これまでのこと
村長宅の空き部屋を借りることになっているエドガーたちは、昼間に兵士たちを治療した大広間とは別の、応接間にある大テーブルの周りに着席していた。
銀色の小鳥は、部屋の隅に枯れ木で急ごしらえされた止まり木で、優雅に羽繕いをしている。そのなんとも言えない愛らしい仕草に、エドガーとルカは釘付けになっていた。
──コホンッ
レナの咳払いで我に返った二人が、慌てて正面を向いて座り直す。
「まず、今日までの流れを把握して整理しましょう。ルカ、貴方は何故フェリシア様と城を脱出したのですか?」
「フェリシア様は『ジョナサン殿下を殺したのはエドガー様で、次は自分を殺しに来るかもしれない』と、妹から聞いたと言っていました。そして『そのことについて詳しい人がいるから、真相を聞きに行く』とも仰っていました」
レナの問い掛けに対し、ルカは真剣な表情で答えていく。エドガーは、その言葉の中に「ルカと共に逃げた理由」が含まれていたことで、ほんの少し胸のつかえが取れたような表情をしている。
「フェリシアは、私を殺人犯だと思っていたから、ルカを連れて城からいなくなったのだな。てっきり、私に守られるのが嫌で逃げ出したのかと。……しかし何故、西へ向かったのだ?」
「フェリシア様は、パルス・コンパスで真相を知る人物の居場所を特定しておりました。メティスリア城とディルムントの二カ所で発動していましたが、どちらも西を指し示していました」
「──私が城でフェリシアが発動しているのを一瞬見た矢印は、鮮烈なほど赤々と燃え上がる矢印だった。あの魔法は、『真相を知る人物の居場所』そして、『その人物がフェリシアをどれだけ愛しているか』が、色として表れる魔法だ。やはり、あれだけ赤々と燃えているのだから、恋仲ではないとは言い切れないな……いや、そいつの片思いの可能性もあるぞ。きっと、そうだ。片思いだ。──それで?その人物には会えたのか?」
「いえ……ポルト村に入る前に、戦闘に巻き込まれてしまいましたので会えていません」
エドガーは、──そうか。と一言だけ答えた。真相を知る人物が誰かは気になるが、フェリシアの気持ちがまだ自分に残っている可能性が高くなるにつれ、愁いが薄れているようだった。そんなエドガーの様子には、気が付かないふりをするレナが、自分の知っている情報を話し始める。
「私はエドガー様からの情報で、ポルト村へと向かいました。そこで、フェリシア様が捕らえられそうになっていたところを救出しましたが、シリル様が持っていた懐中時計から、突然、魔物誘引剤が噴出して、戦闘に巻き込まれました。……あの懐中時計は、アンナ様がフェリシア様へ贈った物でした」
今まで俯くようにして話を聞いていたルカが、懐中時計というワードで、パッと顔を上げる。
「その懐中時計は、我々の居場所を知らせていただけでなく、音も拾っていたようです。シリル様がフェリシア様の前へと、ピタリと現れたのがおかしいと思っていたのですが……魔物誘引剤まで仕込まれていたなんて……」
三人が絶句する中、今まで黙って聞いていたネロが口を開いた。
「お姫さんが持っていた変化の薬にも魔物を誘引する魔法が掛けられていたんだろ?──レナと俺が来たこと、シリルたちが劣勢になったことを懐中時計を通じて知ったから、自分の手下たちが有利になるようガルヴァスの野郎が、追加の魔物誘引剤を噴出させたんだろうな……ま、結局あいつらだけじゃ手に負えなくなってたんだがな」
「ポルト村のそばで使用したら、色々な人が巻き込まれるって思わなかったのでしょうか!?やはり、あいつは自分の利益しか考えないような最低な人間だ──!!」
ルカが自らの拳を机に叩き付け、ロイズの非道なやり方に激しい怒りの籠もった言葉を紡ぐ。憤るルカに賛同するように、レナも強い口調で続く。
「そもそも、フェリシア様を誘拐しようと企むくらいなのですから、ロイズ様は異常な人物であることに間違いないでしょう。しかし、彼の部下たちはまだ、まともなようですね」
エドガーは、レナの「彼の部下たちはまだ、まとも」という言葉を受けて自分が出会った少女の話をする。
「ディルムントでルカを捕らえようとしていた少女──メルドラも、盲目的にロイズに付き従っているという感じではなかったな。変化の薬が模造品だと教えてくれたのも彼女だ」
