命令
少し時間は遡り──夜通しポルト村の前で待機していたシリルから、フェリシアを発見したという知らせを受けたロイズは、執務室にいた。
彼の好みからはかけ離れた執務室の内装は、どれも質素な色合いで、しかも古い型の家具が並んでいる。まるで、誰か別の人物が使用していた執務室にロイズが居座っているように見える。しかし、そのどれを見てもよく手入れされており、丁寧に扱われてきたことが分かる。
今、彼が深々と座る革張りの椅子の前には、格式高い大きな机があり、これもまたよく手入れがされていた。
そして、その机の端には、懐中時計の場所を指し示す板が置かれており、机のすぐ横には、執事である年配の男性が静かに控えていた。
「ザザッ……ザザザザ……フェリシア様さえ⋯⋯ザザザッ⋯⋯彼はいらない⋯⋯ザザザ」
妖しく光を放つ板は、今はシリルの場所を指し示しているが、絶えずその周囲の音をロイズの元へと届けており、彼は国の収支についての書類に目を通しながら、その音へと耳を傾けていた。
(シリルが、衛兵に仕掛けたようだな。)
シリルが戦闘を開始したことを、懐中時計から聞こえてくる音で判断したロイズは書類から顔を上げて、執事へと指示をする。
「フェリシア様と衛兵は、すでに合流している。しかも、馬の魔物が二頭いるらしい⋯⋯シリル一人だと心配だ。今すぐ、タイロンを呼べ!」
ロイズの言葉に──かしこまりました、と返答した執事が執務室を後にする。
そして、ほんの少しの時間の後、少し乱暴なノック音と共にタイロンが入室してくる。
「ロイズ様、お呼びですか──」
「タイロン。ポルト村へ向かい、シリルと共にフェリシア様を捕らえて連れてくるんだ」
タイロンは、入室してすぐ言い渡されたロイズからの指示の意図が読めず、困惑の表情を浮かべる。
「今からですか?俺は魔法が使えないので、かなり時間がかかってしまいますが──」
「シリルがいる場所の座標は分かっている。転移魔法陣を使えばいいだろう」
「あれは、罪人を移送する時にしか使用できない魔道具では⋯⋯?」
タイロンの言葉に、少しだけ考えた後ロイズは思い出したように頷く。
「⋯⋯そうだったな。では、お前はたった今から、反逆の罰の罰則として魔物の巣窟近くへ送ってやろう。そこで、凶悪な魔物たちからフェリシア様を身を挺して守り、ガルヴァスへと連れてくる。それが出来たら、罪には問わないことにすれば問題はないな」
タイロンが驚愕の表情で見つめた、ロイズの冷徹なピンクの瞳には、有無を言わせぬ支配の炎が宿っている。
「フェリシア様の魔力暴走の威力を測るために使用するつもりだったが──特別にタイロン、お前のために使ってやろう」
「⋯⋯それは一体、どういう意味ですか?」
「今、シリルが持っている懐中時計には、魔物誘引剤が入っているのさ。お前たちがフェリシア様を、合法的に捕まえるきっかけとして、よいタイミングで起動してやろう」
「ザザザッ⋯⋯ザザザッ⋯⋯ぐわぁぁぁぁぁ⋯⋯ザザッ⋯⋯」
突然、机の上に置いてある板から少年の絶叫が響く。驚くタイロンとは対照的に、ロイズは薄く微笑んでいた。
「シリル、やればできるじゃないか。うむ⋯⋯この調子なら、魔物誘引剤も必要ないかもしれないな。まぁ、念のために、いつでも起動できるようにはしておくか」
ロイズは自己完結して、板へと手を伸ばし何やら操作を始める。そして、操作が終わったのか、ふぅと息を吐いた。
「──ロイズ様、罪人には何かしらの『制限の輪』を使用しなければ、転移魔法陣に乗せることができません」
いつの間に戻ってきていたのか、タイロンの陰から現れた執事が進言する。よく見ると、その手にはすでに魔封じの腕輪が握られている。
