砂漠
「──フェリシア様!そちらから、ポルト村は見えますか?」
岩柱だらけの渓谷の中を滑るように走る黒馬から、上空の白馬に乗るフェリシアへとルカが尋ねる。
フェリシアは、正面を指差しながら白馬にスピードを緩めるよう指示を出す。
「──ルカ!前方に、魔物の集団がいるみたいなの!」
「そちらで、少しお待ちください!──ヴェント・ソウラム!」
ルカは、フェリシアのいる上空まで空気の足場を作り、黒馬で駆け上がってくる。
フェリシアと同じ目線から見えた景色には、岩柱でもない岩石でもない、禍々しい気配を纏った集団がいるようだった。
「でも、あそこから動かないのは何故かしら?そもそも、群れを成す魔物だとしても数が多すぎるような⋯⋯」
「フェリシア様は、白馬の隠密魔法で近付いてください。私たちは、地上から近付いてみます」
そう言うと、ルカは地上へと駆け戻っていった。
そして、フェリシアと白馬は白い霧に包まれ、その姿は完全に消失した。
姿を消したまま空を駆け、前方に見えていた魔物の群れが間近に迫ってきた時、フェリシアはその異常な様子に気が付き、慌てて白馬の進行を止める。
「⋯⋯なんなの、これは⋯⋯」
障害物の多い地上を行くルカよりも、遮る物が何もない上空を移動するフェリシアは、あっという間に魔物の群れの上空へと到着していた。
しかし眼下に広がる光景を信じられないといった表情で見つめるしかなかった。
(昨日の夜、何も起こらず安眠できたのは、これが原因だわ)
この辺りに生息しているであろう中型魔物が、山のように重なり合っていた。そのほとんどが、急所を一撃で貫かれたような痕が残ったまま絶命していた。
──バリッ ガリッ クチャクチャ
その山のような死骸から発せられる屍臭に誘き寄せられた小型の魔物たちが、数え切れないほど群がり、一心不乱に貪り喰らう衝撃の風景だった。
(昨日の、あの白い髪の人がやったのかしら⋯⋯)
フェリシアがその壮絶な光景を見ながら、考えを巡らせていると、眼下から黒馬の足音が聞こえてきたことに気が付く。白馬もその気配を察知したのか隠密魔法を自ら解除した。
白い霧の中から現れたフェリシアの姿を、素早く視認したルカが、足場を作り黒馬と共にこちらへと駆け寄ってきた。
「酷い有り様ですね。地上を、黒馬が蹄で音を立てて駆けていても、魔物たちは死骸に夢中で私たちの存在など気にも留めない様子でした」
フェリシアは、魔物の死骸の山を見ながら昨日の出来事を思い出す。
「昨日、渓谷に到着したばかりの時、ヴェノム・ファングから助けてくれた人がいたんだけど⋯⋯その人が使った魔法の痕跡と同じなのよね」
「⋯⋯その人が、本当にこの数の魔物を相手にしたとしたら⋯⋯相当な手練ですよ」
ルカは、フェリシアの話をにわかに信じがたいという顔をして話を続ける。
「この場所で、魔物が山積みになるように緻密な計算をして、ばらばらに襲い掛かってくる魔物たちを一気に相手にしながら、ここだというタイミングで確実に急所を撃ち抜いてとどめを刺さなければならないんですよ?」
フェリシアは、ルカの話を聞いて少し恐ろしくなる。そんな人物が、自分の周りに二回も出没しているということは、何かのきっかけで自分が標的にされる可能性もあるかもしれないからだ。
「別の場所で仕留めてから、ここへ運んできて山にしたってことは⋯⋯ないかしら?」
「その可能性はゼロに近いと思います。戦った痕跡も、血痕もここにしかないので」
二人は、何も言えず眼下で繰り広げられている恐ろしい光景を見つめる。少ししてからルカが、見るに堪えないというように目を逸らす。
「どちらにしても、早くここを通り抜けてポルト村へ向かった方が良さそうですね。長居はしない方が良いと思います」
「そうね。行きましょう」
フェリシアは上空を、ルカは地上を駆け始める。
しばらく別々で駆け続け、渓谷の終わりが見え始めた頃、一気に視界が開けていく。
渓谷の終わりと共に見えたのは、どこまでも広がる砂漠地帯だった。黄色い砂粒が風に吹かれて舞い上がり、少し視界を悪くしていた。
「フェリシア様!少し視界が悪いので、お互いを見失わないように、駆ける高度を下げてください!」
