銀色の小鳥
──ズバァァァァン!!
フェリシアの周囲に次々とエドガーの強烈な斬撃が飛んでいるが、ワイバーンの数は一向に減らなかった。
そんな状況の中、フェリシアは苦虫を噛み潰したように呟く。
「地上へ向かいたいのに、ワイバーンが途切れることはない。それにエドガーの斬撃でも、すべての魔物を一掃することは出来ないだろうし⋯⋯白馬さんの体力も限界に近い」
フェリシアを援護するレナとネロ、ラシードにも限界が近付いているのか、魔法と斬撃の精度が僅かに落ちてきていた。
(どうにかして、この状況を打破しないと!!)
祈りの塔からは、ドームの周りにいる魔物へ魔法攻撃が繰り返されており、ドームの上ではルカと警備兵たちが祈りの塔を守るように戦っていた。
そして、魔物の巣窟のすぐ目の前にある一際背の高い岩柱の上からは、フードを被った男による、高濃度の魔力の矢がひたすら広範囲に連射されている。それにより、ドームへと辿り着く魔物の数を減らすことに成功しているようだった。
「一か八か⋯⋯やってみるしかないわね」
フェリシアは、意を決してズボンのポケットへと手を伸ばし、小瓶を握り締める。
「白馬さん、私が変化の薬を飲んだら、自分で飛べるようになるはずだから!」
──ヒヒーーン!
今まであんなにフェリシアを労るように、なるべく優しく駆け回っていたはずの白馬が、急に何かに抵抗するかのように荒々しく駆け始める。
「どうしたの!?落ち着いて!?」
フェリシアは白馬の首元を優しく撫でるが、それでも白馬は何かを振り払うように──しかし、フェリシアのことは、背中から落ちない程度の力加減で身を捩っている。
(きっと⋯⋯白馬さんも限界なのね。急がなきゃ!)
フェリシアは、白馬を挟み込む両足に力を込めて小瓶の封を切ると、コルクを一気に引き抜く。
──キュポンッ
開封した衝撃で、小瓶の中身がゆったりと揺れる。
「確か⋯⋯ほんの少し自分の魔力を流して、薬が身体に馴染みやすくするのよね」
そう言うとフェリシアは、小瓶へと魔力を流していく。彼女の魔力に反応したように、透明だった中身が、一瞬だけ澄んだ紫に染まったかと思うと、周りから艶やかなピンクが混ざり始める。
そして、鮮やかな赤紫になって変化は止まった。
「──綺麗な色ね」
フェリシアが優雅に手をかざし、太陽の光に透かしてみると、ステンドグラスのように輝いて見える。
──キラキラッ
地上から、いち早くその輝きに気が付いたエドガーは目を細めてフェリシアを見る。
彼女が太陽へとかざしている物が、光を反射して輝いているようだった。
(──指輪をかざしているのか?何故、このタイミングで?)
エドガーがフェリシアの動きにそのまま凝視していると、彼女は自らの手を口元へ持っていく──次の瞬間、フェリシアのその美しい横顔が僅かに顎を上げた。
(──まさか!!!!)
