魔物誘引剤
「村長!!村の入り口で激しい戦闘が行われていると村人から報告があり、確認してきたのですが──どうやら、メティスリア城のフェリシア様がいるようです!」
砂岩を組んで作られた建物へと、焦った様子で飛び込んできたのは、ポルト村の警備兵たちだった。
彼らは強烈な直射日光を遮るように白いターバンを頭に巻き、風にハラハラと翻る薄ベージュのローブを身に纏っている。その腰に差し込まれているのは、三日月のように美しく湾曲した銀色のサーベルだった。
「──フェリシア様じゃと!?」
警備兵からの報告で、村長と呼ばれた老人は慌てた様子で立ち上がる。
──バタバタバタッ!
外へと向かおうとした村長の前へ、見張り台担当だった警備兵が転がり込んでくる。
「村長!!魔物の巣窟から、おびただしい量の魔物が出てきています!!」
「──ま、魔物じゃと!!??」
村長は、その報告を聞くと目眩を感じてふらりと倒れてしまう。慌ててその身体を支えた警備兵たちは、部屋の奥から出てきた精悍な顔付きの青年──ラシードの言葉に身を固くする。
「お祖父様を地下の神殿へお連れしろ!この場は、私が指揮を執る!」
村長を抱えた警備兵は素早く外へと駆け出していく。それを見送ったラシードは、次の指示を的確に飛ばす。
「魔物の襲撃に備え、戦闘能力のない村民たちを地下の神殿内への避難誘導を開始しろ!魔法部隊は、村の中央の祈りの塔へ向かい魔法障壁を展開!武装部隊は、俺と共にフェリシア様の救出へ向かう!」
──はい!と、返事をした警備兵たちはすぐさま行動を開始する。警備兵が全員、部屋から出ていった後、奥の部屋からフードを目深に被った人物が現れる。そして、ラシードはその人物を振り返ると、信じられないといった口振りで声をかける。
「──本当にこんな場所まで王女様が来るとはな」
「ふふふ。あの子の行動力はすごいんだよ」
「お前も、早く神殿へ避難しろよ?」
「僕は、守られるより守る側でいたいんだけどな」
「──勝手にしろ。くれぐれも死ぬなよ」
ラシードはそう言うと、部屋から飛び出して行った。
「さてと、僕は祈りの塔に向かうかな」
フードの男は、落ち着いた足取りで部屋を後にする。外へ出た瞬間、魔法を発動すると飛ぶように村の中央へと向かって行った。
ポルト村の前にいるフェリシアたちは、タイロンの言葉に凍り付いていた。
「こんな場所で魔物誘引剤なんて使用したら、どうなるかなんて分かっていますよね──!?」
「お前らもクズだが、お前らの主もとんだゴミカス野郎だな!!」
レナとネロが激しい言葉で罵るが、タイロンは薄ら笑いを浮かべていた。
「安心しろって!俺とシリルで、あっという間に魔物を蹴散らしてやるからよ!そうしたら、お嬢ちゃんをガルヴァスへ連れて行ってもいいよな?」
「──フェリシア様は、連れて行かせません!」
タイロンの視線を遮るように、ルカがフェリシアを背中へと庇うように立ちはだかる。
「おいおい、お前は俺に一発でやられちまったのを忘れたのか?騎士ごっこなら他でやれって!」
ルカの言葉と態度を嘲笑うように、肩を揺らしながらルカの目の前へとやってきたタイロンが、挑発するように言う。ルカは自分より大きなタイロンに見下され威圧されても、決して男から視線を逸らさず、フェリシアの前からも決して動こうとしない。
ネロが音もなくタイロンの背後へと移動する。その表情は怒りに満ち、鋭い牙も爪も隠さず剥き出しになっていた。
「愚かな人間よ。我が爪でお前の腕を切り離したように、その首を刎ねることなど造作もないんだぞ。身の程を弁えるのはお前の方だ」
「へへ。さっきは不意打ちだったからなぁ。──ほら、やってみろよ!」
ネロが前足を振り上げ男の首元へと振り下ろそうとし、タイロンが拳をネロに向けて繰り出そうとした刹那──ついに懐中時計が破裂した。
──パキィィィィィン!!
その場にいた全員が突然の破裂音に身を屈める。破裂音の中に、金属同士を擦り合わせるような不気味な音が混じっていた。二匹の馬の魔物は、その音を嫌がり激しく首を振っている。
皆が破裂音に気を取られる中、シリルとレナだけは、お互いの相棒の手を取り、その攻撃を阻止していた。
「ネロ、放っておきなさい」
「タイロン、やめておきなさい」
一人と一匹は、お互いの相棒からの言葉に、ちっ、と舌打ちをすると、離れていった。その直後、
──ドドドドドドッ!!
