ルカ
ルカの覚悟を決めた告白を聞いた二人と一匹は、口をつぐむとお互いに顔を見合わせる。しばらく、視線だけでやり取りしていたが、短く息を吐いたエドガーが、ルカへと視線を戻した。
「……フェリシアがお前を連れて逃げた時に、素性は調べさせてもらった。エバンス領は確かに存在している。現当主レイモンド・エバンスには、カトリーヌという妻がいる。彼らの間に産まれたのはアリシア、マレーネという二人の娘だ。そして、アリシアは、ガルヴァス国王へ嫁いでいるが、嫡男は一人──ロイズ様しか産まれていない」
エドガーはルカの反応を見るために、一度話を止める。ルカは、赤い瞳を伏せることなくエドガーを見つめ返していた。彼の瞳の中に、真実が明るみに出ることへの恐れはないと感じたエドガーは、また口を開いた。
「マレーネは、幼い頃に流行り病で亡くなっているそうだ。ガルヴァスのここ20年の公式記録の中にも『ルカ』という名前はおろか、ロイズ様以外の子どもが産まれた記録すらなかった。……しかし、お前はガルヴァス国の直系にしか現れないはずの「赤い瞳」を色濃く受け継いでいる。──つまり、お前が第二皇太子というのが本当であれば、婚外子か⋯⋯存在すら知られていない子どもということになる」
エドガーが全てを話し終えると、ルカは相変わらず強い眼差しのまま口を開いた。
「はい。アリシア様が連れていた侍女ベアトリスとガルヴァス国王との間に産まれた婚外子が、私です。──アリシア様と私の母は、父親違いの姉妹でした」
「父親違い──ということは、レイモンド・エバンス様と結婚する前に、カトリーヌ様が産んだ子どもがいるということですか?」
レナが驚いた様子で口を開く。それもそのはず、身分はどうであれ結婚前に子どもを産んだ場合、ふしだらで穢れた存在として扱われることが一般的だった。仮に、結婚してから女児を産んだとしても、死別以外で悪評を立てられずに離縁する方法などないに等しかった。
ルカは、レナの言葉に頷くと口を開いた。
「カトリーヌ様──私のお祖母様は、フローレンス領の貧しい農家の娘でした。たまたま領地の視察へと来ていたフローレンス公爵家の嫡男と恋仲になり、私の母を産んでいます」
「ガルヴァスの名門貴族であるフローレンス公爵家だと!?ルカ、お前はフローレンスの血も引いているのか!?」
エドガーが柄にもなく椅子から勢いよく立ち上がる。レナも驚愕で瞳を丸くしている。
その家名は、ガルヴァス王国の中で、国王の次に最も位の高い家柄だった。今も昔も、王家直属の治療師や、優秀な治癒魔法使いを輩出している超名門貴族である。
「──はい。お陰で私にも、治癒魔法の才能が少しだけ受け継がれています。その後のお祖母様の人生にも紆余曲折あったようですが……エバンス領へと嫁ぐことが決まった際、フローレンスの血を引く私の母を養女として迎えると、後々に何かの火種になることを恐れ、メイドとして雇った孤児ということにしていた、と聞かされています」
エドガーはそこまで聞くと、身体の力を抜き、ふぅと息を吐きながら、ゆっくりと腰を下ろす。
「そして、ルカの母親は『メイドとして雇われた孤児』という立場のまま、アリシア様の嫁ぎ先であるガルヴァスへと渡ったのか」
──複雑な生い立ちだな、と呟くエドガーの横では、レナが憂いを帯びた表情で唇を噛み締めている。
「──きっと、ルカの母上と共に生活をする中で、彼女がフローレンスの血筋だと突き止めたガルヴァス国王が、自分の血筋をより強固なものとするために産ませたのでしょうね」
エドガーとレナが複雑な表情をする中、ルカ本人はやっと真実を言えてスッキリしたような顔をしている。そこへ、ふいに大きな欠伸が聞こえてきた。
「ふぁーあ。いつの時代でも、人間ってのは面倒だよな。あっちの家の血が欲しい、こっちの家の方が高貴な血筋だ──ってよ。──で?お前は、これから何をしなけりゃならないんだ?一人で何を背負ってんだ?」
