは、思うけどルカが皇族の可能性ってあるのか?」
タイロンの発言に眉を寄せたシリルが、タイロンへと近寄る。彼女は、自然な動きで人差し指をタイロンの唇へと押し当てた。
「それは、まずい会話なのではないですか?」
「───っ!!」
タイロンがシリルによって直立不動にさせられていると、ふいに扉がノックされる。その音に、慌てて身体を離したタイロンは慎重に声をかける。
「──誰だ?」
扉の外から、僅かにバサバサと音が聞こえる。その音が収まってから、潜めるような声が返ってくる。
「ルカです。お話があって参りました。中に入れてもらえないでしょうか?」
その返答に驚いた二人は、思わず顔を見合わせる。そして、どちらからともなく頷くと扉へと向かい、ドアノブを回す。
──ガチャ
扉の前には、髪の毛を小鳥によってグシャグシャに乱されたまま、どうすることも出来ず困ったように立ち尽くすルカがいた。
「……あの、鳥って頭の上で巣を作ったりするんでしたっけ?」
「俺が知るわけねーだろ」
「ですよねー……」
「お前、何しに来たんだよ」
「あ!大事な話があるんです。中に入れてもらえませんか?」
タイロンは、怪訝そうな顔しながら道を開けると、ルカへ中に入るよう促す。
「少しでも変な動きをしたら……どうなるか分かってんだろーなぁ?」
「変なことするつもりなら、もうやってます。それに、そんなことをするならフェリシア様は連れてきませんよ」
ルカと小鳥が部屋の中へと入った後、タイロンは廊下に顔を出し誰もいないかを確認してから、静かに扉を閉めた。