「フェリシアやめろーーーーーー!!!!」
エドガーが咆哮するのと同時に、フェリシアの身体から閃光が走った。
「くっ!!」
「──っ!!」
「うわっ!!」
フェリシアを見ながら戦っていたエドガーとレナ、ラシードは、突然の閃光に目が眩み強く瞳を閉じる。
頭上からの突然の閃光に驚いたネロは、慌てて空を見上げる。
「──嘘だろ⋯⋯お姫さんは、どこだ!?」
ネロの言葉に、エドガーとレナは、全身の血の気が引いていくのを感じる。激しく跳ねる自らの鼓動がやけにうるさく聞こえる。
「フェリシア!!」
「フェリシア様!!」
エドガーとレナは、同時に上空へと視線を巡らせる。
上空で何かを探すように同じ場所をぐるぐると駆けている白馬の背中には、主の洋服だけが引っ掛かるようにして残されている。
先ほどまで、あんなに凶暴化していたワイバーンたちは、攻撃対象を見失った途端に上空へと姿を消していく。
エドガーは、ワイバーンが強く羽ばたき飛び去っていく空の中、小さな鳥が一羽だけ揉みくちゃにされながらふわふわと漂っていることに気が付く。
「──フェリシア!!」
エドガーの叫びに弾かれたように、レナがエドガーの視線を追うと、空中には不自然なほどに美しい銀色の小鳥が漂っていた。
「あの小鳥を保護しましょう!!」
レナが叫ぶと同時に、小鳥の横に長い黒髪を後ろで束ねた女性が現れる。彼女は小脇にボロボロになった男を抱えている。
「シリル様!!何をなさるのですか!?」
レナは、驚愕の表情を浮かべてシリルへと叫ぶ。しかし、そんな言葉は無視するかのように、そっと小鳥へと手を伸ばす。
──ファサッ
銀色の小鳥は、シリルの指先へと静かに降り立ち、優雅に羽を畳む。
「小娘っっ!!姫さんをこっちへ渡せ!」
ネロが牙を剥き出し、全身の毛を逆立てている。
エドガーも、悲痛な面持ちでシリルの次の行動を見守る。
「大丈夫です。今、そちらへ行きます」
シリルが、小鳥を驚かさないよう慎重に地上へと降りてくる。白馬もまた、小鳥を発見するとシリルの方へ駆け寄り、彼女の速度に合わせるようにゆっくりと下降してくる。
「フェリシア!!!」
シリルが地上へと降り立った途端、エドガーが彼女へと駆け寄り小鳥へと手を伸ばす。
──ギャギャッ!
小鳥は警戒したように不快な声を出すと、エドガーから距離を取るようにシリルの腕を伝い肩まで逃げてしまう。
「⋯⋯フェリシア⋯⋯」
泣きそうな表情で腕を下げるエドガーに代わり、レナがそっと小鳥へと手を伸ばすが、結果は同じだった。
「ったく!どーすんだよ、これ!」
ネロが困り果てたように、頭を抱える──そこで、はっ、と何かに気が付いたように周りを見渡した。
そこには、砂漠を埋め尽くすほどいた魔物や、巣窟から続々と出てきていた魔物たちが、急に興味を失ったように渓谷や巣窟へと戻っていく光景が広がっていた。
「レナ様ー!!フェリシア様は大丈夫でしたか!?巣窟から出てきた魔物は、何故か巣窟の方へと引き返し始めています!」
走ってきたルカは、膝に手を付き肩で息をしながら呼吸を整えると、フェリシアへの心配を口にする。
ルカの言葉を聞いたシリルは、肩に小鳥を乗せたまま目を伏せ、静かに告げる。
「⋯⋯フェリシア様が変化の薬を使用したことで、その瓶に掛けられていた、魔物寄せの魔法の効果が切れたのだと思います」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「あの小瓶は、我々の仲間がすり替えた模造品です。──道中、やたらと魔物に遭遇するなと感じませんでしたか?」
レナに険しい表情で睨まれながらも、シリルはルカへと視線を送る。
「⋯⋯私は、ディルムントから、しばらくフェリシア様とは別行動でした。しかし、渓谷ではヴェノム・ファングに襲われたようでした」
「はっ!新兵さんよぉ、お前は姫さんを守るために、一緒に城から脱出したんじゃないのかよ!別行動ってなんだよそりゃ!!」
エドガーは、黒豹を制するように手を挙げた。
「ネロ、過ぎたことを言うのはやめよう。⋯⋯変化の薬が模造品だということは、メルドラから聞いている。あの薬の他の効果はなんだ」
シリルは、その場へしゃがみ込むと小脇に抱えていたタイロンをそっと地面へと横たえる。彼の顔は無残に溶けてしまっているが、その胸は僅かに上下していた。そんな彼を悔しそうな表情で見つめた後、シリルは覚悟を決めたように立ち上がる。
「あの薬には、使用者が変化している間、それまでの記憶が消える効果が付与されています。そして、使用後はロイズ様に関係のある者にしか、触れることができなくなる誓約魔法も掛けられています」
「──────っっ!!」
その場の全員が絶句して立ちすくむ中、祈りの塔を守っていた警備兵たちの声が聞こえてくる。
「ラシード様!ご無事ですかーー!?」
「⋯⋯あぁ!俺は大丈夫だ!お前たちも無事なようで安心した。これから、地下の神殿へ向かい民の安全も確認するぞ」
ラシードが警備兵へと指示を出すのと同時に、ポルト村を囲んでいた岩石のドームが凄まじい轟音と共に地面へと沈んでいく。
──ヒヒーーーーーン!
