アイオライトの誓い
──カツン コツン
朝日が差し込む西の渓谷の景色は、岩柱の影が冷たく伸び、忍び寄るような闇夜とは一転していた。岩石に含まれる鉱石に、目が覚めるような光が反射して、パウダースノウのように輝きが舞い踊っている。
そんな目も眩むような輝かしい光が乱舞する中、白馬が洞穴の入口を蹄で叩いている。
「う⋯⋯ん。もう、朝か⋯⋯」
ルカが音に気が付き、目を覚ます。岩石の隙間から細い光の筋が何本も差し込み、洞穴内を照らしていた。
昨晩は、自分の身体へと擦り寄るようにして眠りについたフェリシアのお陰で──これは、徹夜になるな。と覚悟していたルカだった。
しかし、悶々とした頭より、身体の疲れが圧勝したらしく、一度も目を覚ますことなく現在に至る。
「⋯⋯ぅん⋯⋯」
フェリシアが、ゴロンと寝返りを打つとポケットから硝子の小瓶が転がり出てきた。
それは、コロコロと転がりながら岩壁にコツンとぶつかって止まる。
「おっと、大事な変化の薬が」
ルカが慌てて拾い上げると、衝撃で中身がゆったりと揺れただけで、瓶自体にはヒビや破損は見られなかった。
「フェリシア様、起きてください。ポルト村へ向かいましょう」
ルカの声で、ようやく目を覚ましたフェリシアは、まだ半分夢の中にいるような、フワフワした状態で身体を起こすと、口元に手を当てて──ふぁ、と小さく欠伸をする。
「おはよう、ルカ」
ふにゃりと笑うフェリシアの顔は、寝起きでも絵画にしたいくらいの美しさで、ルカは見惚れるしかなかった。
(寝起きの女性なんて、母上しか見たことがなかったが⋯⋯こんなに可愛らしいのは、フェリシア様だからなのか?)
そして、寝起きのフェリシアを目の当たりにしたルカは、自らの母親との差に愕然としていた。
──ガラガラガラッ
二人が目を覚ましたことを察知したのか、黒馬が岩壁を崩してくれると、待ってましたと言わんばかりに白馬が狭い洞穴内へと頭だけを突っ込んできた。そして、フェリシアの顔へと自らの鼻先を擦り付けて、おはよう、と挨拶をしているようだった。
「ふふふ。おはよう、白馬さん」
フェリシアは、白馬を優しく撫でてから洞穴の外へ出るために立ち上がる。その動きに合わせて、肩から絹糸のような銀髪が滑り落ちてきた。
どうやら眠っている間に、三つ編みを留めていた紐が外れてしまったようだった。
「⋯⋯本当は、こんなに髪を伸ばしたくはなかったのよね」
自分の髪を持ち上げながら、フェリシアがポツリと呟いた。ルカがその言葉に、不思議そうな視線を向ける。
「お兄様を守れる騎士になりたかったの。だから、長い髪は邪魔でしかないでしょ?──それに、木登りするにも、いちいち枝に引っ掛かるのも煩わしかったわ」
そう言ったフェリシアは、一瞬だけ懐かしむような目で遠くを見たが、その視線はすぐに目の前の白馬へと戻された。
そして、自分の髪をバサッと後ろへ払い除けると、颯爽と洞穴の外へと歩き出した。
(⋯⋯フェリシア様の高潔さは、幼い頃からジョナサン殿下を慕い、守りたいという気持ちから育っていったものなのか)
フェリシアの過去に、ほんの少しだけ触れたルカは、過去を打ち明けてくれたことが嬉しいような、過去に自分が側にいられなかったことが、もどかしいような気持ちに駆られた。
(──過去のことは、どうやっても私には覆せない。でも今、目の前のフェリシア様を守れるのは私しかいない⋯⋯!)
ルカは決意を新たにフェリシアを追って、洞穴内から外へと歩き出す。そして、白馬と戯れる白銀の女王へと声をかける。
「フェリシア様!」
朝日に照らされ、ほぼ白色になった髪をなびかせたフェリシアが優雅に振り向く。
「──認識阻害のポンチョは、同じ姿にしかなれません。したがって、これからは本来の姿で行動をしなければなりません。ですので、本当に危なくなった際は、躊躇わずにこの薬を使ってください」
力強く告げたルカは、フェリシアの手へとガラスの小瓶を握らせる。
ルカの手が離れてから、フェリシアは手の中にある小瓶へと視線を落とす。透明の液体は角度を変える度、ゆったりとした動きで瓶の中を移動しながら、陽の光を反射している。
(危なくなった時⋯⋯ね。そんなタイミングなんて、来なければ良いのだけれど。)
フェリシアは、小瓶を掌でギュッと握り締め、ズボンのポケットへと押し込んだ。フェリシアがポケットから手を出すと、ルカはフェリシアの左手を取る。
フェリシアの白魚のような細い薬指には、ディルムントでタンザナイトの指輪と交換し、はめられたままになっていたアイオライトの指輪が光っている。
「ルカ?」
左手を取ったまま動きを止めたルカに、フェリシアが声をかける。ルカは意を決したように、その左手で光るアイオライトの指輪へと口付けた。
ルカが口付けた瞬間、指輪を中心に淡い光が渦巻く。そして、しばらくすると指輪に吸い込まれるようにして光は消えていった。
「──ルカ、あなた左手の指輪に口付けるなんて⋯⋯!!」
フェリシアは抗議の声を上げかけたが、ルカの表情を見て言葉を詰まらせた。
「──私は、必ずフェリシア様を守ります。ですから、貴女様は安心して、ご自分の守りたいものを守るために行動をしてください」
赤い瞳が、彼の意志の強さを物語っているかのように、フェリシアの胸の奥も熱くなる。
「⋯⋯でも、ルカ!左手の指輪への口付けに、どんな意味があるかは知っているでしょ!?」
フェリシアは、怒ったような困ったような表情でルカを問い詰める。ルカは、スッと片膝をつき自らの胸の前へと手を添えた。
「私も貴族の端くれであり、騎士見習いです。その意味くらい分かっております──フェリシア様に、エドガー様という婚約者がいたとしても、私の命のすべてを賭けて、あなたを愛し、あなたに服従しますという意味です」
フェリシアは、顔を真っ赤にして口をあんぐり開けたまま、微動だにできなくなってしまう。
そんなフェリシアを尻目に、ルカはフェリシアの耳元へと顔を寄せ、低く甘く重要な言葉を囁いた。
「──もし、本当にエドガー様が貴女様の命を狙う犯人だったとしたら、私が貴女を奪いますので」
そう告げると、ルカはサッと黒馬へと跨りフェリシアを振り返る。
「さぁ、ポルト村へ、急ぎましょう!それと、先ほど、指輪に治癒魔法の効果を付与しました!命に関わるような怪我でなければ、治療が可能になると思います!ですので、必要な時に躊躇わず使用してください!」




