願い
今回の『願い』と次回の『提案』は、元々は一つのエピソードとして読んでほしいので、2つ同時に投稿します!
メティスリアの王子の死から、ガルヴァスの真の目的がジワジワと明かされていきますが、フェリシアやエドガーの行く末は!?
エドガーたちが、シリルによってフェリシアに掛けられた『誓約魔法』の存在を知り、絶望と怒りに震えていた頃──遥か遠く、隣国ガルヴァス城の城壁に巡らされた回廊には、二つの影があった。
皇太子ロイズと、メティスリア王国の第二王女アンナである。
二人は並んで立ち、眼下に広がる山岳地帯を見下ろしていた。そこは、魔物たちが我が物顔で徘徊する、死の日常が広がる光景だった。
ガルヴァス王国の国土は、そのほとんどに草木が生えない荒涼とした不毛の地だ。その中でも、このガルヴァス城の周囲は、剥き出しの荒々しい岩肌がどこまでも続く険しい山岳地帯である。
だが、この呪われたような土地の地下には、膨大な数の『魔晶石』が眠っていた。本来、魔晶石は高値で取引される貴重な資源だったが、この地の魔晶石には一切の魔力が籠もっていない。そればかりか、採掘を進めるためには、まず巣食う魔物たちを討伐しなければならなかった。
危険に見合わぬ人件費と労力――莫大な富が足元に眠っていると知りながら、手にすることすらできない。それがガルヴァス王国を苛む、長く、不条理な現実だった。
「ここで、フェリシアお姉様が魔力を解放してくだされば、ロイズ様の積年の夢が叶いますね!」
「そうだな。もうすぐ、シリルたちがフェリシア様を連れてくる。こんなに胸が弾むのは久しぶりだ」
ロイズは、そのピンクの瞳を細めると妖艶に微笑んだ。アンナは、ロイズのその表情に熱い視線を送る。そこへ、彼の執事であるゲイルが静かに近寄ってきた。
「ロイズ様、メティスリア国王から書簡が届いております」
「そうか。何が書いてある?」
「アンナ様の身柄を保護したことへの感謝が述べられています──そして、ガルヴァス国王への謁見も求めておいでです」
ロイズは、ピクリと身体を固くする。その様子を不思議に思ったアンナが、彼の腕にそっと触れる。
「ロイズ様?アンナも、ロイズ様のお父様にご挨拶がしたいのですが⋯⋯いつ頃、お会い出来そうですか?」
ロイズはアンナの手に自らの手を重ねると、切ない表情で彼女の瞳を覗き込みながら、悲しげに囁く。
「前にも説明したと思うけれど⋯⋯父上はね、長らく病に臥せっておられるんだ。でも、僕たちの結婚式には参列したいって、頑張っておられる──だから、もう少しだけ待ってくれないか?」
「扉越しでも良いのです!陛下からの、お返事もいりません!一言だけで、ご挨拶をさせていただけませんか──」
自らの腕に縋り付き懇願するアンナへ、ロイズは煩わしい気持ちを隠すことのない、侮蔑の籠もった瞳を向ける。そして、アンナをじっと見つめた後、冷たく言葉を吐き捨てた。
「──アンナ。僕は、しつこい女が一番嫌いなんだよ」
「あ⋯⋯ごめんなさい!ロイズ様!」
泣きそうな顔で必死に謝るアンナをその場に残し、ロイズはゲイルを伴って執務室へと歩き出す。
その道中、ゲイルは声を潜めてロイズへと問い掛ける。
「ロイズ様、陛下が病に臥せっていることにしてから、もう五年になります。神官も呼ばず、このままではさすがに嘘の綻びが──」
──ガァァン!!
ロイズは、すぐ傍らの石造りの壁に拳を激しく叩き付けた。パラパラと砕けた石が落ちていく。ロイズの苛立ちは最高潮に達していることが、その荒々しい行動から一目瞭然だった。
「──しつこい奴が嫌いだと、聞いていなかったのか?」
「も⋯⋯申し訳ございません。出過ぎた真似をいたしました」
ゲイルは慌てて頭を下げるが、その表情は悔しそうに歪められていた。
ロイズはゲイルを憎々しげに睨み付ける。
「──どいつもこいつも!!」
怒りを噛み殺しながら唸るように言うと、ロイズはゲイルを置き去りにしたまま執務室へと入る。そして、音を立てて扉を閉めてしまう。
──ドサッ!
