ポルト村防衛戦①
──ドゴォッ ドゴォッ ドゴォッ!!
西の渓谷へと到着したエドガーは、文字通り愛馬を爆走させていた。
奇妙なほどに、魔物がいない渓谷だったが突然目の前にうず高く積み上がった魔物の死骸の山が現れた。
エドガーは迷いなくその横を一瞬で駆け抜ける──その僅かな時間で、死骸の山の魔物全てが、急所を一撃で撃ち抜かれ、食い散らされた状態で放置されていることを把握する。
(渓谷に入って比較的すぐの場所にも一匹、死んでいたな⋯⋯まるで、そちらよりこの死骸の山の方へと、他の魔物を誘き寄せたかったような痕跡だな)
不可解な痕跡に頭を悩ませながら、しばらく進むと、エドガーの前を小型の魔物たちが、渓谷の出口を目指して一心不乱に移動しているのが目に入った──それと同時に不快な臭いが鼻につく。
「魔物誘引剤か!!」
この薬の臭いを嗅いだ魔物は、我を忘れてその臭いの発生源を求めて、進行を開始してしまうという特性を持っていた。さらに厄介なのは、極限まで狂暴化させてしまうということだった。
(この先には魔物の巣窟があるんだぞ!?こんな場所で誘引剤を使用したら大変な事になる!)
エドガーは、更に愛馬を加速させる。
そして、騎乗したまま剣を抜くと前方に向けて、スッと緩く斬撃を放つ。
──シュバァァァァァン!
エドガーの緩い動きからは想像が出来ないほど、物凄い勢いの斬撃が、渓谷の横幅一杯に広がり、岩壁を僅かに削りながら飛んでいく。
「このまま渓谷の出口まで行くぞ!」
──ヒヒヒーーン!
エドガーが放った斬撃は、目の前を一心不乱に移動する魔物たちを次々と飲み込んでは、塵一つ残さず消滅させていく。
その斬撃の後を追うように渓谷を進むエドガーの姿は、高く昇り始めた陽の光を受けて煌煌とした金髪、そして、魔物たちが消滅していく刹那の魔力が弾ける輝きも相まって、太陽神が駆け抜けていくようであった。
しかし、彼の表情は苦悶に歪んでいる。それは、赤髪の少女からの一言が原因だった。
「フェリシアが持っている変化の薬は、模造品──絶対に使わないでくれ!!」
フェリシアには届くはずもないと分かっているが、エドガーはたまらず叫んでしまうのだった。
エドガーが渓谷を駆け抜けている、まさに同時刻のポルト村では、黒馬に乗ったルカが警備兵たちと共に街の中心部──祈りの塔の真下へと到着したところだった。
「魔法障壁は何故、発動しないんだ!?」
「魔法部隊は、何をしているんだ!?」
祈りの塔の最上部を見上げながら、警備兵たちは口々に叫ぶ。そして、耐え兼ねた警備兵が──中を見てきます!と、祈りの塔の扉を勢いよく引いた。
──カサカサカサカサカサカサカサカサッ
中は足の踏み場がないほど大量のオアシス・スコーピオンがいた。
──カサカサカサカサッ!
警備兵が扉を開けたことで、中にギュウギュウに詰まっていたサソリの魔物が、蜘蛛の子を散らすように外へ這い出す。扉を開けた警備兵は、サソリが少なくなった頃を見計らって、祈りの塔へと入って行った。
────ズバァァァン!!
──バリッ ゴリッ ゴクッゴクッ
サソリを見た黒馬は、嬉しそうに嘶くと目を輝かせて捕食を開始する。どうやら黒馬は、すっかりオアシス・スコーピオンの味に病みつきになってしまったようだった。
「ちょっと!ダメですよ、黒馬さん!今は、ご飯を食べている場合じゃないです!!」
ルカは、手綱のような赤い紐を後ろへ引いたり、たてがみを引っ張ってみたが、黒馬は気にも留めずにムシャムシャと食べ続けている。
──ズガァァァァン!!!