ネロは退屈そうに床に寝そべったまま、両耳をパタパタ、長い尻尾を左右にゆったりと動かしながらルカを見つめている。
「……8年前、父上と兄上がメティスリアへお忍びで視察に行ってから、兄上は人が変わったように私を排除しようと躍起になり始めました。──そして5年前、突然アリシア様が私と母を城から追い出したのです。『今は、ロイズから逃げなさい。そして、いつかあの子を止めてほしい』と言っていました。──そして、その後すぐ父上は兄上によって命を奪われたと聞いています」
ルカは過去を思い出したのか、一瞬だけ寂しげに俯いたが、次の瞬間には力強く顔を上げ、エドガーたちへと宣言した。
「私は、兄上がやろうとしていることを止めます!!」
ルカの赤い瞳には決意の炎がメラメラと燃え上がり、エドガーたちもその決意に力強く頷き返す。
「──しかし、ガルヴァス国王は5年前に崩御していたのか。近隣諸国には病に臥せっていると伝えていたはずだ。……では何故、ロイズ様は未だに『皇太子』と名乗っているのだ?」
王位に就くため父親を殺したのであれば、すぐさま王位継承権第一位のロイズ自らが「国王」になれたはずだった。しかし、そうはせずに皇太子の地位にとどまる理由を考えても、エドガーには納得する答えを導き出すことはできなかった。
「そんなのも分かんねぇのかよ。これだから人間って奴は……いつの時代も未熟なままなんだよなぁ」
エドガーが首をひねっていると、ネロが呆れたような声色で口を開いた。
「皇太子でいる方が都合がいいんだろ。王になったら、ほいほい出歩けないんだぞ。ジョナサン殿下のような突然の葬儀だって、王だったら色々な手続きを踏まないといけないから、参列できない可能性がある……まぁ、俺みたいに?何百年もの間、数え切れない人数の王の側に仕えたことがないと、想像もできないだろうが、あれは、ただ権力と決定権だけを与えられ、生かされている人形も同然だぜ」
「──王の側に……か。そうだな。私は王になるべくして産まれた方にしか仕えたことはないな。それで言うと、ジョナサン殿下が崩御した今、フェリシアが女王となれば、私は王を誰よりも側で公私ともに支える立場になるな。……そうだろ?ネロ?」
エドガーは、敢えて含みのある言い方をして黒豹の精霊を牽制する。それを聞いたネロは、さも面白いことを聞いたというように大きな口を開けて笑う。
「そんな未来が来た時には、お前がどんな風に王を支え、共に歩んでいくのかをレナと共に特等席で見させてもらうぞ!」
レナが呆れた表情で目を伏せてから、仕切り直すようにルカへと言葉を投げかける。
「ルカ、貴方の決意と、私たちがフェリシア様を守ろうとしている想いは、きっと同じ道の上にあると思います」
「そうだな。ロイズ様は、フェリシアがいないと成し遂げられないような陰謀を企んでいるはずだ。まずは、その目的が何なのかハッキリさせないといけないな」
三人が頭をひねって良案を考えていると、ネロが、先ほどのように「そんなの簡単なことだろ」と言わんばかりの態度で提案する。
「ルカが、お姫さんを連れてガルヴァスへ乗り込めばいいじゃねぇか。今までは私が間違っていましたー。これからは、国のために兄上の手伝いをさせてくださーい。信用してもらえるように、フェリシア様を連れて参りましたーってな」
ネロの提案に、三人はあんぐりと口を開けたままになるが、やかんの水が沸騰したように口々に非難を始める。特にエドガーの理性の糸がブツリと切れたような激昂は凄まじかった。
「ネロ!あなたは、フェリシア様を危険に晒すことが、得策だなんて……いくら私の家系が代々契約をさせてもらっている精霊だとしても、不敬ですよ!──一体どちらの味方なのですか!?」