革張りの椅子へと倒れ込むように腰掛けたロイズは、天井を仰ぎ見る。そして、片手で自らの両目を覆うと、自分に言い聞かせるように呟く。
「もう少し⋯⋯あともう少しで、この土地を住みやすい場所に変えられる──フェリシア様が、ガルヴァスの女神となってくれれば⋯⋯!」
その頃、ポルト村の村長の家では、傷付いた兵士たちの治療が行われていた。その中には、シリルとタイロンも含まれており、ルカによって治癒魔法を掛けられているところだった。
「ブリーズ・ヒール!」
ルカが両手をかざし魔法を発動する。優しい緑の風が顔の溶けたタイロンと、肋骨が折れているシリルをあっという間に包み込んでいく。
そして、シリルの肩でうずくまっていた銀色の小鳥にも、治癒魔法が届いたらしく、気持ち良さそうに羽を伸ばしていた。
「ルカ様、ありがとうございます」
シリルが深々と頭を下げて感謝を述べる中、元の顔に戻ったタイロンは、知らん顔でそっぽを向いて立っている。その態度に業を煮やしたネロが、ぬるりとタイロンへ近寄り、その足先を力強く踏みつけた。
「──いってぇぇぇ!!」
「⋯⋯もう一度、お前の顔を切り裂いてやろうか?」
ネロが鋭い牙を剥き出して唸り声を上げるが、タイロンはそれでも憎まれ口を叩く。
「そもそも、助けてくれなんて頼んでねーよ!」
「貴様ぁぁぁ!!」
怒り狂うネロを素早く制したレナが、そのまま静かにタイロン背後へと回る。そして間髪入れず、タイロンの膝裏を思い切り蹴り上げた。
──ガクッ!
前のめりに跪いたタイロンの背中に、何食わぬ顔で腰掛けるレナ。彼女の左手は有無を言わせぬ力で、タイロンの後頭部を、地面へと押し付けている。
「ネロ、礼儀のなっていない者には、こうするのが一番です」
額を砂岩の床へと擦り付けられたタイロンは、堪らず音を上げる。
「いだだだだっ!分かった!俺が悪かった!敵の俺まで傷を癒してくれて、ありがとう!!」
「最初から、そうしていれば良いのです」
レナは優雅に立ち上がると、ネロと共にエドガーの横へと移動する。治療を終えたルカも、いそいそとエドガーとレナの後方へと立った。
シリルに手を貸してもらって立ち上がったタイロンも、不服そうな表情で壁際へ移動する。それと同時に、地下神殿から戻ってきたポルト村の村長が、ラシードに付き添われて部屋へと入ってきた。
「戦士たちよ。ラシードから、話は聞いておるぞ。立場はどうであれ、皆で魔物と戦ってくれたそうじゃな。お陰で、この村の住民は誰一人として欠けることはなかった。本当にありがとう」
村長とラシードは、深く頭を下げる。そして、村長は顔を上げるとシリルとタイロンへ視線を向けた。
「して、聞くところによると、お前たちはガルヴァスの戦士だということじゃが⋯⋯ポルト村には何用で来たのじゃ?」
「申し訳ございません。それについては、お答えができません」
シリルが目を伏せて謝罪する。タイロンはそんな彼女を横目で見ると、舌打ちをして口を開くと、粗雑な態度で発言を続けた。
「この銀色の鳥を捕まえに来たんだよ。コイツさえ手に入れば、俺たちはここに用はない」
「──タイロン!」
シリルに制止されても、それを無視したタイロンはシリルの肩にいる小鳥へと乱暴に指先を押し付ける。
──ギャギャギャギャ
羽をバサバサと動かして嫌がる小鳥の声が、室内へと響く。エドガーは、その小鳥の悲痛な叫びに打ち震え、殺気を隠そうともせずタイロンへと命令した。
「──今すぐその粗雑な手を離せ!!」
エドガーが、抜刀しそうになるのを感じたレナとルカが、彼の腕と身体を抑えて必死に止める。そんな様子を鼻で笑ったタイロンは、シリルの肩から奪い取るように無理矢理自らの指先へと乗せ、一歩前へ進み出るとさらに言葉を続ける。
「ただ、今回の魔物との戦闘の中で、俺たちがメティスリアの奴らに助けてもらったのは事実だ。──だから、この鳥に触れられる者がいるなら、そいつに渡して、俺たちは国へ帰ってやるよ」
「貴様!我々が触れられないと分かっているくせに──」
エドガーがレナとルカを振り払い、今にも飛び掛かろうとするのを、ネロがその巨体でエドガーへとのしかかり制止する。そして、ネロはタイロンへと顔を向けると僅かに牙を剥きながら問いかける。
「この小鳥は、お前たちの目的なんだろ?今、ここでこちらへ小鳥を渡したとしても、それを理由に、メティスリアへと攻め込んでくる可能性があるんじゃないか?」
「──じゃあ、コイツを連れて行ってもいいってことか?せっかく俺が譲歩してやったんだがな」
ネロの言葉に、はっ!と短く笑ったタイロンが、これ見よがしに挑発する視線をエドガーへと送る。エドガーは、自分を押さえつける巨体を押し退けると、奥歯を噛み締め、握り締めた拳をぶるぶると震わせながら立ち上がる。
「──この小鳥は本来、俺のものだ!お前たちに渡すつもりはない!」
「は?お前、言っていることが意味不明だな」
エドガーは、その美しい顔を更にタイロンへと近付けると、深い青の瞳の奥に執着の炎を燃え上がらせる。
「先ほども言ったはずだ!俺をガルヴァスへ連れて行け!」
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