提案
レナはエドガーの様子を見て──まずいですね、と焦りを覚え呟く。
(エドガー様が、騎士という立場を忘れて『俺』と言い始めているということは──本能を理性で制御できないほど、怒っているみたいですね)
タイロンは、目の前で荒い息を吐き出すエドガーを冷ややかな目で見据えている。エドガーがタイロンの襟元へと手を伸ばそうとした瞬間、レナは素早く二人の間へと身体を滑り込ませる。
「エドガー様、お控えください。近衛騎士団長の貴方がガルヴァスへと乗り込んでは、それこそ戦争になってしまいます」
レナが冷静な声で諭すが、エドガーは珍しく冷静さを欠いた必死な瞳で彼女を見ていた。
「じゃあ、どうすればいいって言うんだ!?今、俺の目の前に⋯⋯手の届く場所にいるんだぞ!?また離れなければならないなんて⋯⋯正気ではいられなくなってしまう!!」
エドガーの心の叫びを聞いたポルト村の兵士たちは、一斉に、嘆き苦しむエドガーを見る。次に、彼が必死に所有権を主張している小さな銀色の小鳥を見た。
兵士たちは、近くにいる者と「この騎士、ちょっと普通じゃないぞ……」と言わんばかりの困惑した様子で顔を見合わせる。そして、あまりの常軌を逸した鳥への執着ぶりに、何も言わず「関わらないでおこう」と重苦しい表情で小さく頷き合っていた。
確実に致命的な勘違いをしているはずの兵士たちを尻目に、レナはエドガーへと提案する。
「ルカ・エバンスに頼みましょう」
エドガーは、その提案に驚愕の表情を浮かべレナを見る。が、レナはエドガーの視線には気が付かないふりをしてルカを振り返る。突然、自分の名前が出てきたルカは驚いた表情をしていたが、何か言いたげに口を開きかけたが、結局、視線を逸らし首を振る。
そんなルカの顔を覗き込みながら、レナは静かに、しかし決して異を認めない強さを含んだ口調で続ける。
「ルカ、貴方なら小鳥にも触れます。お願いします。」
「⋯⋯私は、ガルヴァスへ行ったとしても何もできないと思います」
「──アイオライトの指輪に誓ったのではないですか?」
ルカが『アイオライト』と聞いて、はっ!、と顔を上げた。レナの澄んだ瞳が、真っ直ぐにルカの目を射抜く。それと同時に、エドガーの片眉がピクリと動いたが、先ほどの狂いそうな激情を纏っていた彼からは想像もできないほど、嘘のように大人しく何も言わずに立ち尽くしている。
「貴方の騎士の誓いは、そんなにいい加減なものだったのですか?」
「本気です!私だって、フェリシア様を守りたくないというわけではありません!しかし、私といたら逆に彼女が──っ!くっ⋯⋯私にだって退けない理由があるんです!!」
「つまり、その理由がなくなれば、良いということですか?」
「⋯⋯そんな簡単になくなるような理由ではないんです」
レナの追及に困り果てたルカは、フェリシアを守ると誓った自分が何もできないことを悔しがるように、目を伏せて背中を丸めてしまう。その彼の様子を見たエドガーは、高潔な騎士らしく助け舟を出す。
「村長、今すぐには結論が出なさそうだ。今夜だけ、この村に滞在することを許していただけないだろうか?」
「あぁ、もちろんじゃよ。明日の朝、またここに集まるとしよう。」
「寛大な配慮、感謝します」
そう深く一礼したエドガーは、一度頭を冷やすためか、あるいは何かを待ち構えるように、すっかり夜の静寂に包まれた村長の家の外へと静かに移動した。
その後からは、治療を終えた兵士たちが、ぞろぞろと出てくる。その流れを家の外で眺めていたエドガーは、扉から出てきたタイロンとシリルを呼び止めた。そして、扉から少し横へずれた場所へ誘導すると、エドガーはタイロンの肩に止まる美しい小鳥だけを見つめる。
今にもその手の中へと捕まえ、一生抱き締めて閉じ込めてしまいたいとでも言うかのような、狂愛に染まるエドガーの深い青の瞳は、村に設置されている松明の明かりを受けて、より魅惑的な輝きを放っている。
その瞳のまま、しばらく小鳥を眺めたエドガーは、一つ瞬きをするとタイロンへと視線を向けた。
「今夜は、その小鳥をこちらで保護させてもらう」
「そんなことを言って、そのまま持ち去るって魂胆じゃねーだろーな?」
「私は貴殿のような卑怯な手は使わない」
「っんだと!?ちょっと顔がいいからって、調子に乗んじゃねーぞ!!」
「何を言っているんだ。貴殿の方が男らしい顔をしているじゃないか。私の顔は、ただ造形が美しいだけだ」
「⋯⋯⋯⋯おい、シリル。俺はこいつが苦手だ」
タイロンは肩をガックリと落とし、近くにいたルカへと投げるように小鳥を渡すと、今晩の宿へと歩いて行った。
その背中を見送ったシリルが、エドガーへと向き直る。
「魔物誘引剤やフェリシア様の誘拐が目的ということを、村長様に伏せてくださり、ありがとうございました。私たちは、あの場で切り捨てられてもおかしくなかったはずです」
「いや、あの状況でフェリシアを連れて逃げることもできたはずの貴女が、我々に誠意を見せてくれたからだ」
「私は、ロイズ様の指示を間違えて解釈することがありましたが⋯⋯今日、初めて自分の意思でロイズ様の指示に背きました。きっと、フェリシア様をお連れせずに戻れば、私もタイロンの命もなくなるでしょう」
「それは、情に訴えているのか?」
「──そう……ですね。本来は私の心情をお話するような関係でもない……むしろ、相容れない位置にいる貴方様にこんなことを言えば、そのように捉えられてしまいますね。失礼しました。忘れてください。では、私も宿へ行きます」
シリルは、さっと踵を返すと宿へと歩き出す。その背中に向けてエドガーが声を投げかけた。
「何を悩んでいるのかは分からないが、人は間違えることもある。貴女が間違えたのか、それとも貴女の主が間違えたのか。それを判断するのは貴女であって、行動するしないを決定するのも貴女だ」
シリルはエドガーの言葉に足を止め、背を向けたままそっと瞳を閉じた。
そして、返事はせず再び歩き出す。
しかし、その顔にはとても優しい微笑みが浮かんでいた。