巣窟周辺の魔物からの遠距離攻撃が、街中の何処かへ衝突する音が響き渡る。
ルカは無我夢中で食事を続ける黒馬から降りると、空気の塊を作り民家の上へと移動する。
村の西にある黒岩山からは、未だに魔物が這い出しては、こちらへと向かって来ているのがよく見えた。
ルカが遠距離攻撃している魔物を、目を凝らして探していると、岩肌の中腹にぽっかりと開いた穴の横で大きな影が動いたことに気が付いた。
(見付けた!!あいつだ!!)
ルカは剣を構えると、こちらへ飛んでくる大きな塊を見据える。
(大岩を飛ばしているのか!それなら、剣技で木っ端微塵にする!)
「ヘブンズ・ピローー!!」
ルカが放った鋭い矢のような剣技は、吸い込まれるようにして大岩へと向かっていく。そして、上空で激しく衝突すると大岩を粉々にする。それでも、勢いは消えずそのまま巣窟の方へと突き進み、大岩を飛ばしていた魔物へとぶち当たる。
──バチィィィン!!
魔物はルカの剣技の勢いをもろに受け、後ろへと倒れ込む。しかし、致命傷は与えられなかったようで、またすぐに立ち上がると手近な大岩を持ち上げ始めた。
──ピシュンッ!
ルカがもう一度、剣を構えた頭上を空気を切り裂く速さで、魔法が飛んでいく──次の瞬間には、大岩を持っていた魔物は崩れるようにして倒れ、それきり二度と起き上がらなかった。
(──今、あの一撃で倒した!?)
ルカがそうしている間に、祈りの塔の最上部の見晴らし台のような場所から、中の様子を見に行った警備兵の声が聞こえてきた。
「──魔法障壁を展開する動力部が、オアシス・スコーピオンによって水浸しにされていて、動かないそうです!!」
「なんですって──!?」
ルカが警備兵からの報告に顔面を蒼白にする中、黒馬は満足そうにルカの隣へとやってきた。そして、四本の足をぐっと突っ張ると、赤いたてがみにザワザワと魔力を送り始める。
──ヒヒーーーーーン!!!
黒馬が、ポルト村全域へと響き渡るほどの嘶きを上げるのと同時に、地面が小刻みに揺れ始める。その揺れは次第に大きな振動へと変わったかと思うと、地面から1メートルの厚さはありそうな岩壁が迫り上がってくる。
「なんだ、これは──!!」
「──岩壁が⋯⋯村を取り囲むように出来上がっていく!!」
祈りの塔の見晴らし台にいる、魔法部隊や警備兵が驚きの声を上げながらことの成り行きを見守る。
──ズゴォォォォォン!!
あっという間に、祈りの塔の見晴らし台の部分だけを残して、岩壁のドームが形成された。
「⋯⋯す、すごいです!黒馬さん!!ありがとうございます!!」
ルカは黒馬の首元へと抱き着くと、その功績を讃えるように褒めちぎる。黒馬も嬉しそうに鼻を鳴らしている。
「私は、この岩壁が破壊されないように少しでも、魔物を倒さないと!黒馬さんは、街中にまだいるかもしれない、オアシス・スコーピオンを探して食べてもよいですよ。でもくれぐれも、この岩壁を維持してくださいね!」
ルカは、祈りの塔の入り口を目指して走り出す。
黒馬もオアシス・スコーピオンの残党を求めて、入り組んだ建物同士の間を滑るように駆け抜けていく。
ルカが目指している祈りの塔の屋根、そこに建つ太陽のモチーフの上に立っているのは、ラシードと親しげに話していたフードの青年だ。
彼は、完全にポルト村を取り囲んだ強固な岩壁のドームを上から見下ろして、感嘆の声を漏らしていた。
「わぁ。これは、凄まじい魔力だね。新兵くんも、頑張っていることだし、僕も頑張らないといけないな!」
──キラッ キラッ
彼は視界の端で太陽の光を受けて激しく輝きを放ち、砂煙を高く舞い上げながら動く物体を見つける。
「もう、渓谷を抜けたのか。さすが、エドガーだ。速いね」
フードの青年は、嬉しそうに言うとドームの上へとひらりと降りる。そして、魔物の巣窟がある黒岩山の方へと走り出した。