そして、その奥から黒馬が元気いっぱいに飛び出してくる。その口には、大量のオアシス・スコーピオンが咥えられていた。
黒馬は、ルカへと鼻筋を擦り寄せるとすぐに白馬へと近寄り、咥えていたサソリの魔物をバラバラと地面へ落とす。疲れ果てていた白馬は、嬉しそうに黒馬へ鼻先を寄せた後、夢中でサソリを食べ始める。
「──飼い主に似るって言うけどよ⋯⋯主が王女を好きだから、このガイア・ブレイカーも、王女様の契約魔が好きだなんて、不思議なもんだな」
その黒馬の行動を見たラシードが、ボソッと呟いた言葉に、エドガーがピクリと身体を固くする──そして、ルカへと音もなく近付く。
「⋯⋯このガイア・ブレイカーの主とは『ルカ・エバンス』君で間違いないか?」
「うぇ⋯⋯は、はい。私です」
「王女を好き──と言うのは、まさかとは思うが⋯⋯」
──バサバサバサバサッ
突然、エドガーの目の前を銀色の影が通り過ぎたかと思うと、ルカの頭へと小鳥が止まる。そして、エドガーと同じ視線になった小鳥は、全身の羽を膨らませて甲高い鳴き声を上げる。
──ギャギャギャギャッ!
まるで、ルカをいじめるなとでも言うかのように、小さな黄色い嘴を目一杯に広げて、鳴いている。
ルカは頭上で激しく鳴きわめく小鳥に戸惑いながら、目の前で今にも抜刀しそうな表情でこちらを見ているエドガーに、泣きそうになりながらも問い掛ける。
「この小鳥は⋯⋯?というか、フェリシア様はどちらへ行かれたのですか?」
「君の愛とはそんなものか。私の愛の重さには到底、及ばないようだな」
エドガーは、シリルの話がどうしても信じられず、小鳥へとそっと顔を寄せる。そこで初めて、小鳥の左の足にアイオライトの指輪が足輪のように付いているのに気が付く。
(⋯⋯私との婚約指輪は、付けていないのだな。)
そして、悲しげな表情を浮かべると、もう一度小鳥へと手を差し出す。
「フェリシア⋯⋯やっと会えた。なかなか助けに来なかったから、俺のことは忘れてしまったのか?」
「えぇっ!?この銀色の小鳥がフェリシア様!?」
ルカが目をまんまるくしているその頭上では、小鳥が可愛らしく首を傾げていたが、やがてエドガーの指先へとその小さな片足を乗せる──その刹那。
──バチバチバチッ
「ギャギャギャギャッ!」
小鳥がエドガーに触れた瞬間、激しい紫のスパークが巻き起こる。その雷に弾かれた小鳥は、フラフラと飛びながらシリルの肩へと舞い降り、小さくうずくまってしまう。
エドガーは、額に青筋を立てながらシリルへと詰め寄る。
「お前たちの主のところへ、俺を連れて行け」




