砂漠の戦闘
フェリシアが勝機を感じていると、背後で砂を踏みしめる足音が聞こえてきた──次の瞬間
──ズォンッ ズォンッ ドサッ
生々しい地響きと共に、巨大な質量が砂の上に叩きつけられる音が響いた。そして、フェリシアが振り返ろうとするよりも早く、背後から腕を取られてしまう。あっという間に何者かの片腕で後ろ手に拘束されたフェリシアは、その人物によって、短剣も払い落とされる。
「おいおい、シリルさんよ。いつまでも帰ってこないと思ったら、こんな弱っちい魔物と小僧を相手に苦戦してたってのか?」
フェリシアを片手で制圧したまま、鼻で笑うようにシリルへと声を掛けた男は、がっしりとした体躯に黒髪を短く刈り上げており、両腕には金の腕輪が光っている。そして、その首筋には国への忠誠を誓うかのようにガルヴァスの紋章が彫られていた。
「こちらにも事情があるのです」
剣を下ろしながら冷ややかに答えるシリルの左腕を見たタイロンが、眉間にしわを寄せ低く唸るような声を上げる。
「──おいおい、その左腕はこのお嬢ちゃんにやられたのか?」
「いえ──私が自分でやりました。フェリシア様に献上して、大人しく付いてきてもらおうと」
「はぁぁぁぁ?お前、どう考えたら自分の腕を献上するって考えになるんだよ」
粗暴そうな男が呆れたように溜め息を吐いていると、自分を睨みつけるように見上げるフェリシアに気が付いて目を見開く。
「わーお。こりゃあ、ロイズ様が欲しがるわけだ!こんなイイ女、見たことないぜ」
舌舐めずりをする男に、侮蔑の視線を送ったフェリシアは激しく身を捩りながら、その男の背後に折り重なる塊があることに気が付く。
(さっきの砂の上へ何かが倒れる音は、あの塊の音だったのかしら。この体勢だと、よく見えないわ)
フェリシアが全身をグイッと前屈みに丸めるとそれにつられて、タイロンの身体も前へと倒れてくる。そのまま男の足の間から覗くように背後へと視線を向ける──そして、その塊の正体に気が付いたフェリシアは絶句した。
(──みんな!!)
突然、屈み込んだままピタリと動きを止めたフェリシアを不審に思った男が、フェリシアを覗き込む。
「──あ?急に大人しくなって、どうした?」
──バチバチッ!!
「タイロン。下がってください」
シリルが慌てた様子で声を上げる。その間にも、フェリシアの身体から紫の放電が次々と湧き出てくる。
──バチッ!バチン!
タイロンはその電圧に耐え切れず、慌ててフェリシアの腕から手を離し、シリルの横へと後退する。
「ふぅーん。あれが、ロイズ様が欲しがってる魔力暴走ってところか?」
「はい。あの雷は通常のものより、遥かに威力が高いので気を付けてください」
フェリシアは、怒りと絶望で我を忘れそうになりながらも、あと一歩のところで踏み止まっていた。
(ダメよ、フェリシア。今ここで魔力暴走を起こしてしまえば、ルカたちも巻き込んでしまうわ)
「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
フェリシアは、昂る感情を繰り返し息を吐いて抑えながら、目の前のロイズの仲間たちを見据える。
「睨んだ顔もいいねー!その表情が、苦痛に歪む姿が早く見たいぜ!」
タイロンはナックルを着けた拳で、フェリシアへと殴り掛かってくる。その行動を見たシリルは、慌ててタイロンへ叫ぶ。
「フェリシア様に傷を付けたら、ロイズ様に叱られますよ」
タイロンはフェリシアに拳を避けられても、すぐに次の一手を叩き込みながら、シリルに向かってぶっきらぼうに返す。
「そんなもん!ロイズ様に引き渡す前に、治癒魔法をかけりゃいいだろうが!」
──ズバッ! シュッ! シュバッ!
シリルは、タイロンの言葉に唖然としたような雰囲気を醸し出しながらも、フェリシアへ向かって走り出す。
「私は責任を負いませんので、タイロン様が叱られてください」
「分かったよ!」
シリルはタイロンの体技の合間に、剣技を鋭く組み合わせていく。
右から水平に飛んできたタイロンの拳をしゃがみ込んで避けたところへ、シリルの剣が真っ直ぐに突かれる。フェリシアは、バク転をするように素早く後ろへ両手を付き、剣を蹴り上げる。
──キンッ! パリッ!