遮蔽物がどこにもない砂漠には、フェリシアとルカの乗る魔物の影しかない。
激しく照りつける太陽は、あっという間に人間だけでなく魔物の体力をも奪っていく。
「ルカ!白馬さんの様子がおかしいわ!」
白馬は、急に地面へと降り立つと、ハッハッと、荒い呼吸を繰り返し、膝をついて砂の上へと座り込んでしまう。
地面を駆けてきた黒馬も、座り込みはしないが頭を保持するのも辛そうに項垂れている。
「どこか、陽を避けられる場所があれば⋯⋯」
「さっきまで、上空から探したけど、どこにもなかったわ」
フェリシアは、自分の身体を使って少しでも影を作ろうとするが、華奢な身体が作る影では大きな白馬たちを陽の光から隠すことは到底できなかった。
「私、水の魔法は使えないし⋯⋯どうしよう⋯⋯」
──カサカサッ
「とりあえず、黒馬さんに我々を覆うだけの小さな岩石ドームを作ってもらいましょう。ごめんな、あともう一頑張りできるか?」
──ブルルルッ! カサカサカサッ
黒馬が作った岩石ドームは、太陽が出ている方角のみに迫り上がった一枚岩といった形状だった。
不完全なドームの形に、黒馬の体力も限界だということがうかがえる。
──カサカサッ
「⋯⋯とりあえず、日陰ができたわね。ありがとう黒馬さん。ねぇ、ルカ。この指輪の癒しの力を使ったらだめかしら?」
「申し訳ありません。怪我や病気を治すための治癒魔法なので、疲労には効果がないと思います」
──カサカサカサッ
「⋯⋯ルカ。さっきから、カサカサと音が聞こえるのは何だと思う?」
フェリシアが辺りをキョロキョロと見渡すが、これといって音を出しそうな物はない。
ルカも日陰の中を目を凝らして探すが何も見つけられない。そして一歩、日向へと足を踏み出して一枚岩の上へと視線を向けたルカは、その音の正体と目が合った。
「──サソリが⋯⋯一枚岩の上にびっしりとくっついています」
「サソリですって!?」
フェリシアも慌てて日向へ飛び出し、上を見上げる。ルカの言った通り、青色のサソリがびっしりとくっついていた。
「このサソリは、オアシス・スコーピオンだわ!針の手前に毒ではなく水を蓄えているのよ!」
フェリシアが言うように、青いサソリの鋭い針の手前、丸く膨らんだ毒嚢が、溜め込まれた豊かな純水によって内側から美しい紺碧の色合いに変調し、妖しくきらめいている。
「──では、こいつらを一網打尽にすれば白馬さんたちの症状を回復できるかも──」
ルカの瞳に希望の光が宿った刹那、大きな影が二つ日陰から飛び出した。
フェリシアとルカが、驚いて見上げた先には白馬と黒馬がいた。
──ズバァァァン!!
──バリッ ゴリッ ゴクッゴクッ
二頭は凄まじい勢いで、オアシス・スコーピオンの胴体だけを踏み潰し、残った針と毒嚢の部分を次々と口へと含んでいく。
「⋯⋯⋯⋯」
フェリシアとルカが、呆然と立ち尽くしていると水分補給が完了した二頭が、軽やかな足取りで一枚岩から飛び降りてきた。
「だ⋯⋯大丈夫なの?」
「馬って草食だったような⋯⋯」
ちょっと引き気味の主人二人の問い掛けに、二頭は高らかに嘶くと、鼻先でそれぞれの主に背に乗るよう促す。
──ヒヒーーーーン!!
フェリシアとルカが騎乗したことを確認すると、先ほどとは比べ物にならないほど力強い足取りで駆け出す。
「──ちょっと黒馬さん⋯⋯私を振り落とす勢いですが⋯⋯!!」
ルカが必死に黒馬の首元へと腕を回してしがみついていると、黒馬の身体から炎の紐のような物が伸びてくる。
それは、ちょうど手綱のようだったので、ルカはそれを慌てて掴む。すると、黒馬のトップスピードでも辛うじてバランスを取ることに成功する。
(フェリシア様は、大丈夫だろうか!?)
少し余裕の出たルカが、少し目線を上げると白馬の背から真っ白で大きな羽が生えていることに気が付く。
フェリシアはその羽の付け根に座り、足を羽の前方へと垂らす形で、白馬の胴体をうまく挟み込んでいた。そして、たてがみを握り締めて華麗に空を駆けていた。
「ルカ!大きなオアシスが見えるわ!きっとあれが、ポルト村よ!」
あんなにも果てしない砂漠に見えていたが、二頭の馬の魔物の爆走のお陰で、午前中のうちにポルト村へと到着することができそうだった。