ルカは、ディルムントでメルドラを退けるために、エドガーと共闘した時の記憶を思い出していたが、ふとエドガーを見ると不思議そうに尋ねる。
「そういえば、エドガー様はどうしてフェリシア様が、ディルムントにいると分かったのですか?」
エドガーとレナが同時にピクリと肩を震わせた。
レナは何かを知っているようだが、それを告白するのは自分ではないというかのように、すっ、と存在を薄くする。そして、エドガーの深い青の瞳が一瞬、気まずそうに小さく揺れた。
「──私もフェリシアにパルス・コンパスを掛けていたんだ。殿下が亡くなって、私のせいで魔力暴走が起こり、それを止めるためにアンナ様の魔法で眠りについたフェリシアに……私が近付くだけで魔力暴走を起こしたんだ──だから!……自分への愛が消えたんじゃないかと不安になってしまった。私は、己の心を保つために、フェリシアの許可もないまま……自分自身の欲を満たすためだけに……魔法をかけたんだ」
エドガーが自分を責めるように、切なく絞り出す声に反応するかのように、小鳥が突然、バサバサと飛び立つ。その音にビクリと振り返った全員の頭上を優雅に一周した小鳥は、ルカの頭へと着地するとエドガーの方へと向き直り、とても澄んだ美しい声で鳴き始めた。
──ピロロロロロロ ピィ ピューイ
それだけ鳴くと、銀色の小鳥はまた部屋の隅の止まり木へと戻っていく。エドガーだけでなく、その場にいた全員が、目を大きく見開き小鳥を見つめる。
エドガーは、この小鳥の行動を目の当たりにして胸の中が熱くなるのを感じていた。
(小鳥の気紛れだったのかもしれない。ただタイミングが合っただけだったとしても──それでも、私にはフェリシア、きみがどうしようもない私へと、エールを贈ってくれたんだ……と思わずにはいられないんだ。フェリシア……ありがとう。)
エドガーは小鳥の美しい鳴き声を反芻してから、初恋が実ったように初々しく、嬉しそうな顔を上げる。その表情に、胸が熱くなったルカはエドガーへと、アイオライトの指輪の秘密を打ち明ける。
「フェリシア様は、城を脱出する時もタンザナイトの婚約指輪を大事に指にはめていました。しかし、ディルムントでエドガー様と遭遇してしまった際、指輪でバレそうになったので、私がアイオライトの指輪へと付け替えることを提案しました」
申し訳なさそうにするルカを見たレナが、すかさずフォローを入れる。
「しかし、あの指輪にはルカの治癒魔法が籠められていたから、シリル様たちのことも救う結果になったのです。……エドガー様にとっては、あまりよい気持ちはしなかったと思いますが、でも結果としては良い方向へ向かうきっかけになったと思います」
「そうだったのだな。それでも、あの時に荷馬車にいた少女が認識阻害のポンチョを身に着けているフェリシアだと、気が付けていたら……このような小鳥の姿になり、我々と言葉を交わせず、触れ合うこともできなくなるという事態には陥らなかっただろう」
エドガーは、切なげに小鳥へと視線を向けたが、すぐに向き直ると自分の中の疑問を言葉にした。
「──この騒動の始まりに戻るのだが、殿下は何故、殺されたのだろうか。フェリシアをガルヴァスへ連れて行きたいだけなら、殿下を殺す必要はないはずだ」
エドガーの言葉に、ルカがスッと手を挙げる。
「ロイズ様は、メティスリア王国の混乱に乗じて、フェリシア様を合法的にガルヴァスへと連れて行こうとしておりました」
「まさか!!その混乱を引き起こすために『ジョナサン殿下の死』を利用したということか──!?」
「そうです。ジョナサン殿下の葬儀の際、フェリシア様へと追悼の言葉を贈るふりをして、ロイズ様はその魅了の瞳を発動していました。フェリシア様の真後ろで護衛をしていた私がそれに気が付き、意識を失ったところをお救いしました」
エドガーは、殿下の葬儀の時にフェリシアが倒れてルカに抱き上げられていた光景を思い出す。そして、当時の自分の感情がありありと甦る。
(私はあの時、ルカへの嫉妬心とフェリシアへの独占欲に己を支配されていた……そのせいで、フェリシアに魔の手が迫っていたことにすら気が付けなかったのか!?)