フェリシアの靴底が剣にぶつかり軽い金属音が響く中、フェリシアの靴底から伝わった紫の電流が、剣を通してシリルの腕へと流れ込む。
「──うっ!」
シリルは、電流の痛みに僅かに声を上げながら、蹴り上げられた剣の衝撃を片手で耐える。
フェリシアが剣を蹴り上げた後、逆立ちの姿勢になったところへ、すかさずタイロンの拳が左からねじ込まれるように飛んでくる。
──ガシッ!
フェリシアは、その腕を自らの足の間へと絡め取り、タイロンが拳を左へと振り抜こうとする力を利用して、同じく左へと身体をひねり、地面へと着地する。
「おわぁっっ!!」
フェリシアの足に挟まれた左腕に引っ張られるようにして、タイロンの身体は地面へと倒れ込む。
──バリバリッ!
フェリシアの身体から発せられる放電が、タイロンの腕を通じて全身へと怒涛の勢いで流れ込む。
タイロンが電圧の高さに目を白黒させている所へ、シリルが魔法を放つ。
「ノワール・ランサー」
黒い硝子のような刃が、フェリシアを目掛けて無数に飛んでくる。
「それは、私には効かないわ!プラズマ・ウィップ!」
──バシッ! バシンッ!
フェリシアは、雷の鞭で全ての刃を叩き落とす。
足元でまだ意識のハッキリしないタイロンから、距離を取ろうとした瞬間──パッと、意識を取り戻したタイロンにフェリシアは足首を掴まれ、思い切り引かれた。
「きゃあっ!」
激しく後ろへと転倒したフェリシアは、その衝撃で一瞬だけ意識を飛ばしてしまう。それと同時に、身体を取り巻いていた放電も消え去った。
その好機を見逃さなかったタイロンは、すかさずフェリシアへと飛び掛かる。
次の瞬間、目を覚ましたフェリシアの身体は、すでにタイロンに組み敷かれた後だった。
「はぁ⋯はぁ⋯とんだ、じゃじゃ馬だな。まぁ、これくらい気性が荒いほうが乗りこなし甲斐があるな」
「──このっ⋯⋯離しなさいよ!!」
フェリシアの腰付近へとどっしりと体重を乗せたタイロンは、片手でフェリシアの細い手首をまとめて彼女の頭の上の地面へと縫い付けている。フェリシアが、どんなに動こうと足をバタつかせても圧倒的な体格差で、タイロンの身体はびくともしない。
フェリシアが暴れるのを気にも留めない様子のタイロンは、空いた方の手で自らの腰に下げたポーチへと手を伸ばす。そして、中から回復薬の小瓶をシリルへと投げる。
「今のうちに、お前のそのだらしない左腕を治せ」
「⋯⋯感謝します」
シリルは小瓶の栓を開けると、中身を左腕の醜い傷跡へとかけた。
「──くぅ⋯⋯!」
傷口の中をぞわぞわと何かが這い回るような感覚と共に、急激に修復されていく。ほんの僅かな時間で、シリルの腕は元通りになった。
怪我が一瞬で治る様子を見ていたフェリシアは、すぐ側で折り重なるようにして気を失っているルカたちへと視線を向けた。
(ボロボロになって気を失ったルカたちを守るためには、私が守らなくちゃいけないのに……!)
「あ?あいつらのことが心配か?」
フェリシアの目線の先を見たタイロンが、フェリシアの顎を掴み自分の方を向かせて、ニヤニヤしながら問い掛ける。
「あいつらを助けたいなら尚更、大人しく俺たちについてくるんだな」
シリルの剣によってできた、フェリシアの首の傷痕に僅かに滲む血を、タイロンはニヤリと笑いながらベロリと舐め取る。
「──ひぃっ!!」
フェリシアは全身を支配する嫌悪感から、ぶるぶると身体が打ち震えた。そんなことで楽しむタイロンへと侮蔑の視線を向けながら、シリルは歩み寄る。
「タイロン、フェリシア様に魔封じの腕輪を着けます」
シリルがフェリシアの手首へと金の腕輪を近付けた時、フェリシアは自分の真下──砂の中を何かが移動していく気配を背中で感じた。
(──何かが、真下を通った……この気配は──!!)
「……まさか砂漠のオアシスのすぐ近くで、こんな非道な犯行が行われているなんて、ただただ驚くばかりですね」
「まったくだな。この外道どもが!」
シリルの影からぬるりと現れたのは、純白のマントを翻すレナと、鋭い牙を剥き出しにしてシリルたちを威嚇する、漆黒の黒豹ネロだった。