砂漠の遥か向こう、渓谷がある方向から、激しい砂煙と共に地響きを伴う黒い影がやってくるのが見えた。ポルト村から外へ飛び出してきたラシードと警備兵もそれに気が付き、驚きを隠せなかった。
ラシードは、遠くからフェリシアに向けて叫び声を上げる。
「渓谷の魔物までこちらへ向かって来ています!フェリシア様、早く避難してください!」
ラシードの声を聞いたレナが慌てて、フェリシアへと近付く。そして、フェリシアを白馬に跨がらせると、素早く離れていく。
「フェリシア様、早く行ってください!」
「みんなはどうするの!?」
「私は、ネロと共に影の中へ避難します」
「私も、黒馬と魔法で上空へ向かいます!」
フェリシアは、レナとルカの瞳を見てからコクリと頷くと、白馬で空へと舞い上がる。
白馬はぐんぐんと高度を上げて舞い上がり、あっという間に砂漠の全容がよく見えるようになっていた。
「──魔物がこんなに──!!」
渓谷から溢れ出てくる魔物は、砂漠の黄色を覆い隠してしまうほどおびただしい量だった。
そして、魔物の巣窟がある西の黒岩山にある無数の岩の裂け目や洞窟からは、終わりなく魔物が這い出てきていた。
地上の様子に気を取られていたフェリシアは、白馬が急旋回したことで、何事かと慌てて自分の周りへと目を向ける。
「──ワイバーンの群れ⋯⋯!!」
地上だけではなく、空中にも漂っていた魔物誘引剤は、はるか上空を飛んでいる魔物たちも誘き寄せてしまっていたようだった。
──ギジャァァァァァァ!!
上空からの咆哮に気が付いたルカは、黒馬に飛び乗ると空気の塊を作り出しフェリシアの元へと急ぐ。
しかし、空中を自由に動き回る羽駆馬とワイバーンの速さには到底追いつけなかった。
「フェリシア様────!!」
ルカは、フェリシアの名前を叫ぶが、あまりにも距離が遠すぎて、フェリシアがその呼び掛けに反応を返すことはない。ルカは、もどかしい気持ちでフェリシアとワイバーンの攻防を見つめるしかなかった。
「おい、レナ!あれじゃあ、姫さんがヤバいぞ!それに俺は上空じゃ、影が安定しないから移動もできない!」
「分かっています!地上から援護しましょう!!」
レナとネロが、ルカの作り出した空気の塊へと向かおうとした時、ポルト村の方から爆発音が響いた。
──ドガァァァァァァン!!
黒岩山から這い出た中型の魔物の遠距離攻撃が、ポルト村の建物を破壊した音だった。
「ラシード様!このままでは、魔法障壁が完成するまでに祈りの塔が破壊されてしまうかもしれません!」
警備兵からの言葉に苦虫を噛み潰した顔をするラシードの目線の先には、フェリシアがワイバーンから逃げ惑う姿があった。
(村か王女か⋯⋯最悪な二択だな!)
ラシードが決断できないでいると、すぐ近くから女性の声が話しかけてくる。
「あなたは、この村の警備隊の方ですよね?私はメティスリア城の騎士レナ・フォン・オブシディアです。失礼ですが、あなたは遠距離攻撃ができますか?」
「メティスリアのオブシディアって⋯⋯あの精霊騎士!?女だったんだな⋯⋯って、そんな場合じゃないな。俺は、この村の村長の孫でラシード。遠距離攻撃もできるぜ」
レナは、ラシードの返答に──良かった、と言うと上空を見あげて言葉を続ける。
「第一王女様が、ワイバーンの襲撃に遭っています。一緒に援護していただけませんか?」
「そうしたいのは山々なんだが、村の魔法障壁が完成するまでに、魔物によって村が破壊されそうなんだ」
レナとラシードが交渉していると、黒馬に跨がったルカが地上へと戻ってくる。そして、ラシードへ近付くと決意した表情を向ける。
「私は範囲攻撃ができるので村を守ります。代わりに、フェリシア様をお願いします!警備兵の皆さん、手伝ってください!」
言うが早いか、ルカは黒馬と共にポルト村へと駆けていってしまう。戸惑う警備兵に、一緒に行け、と視線で合図を送ったラシードはルカの背中を不安そうな表情で見つめる。しかし、レナはその新兵の後ろ姿を頼もしく感じていた。
(エドガー様、早くしないと新兵に全部持っていかれてしまいますよ!)
「さぁ、ラシード様!いきましょう!」
レナは心の中でエドガーへ毒を吐くと、ラシードへ声をかける。その声で気持ちを切り替えたラシードは、上空へと鋭い視線を向けた。