ロイズは、ははっと短く笑うと席を立ち、優雅な足取りでタイロンへと近付く。
「お前は魔力がないと言ったな?この腕輪を装着したとて、意味はないだろう──あぁ、ゲイル。いつもながらお前の仕事の手際の良さには感服するよ」
ゲイル、と呼ばれた執事は深々と礼をしてから、腕輪をロイズへと手渡す。
──カチリッ
「これで準備はできたな。さぁ、早く行け」
ロイズは踵を返すと、すぐに机に戻り着席してしまう。タイロンは、礼をしてゲイルと共に執務室を後にする。
──ガラッ
机の引き出しを引くと、一枚の写真を取り出す。
そこにはロイズとよく似た顔の男性と、彼に寄り添うピンクの瞳が印象的な美しい女性、そして二人の幼い男の子が写っていた。
(──昔、隣国で魔物誘引剤を試した時に、偶然見付けた、とんでもない量の魔力を保有している少女が、もうすぐ手に入りそうですよ)
ロイズは、誰もいなくなった執務室で一人、自らの父親を思い出していた。
「──でも父上、私はあなたのような生温い考えや、やり方ではこの国は守れないと思っておりましたが⋯⋯やはり、そうみたいです。私が、立派にこの国を導いてみせましょう」
ロイズは、冷笑を浮かべたまま写真をそっと引き出しに戻すと、白い光を放つ板から聞こえてくる音に耳を澄ませるのだった。
──コツ コツ カツン カツン
石畳の冷たい階段を下るタイロンとゲイルは、地下の薄暗い一室へと入ると、床に描かれた魔法陣の前へと立つ。
「タイロン様、転移魔法陣は念のためにポルト村の手前に設定しておきます。どうかご無事で」
「あぁ、行ってくるわ。ったく、シリルのやつが早く任務をこなさねーから、罪人扱いになっちまったぜ」
タイロンは恨み言を呟きながら、転移の光に包まれて消えていった。それを見届けたゲイルは、深い溜め息を漏らす。
「⋯⋯アルベリヒ国王陛下、あなたの御子息様は一体、どこへ向かっておいでなのでしょうか」
ゲイルの独り言は、冷たい石造りの室内へと吸収され誰の耳に届くこともなかった。
ほんの数秒後、タイロンは砂漠の中に立っていた。
少し向こうにあるポルト村の方では、シリルが戦っているのが見える。
「ひゅーう!ゲイル、本当にいい仕事してるぜ!」
タイロンが口笛を吹き、嬉々として歩き出す先には、黒い網の中で苦しみながらも、必死に黒馬へと治癒魔法をかけ続ける黒髪の少年がいる。
「──ガキは大人しく、おねんねしてなぁぁぁ!!」
──ドゴォォォン! ドガァァァン!
その黒い網へと近付いた瞬間、全力の拳を叩き込むタイロン。
「──ぁがっっ!!」
黒い網に捕らえられたまま、防御する術もなくタイロンからの凄まじい打撃を受けたルカと黒馬は、一瞬で意識を失ってしまう。
治癒魔法が途切れた黒馬は、また黒い網によって深い傷を刻まれていく。
そして、無情にも網が縮まっていく速度は変わらず、黒馬の上へと折り重なるようにして気を失う少年の全身を焼きながら、深く食い込んでいく。
「そのまま、細切れになっちまいなぁ!!」
タイロンが意気揚々と言い放つが、その瞬間、前触れなく突然、黒い網が霧散してしまう。
(──まさか、シリルがやられたのか!?)
タイロンは、慌ててシリルがいるポルト村へと視線を向けるが、彼女はまだ戦っているようだった。
どうやらシリルは、黒い網に魔力を流すのを止めたようだった。
「ったく、仕方ねーな。魔力暴走を起こすきっかけのために、こいつらを運ぶとするか──よっ、と」
タイロンはその鍛え抜かれた両腕で、黒馬とルカを一気に自らの肩へと担ぎ上げる。
そして苦しそうな素振りも見せず、まるで何も担いでいないかのような軽い足取りで、そのままポルト村へと歩き始めた。