「──フェリシアが俺から離れるだけでも許せないというのに!!それも、他の男と共に行かせる!?しかも、わざわざ彼女を危険に晒すだと!?そのような無謀な作戦は到底、認められない!!」
「──ネロ様!!兄上の目的がフェリシア様の命を奪うようなものだったら、どうするんですか!!」
ネロは三人から非難の言葉を浴びせられても、一切反省しないばかりか、むしろ更に三人を煽り始める。
「ハッ、雛鳥みたいにピヨピヨ鳴きやがって。綺麗事ばっか並べるのやめろ!レナ、お前はルカがガルヴァスで失敗すると思ってんのか? 次にルカ!お前はフェリシアを守り抜く覚悟はねぇのか!? 最後にエドガー!お前の愛するお姫さんは、ただ腕の中で守られてるだけの、か弱くて何もできねぇ女なのか!?お互いがお互いを信頼しているなら、必ずうまくいく!そうは思わねぇのか!?」
ネロの言葉に、今度こそぐうの音も出なくなる三人は一様に机へと視線を落とす。すると、机の中央へと銀色の小鳥がふわりと舞い降りてくる。
──ピィ ピューイ
愛らしい鳴き声を上げ、机の上をちょんちょんと移動しながら、レナ、エドガー、ルカの顔を順番に覗き込んでいく。小鳥に変化した際、人間の頃の記憶を失っているはずだったが、その紫水晶の瞳に映る自分の情けない顔を見て、三人はふっと笑みをこぼしてしまう。
(ルカならきっと大丈夫ですね。私にしか出来ないことをやりましょう!)
レナは、胸の前で拳を握り締めた。
(フェリシアだったら、止められても自らガルヴァスへ乗り込んでしまうだろうな。だが、私が必ず迎えに行こう!)
エドガーは、愛おしそうに小鳥を見つめた。
(私は、フェリシア様を守り抜く!そして、兄上を必ず止める!)
ルカは、赤く燃える瞳でロイズの顔を思い出していた。
三人の瞳に輝きが戻ったのを確認したネロは、また大きな欠伸をして床へと突っ伏す。小鳥は軽やかに羽ばたくとネロの頭へと止まる。そして、ピクピクと動くネロの耳が気になるのか、ツンツンとくちばしでつついている。エドガーは、それを惚けた顔で見つめてからルカへと視線を戻す。
「ルカ、お前はこれからシリルたちのところへ行き、ガルヴァスの懐へ入り込めるようにしてくれ。──多分だが、あの二人もお前の正体に気が付いている。だが、私はお前を信頼してフェリシアを預ける。相手の裏をかくための大切なこの一手を、必ず次へと繋げてほしい。」
「──はい。必ずフェリシア様を守り、兄上の野望を打ち砕きます!」
ルカは力強く答えたあと、エドガーとレナへお願いをする。
「──もしも、私がガルヴァスで敵の罠にはまってしまった時に、この作戦の全容がバレないように、私に誓約魔法をかけてくれませんか?」
レナが──本気ですか?と、心配そうな眼差しをルカへと向ける。
「……しかし、それは貴方の命を脅かすことにも繋がりますよ?」
「はい。本気です。私は自分の命と引き換えてでも、兄上を止めたいのです!」
強い決意を口にするルカに、ネロが何かを投げつけた。
──コツンッ
ルカの額に命中して机の上に転がり落ちたそれは、黒く輝く宝石だった。
ルカは、自らの額を押さえながら宝石を手に取ると、怪訝そうな表情で自分を見ている黒豹をうかがい見る。
「自分だけが犠牲になればいい、とでも言うような考え方はやめろ。俺の精霊石をやる。それがあれば、俺とレナはいつでもお前の近くへ行くことができる。持って行け」
「あ──ありがとうございます!!」
ルカが大切そうに宝石を握り締めるのを見たエドガーが、不思議そうに呟く。
「私は……どうやってガルヴァスへと乗り込めばよいのだ?」
「知らねーよ。自分で考えな!」
ネロの冷たい一言に、エドガーは傷ついた顔をしたのが面白かったのか、珍しくレナが声を上げて笑う。
「うふふふ!エドガー様、それは、また考えましょう!」