エドガーは、ショックのあまり固まってしまう。その様子からエドガーが何を考えているかを察したレナは、ふと険しい顔をしてエドガーへと問いかける。
「エドガー様は、あの時、突然フェリシア様から拒絶され通常の判断ができない状態でした。誰でも、ショックなことが続けば、正しい判断はできなくなるものです。……しかし、貴方はジョナサン殿下の側近ですよね?何か事前に、殿下から言付けとか、お願いはされていなかったのですか?」
エドガーは、レナからの問いかけのお陰で、酷く打ちひしがれる前に、ジョナサン殿下の言葉を思い出すことに神経を集中させることができたようだった。
「殿下は生前『アンナがロイズ様に陶酔しているようだから、あの子の動向に気を付けてくれ』『もし、僕が死んだと報告が上がったら、僕の元へ駆け付けるのではなく、何よりもフェリシアを優先して安全を確保してほしい』と仰っていた」
エドガーは、また苦虫を噛み潰したような表情をして、拳を握り締める。
「だから、アンナ様が急に、宝石が散りばめられた額縁を持ってきて、殿下の肖像画を謁見の間に飾りたいと言い出した時は、夜中にそれを破壊した。案の定、欠片の中からは盗聴器が発見された」
レナが納得したように頷き、ルカも真剣にエドガーの話に耳を傾けている。
「そして、殿下が殺されたと聞いた時、本当は真っ先にジョナサン殿下の元へ行き、真相究明に全力を注ぎたかった……っ!だが、殿下と約束をしたんだ!フェリシアを守ると!だから、あの日は殿下の元へ行かず、フェリシアの元へ何よりも優先して向かうしかできなかったんだ……!」
エドガーが俯くのに合わせて、彼の輝く金髪がサラリと落ち、美しい顔に影を落とす。
エドガーの言葉の中から、フェリシアが気にしていたことへの解答を見つけ出したルカは、涙が出そうになる。
(──フェリシア様……聞いていますか?やはり、エドガー様に疑うような部分は何一つありません。貴女の婚約者は、愛に溢れ、真っ直ぐで、国に忠実なとても高潔な騎士の鑑のような人です。後で、きちんと弁明してもらってください。)
ルカがしみじみとそんなことを考えていると、レナが似たようなことを言い出したので、ルカは言葉にしてしまったのかと慌てて口を覆う。
「エドガー様。フェリシア様は貴方が肖像画を破壊する場面を偶然、見ていたようです。そのせいで貴方の忠誠心は疑われた挙句、とても怖がっておいででした。……後で、きちんと弁明してくださいね。フェリシア様なら、きちんと話を聞いてくれます」
一瞬だけ不安そうな表情をしていたエドガーは、レナの優しい言葉に、ぱっ、と顔を上げる。その顔には、もう不安や迷いはなく、寒い冬を必死に耐えていた小さな蕾が、春になって咲き誇るような笑顔が存在していた。
「良かったな、エドガー!だが、その無駄にキラッキラした笑顔は、俺たちじゃなく、元の姿に戻った時に姫さんに見せてやれよ」
ネロは興味なさげな顔をして毒付くが、その尻尾は嬉しそうに左右にパタパタと動いていた。それを隠すように、ネロは言葉を続ける。
「今までのことは、だいぶ繋がったんじゃねぇか?ここからは『ルカをガルヴァスへ送るかどうか』の議論に入ろうぜ」
ネロの言葉に全員が姿勢を正し、ルカが一番に口を開いた。
「今から話すことは、私がガルヴァスへ行けない事情と、何故、フェリシア様がガルヴァスに必要なのか、という内容になります」
「──その内容は、さすがにガルヴァスの野郎の側近レベルでないと、得られない情報なんじゃないのか?なんでそんなことを知ってるんだ?こうなってくると、お前も怪しく感じるなぁ」
床に寝そべり寛いでいたはずのネロが、すくっと立ち上がり、ルカを見ながら警戒するように身を低く構える。
「ネロ、彼はフェリシア様を今まで守っていました。危険な場面も、ルカがいたから乗り越えられたのですよ」
「だが、こいつはガルヴァスに関わりのある人間だ!」
ネロの叫びのすぐ後、ルカは意を決したように一度深く息を吐くと、静かに口を開く。
「──私は、ガルヴァスの第二皇太子です」




