伝令と出陣
「ロイズの奴が、フェリシアを誘拐しようと狙っているだと!?」
時は少し遡り、エドガーがメルドラへの尋問を終えた翌日の早朝、メティスリア城の謁見の間では、怒れる獅子のごとくゼノが真っ赤な顔で怒鳴り声を上げていた。
玉座の肘掛けを粉砕する勢いで、何度も拳を激しく叩き付けている。
「⋯⋯はい。そして、エドガー様は、ディルムントの魔道具店にて、フェリシア様と衛兵ルカに出会ったそうですが⋯⋯二人は認識阻害のポンチョを着用していた為、その正体に気が付くことが出来ず、確保はできなかったそうです」
エドガーからの伝言を受け取った伝令係の男は、ゼノの激しい怒りの前に、生きた心地を失くして萎縮しながらも、必死に報告を続けていく。
「認識阻害のポンチョ⋯⋯そこまでして、あの子は一体何がしたいというの?それに、ロイズ様はフェリシアを誘拐しようとしているのではなく、保護しようとしてくださっているのではなくて?」
ゼノとは対照的に、青い顔をしながらも冷静さを失っていないクレアが静かに口を開く。それに対して、伝令の男も少し落ち着いた様子で言葉を続けた。
「⋯⋯はい。エドガー様は、フェリシア様を探しているという少女と戦闘になり、今はその者を捕らえているとのことです。その少女が自供した内容によれば、ロイズ様から『フェリシア様を連れてこい』と指示を受けたらしいです」
それを聞いたゼノは、さらに激昂し勢いよく玉座から立ち上がる。
「ロイズの奴!!フェリシアを連れてこいだと!?『身柄を保護する』などと言っていたが、初めから狙いはフェリシアだったということか!!」
ゼノの全身から白い陽炎が立ち昇り、身体の周りに上昇気流が発生しているのか、マントがバサバサと上下にはためいている。
「ゼノ⋯⋯落ち着いて。ガルヴァスには、アンナがいるのよ。下手に動いてアンナにも何かあったら⋯⋯」
クレアは、ゼノの手を取り自らの胸へと寄せて握り締める。そして、フェリシアによく似た紫水晶の瞳を向けた。そこには母としての強い意志が見て取れた。
「私たちが直接動けば、国と国との問題に発展してしまいます。『ロイズ様が』と言っていたということは、皇太子のみが勝手に動いている可能性があります。まずは、ガルヴァス国王宛に、アンナの身柄を保護してくださったことへの感謝の手紙を書いてみましょう」
ゼノは、ぶるぶると打ち震える自らの拳を、優しく包み込むクレアの姿に、繰り返し深く息を吐き、なんとか、怒りの感情を振り払おうとしているようだった。
「⋯⋯しかし、エドガーだけでは、フェリシアの捜索と保護は難しそうだ。近衛騎士団の副団長にも、動いてもらうことにするぞ!!」
「ですが国王様!この城の守りが手薄になることが、ガルヴァスの本当の目的だったとしたら、団長も副団長もいないとなると──」
──メラメラメラッ!!
謁見の間の端で控えていた大臣が口を出した瞬間、ゼノの怒りが文字通り再燃した。
国王の怒りを表すように玉座の椅子が、激しく燃え上がる。
「──防衛大臣、お前は私だけではこの城を守れないと言いたいのか?私よりも、近衛騎士団の方が頼りになると?」
ゼノは背後で燃え上がる椅子のことなど微塵も気にせず、大臣をその眼力だけで殺せそうな鋭い視線を送る。
「⋯⋯そんな、滅相もございません!!ただ国王お一人では、城下町までは守護できないのではないかと──」
さすが防衛大臣、王城だけではなく城下町のことも含めての発言だったようだ。
確かに王城の周りの城下街まで含めると、ゼノ一人で守備するのは到底無理な話だった。
「⋯⋯そうか。それもそうだな」
ゼノの怒りが収まると同時に、背後の炎も小さくなっていく。しかし、すでに黒焦げの玉座はぷすぷすと煙を吐き出していた。
「⋯⋯⋯⋯」
ゼノもクレアも大臣も、フェリシアの捜索への人員の捻出と、城の防衛の両方を叶える良い策が見付からず、無言の時間が生まれる。
──バァァァァン!!
「陛下!!うちの息子が、フェリシア様に捨てられたって本当ですか!?」
謁見の間の重い扉を吹き飛ばす勢いで入ってきたのは、熊のような大男──エドガーの父ガレス・クレイだった。そして、そのすぐ後ろからは、フェリシアの侍女であるレナが入室してきた。
「ゼノ様、申し訳ございません。ガレス様の暴走を……ゴホンッ。入室を止めることができませんでした」
レナは洗練された動きで深く礼をして、ゼノへ謝罪をする。二人を見たゼノは、何かを閃いたように──適任がいるではないか!と叫ぶ。
「レナ!お前、元々は近衛騎士団の副団長を務めておったな?」
「はい。フェリシア様がエドガー様と婚約をした一月前までは、副団長として勤務しておりました」
「今は仕える主がいない。ならば、その主を捜索する任を与えよう!!」
ゼノは声高らかにフェリシア捜索をレナへと命じた。
「御意」
レナは、自らの胸の前へ手を添え片膝をつくと頭を垂れる。それは今この瞬間から、侍女ではなく騎士として王へと仕えること、そしてフェリシア様を捜索するという任務を遂行して参ります、という意思表示であった。
「──ガレス!お前、剣の腕は鈍っていないか?」
レナの騎士らしい返答に満足したゼノは、ガレスへと目を向ける。そして、見定めるような視線を全身へ巡らせる。
「もちろんです!エドガーへと家督を譲った今でも、まだまだ現役の頃のように動けますよ!」
ガレスはその丸太のような太い腕に力こぶを作り──試してみますか?と不敵な笑みを浮かべてゼノへ視線を返している。
「防衛大臣、これで全ての心配は解消されたな?」
ゼノは満足そうに大臣へと目をやると、大臣はもう何も言うことはない、といった表情で頷いた。
「陛下、私は準備ができ次第、フェリシア様の捜索へと出発します。そして、できればエドガー様と合流したいと思っております」
そう告げると、レナはサッと立ち上がり一礼すると踵を返して謁見の間から出ていった。
それを見送った後、ゼノはガレスへと重々しい口を開く。
「あぁ、ガレスよ。エドガーは、フェリシアに捨てられたと決まったわけではないが⋯⋯すまないな。娘は別の男と共に、城からいなくなってしまったのだ」
「───っっっ!!!」
熊のような大男は、ゼノからのその衝撃の報告に、まるで心臓を撃ち抜かれたようにその場へと膝から崩れ落ちてしまう。
「──あのバカ息子っ!!だから『毎日、最低でも10回は愛の言葉を囁け』とアドバイスをしてやったのに!!」
そんなアドバイスが、この熊のような大男とは正反対の麗しの黄金の騎士へと贈られていたのか⋯⋯と、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべていた。




