洞穴
──ガガガガガッ!
突然の大きな音に驚いて、フェリシアは飛び起きる。さっきまで黄昏色の空が見えていたはずが、今は月明かりすら見えず、目の前にはただ暗闇だけが広がっていた。
(何なの!?)
焦る気持ちを必死で押し殺し、フェリシアはその場で静かに聞き耳を立てる。
(お父様が言ってたわ。物音と同時に暗闇の中に放り込まれた場合、刺客や悪い人間が近くにいることが多い。だから、無闇に動かず、状況の確認をしろって。)
フェリシアが、父からの教えを実行しているうちに、徐々に暗闇に目が慣れてきた──かと、思うと突然、目の前に光源が出現した。
「きゃあ!」
「わぁ!」
フェリシアは目が眩んでしまい、まともに目を開けることが出来ず、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。すると、すぐ近くから馴染みの声が聞こえてきた。
「フェリシア様!お目覚めになられたのですね!」
ルカが嬉しそうに、そして心底安堵したような気の抜けた表情をしている。
その指先には小さな炎が灯り、ゆらゆらと揺れ動く度に二人の顔を様々な角度から照らし出す。
「ルカ!!」
フェリシアは、感極まってルカへと飛び付いた。両腕をルカの首の後ろへ回し、全身でルカを抱き締める。
「もう、会えないかと思ったわ⋯⋯本当に良かった⋯⋯!!」
「あわわ⋯⋯えっ⋯⋯うぁ⋯⋯」
ルカは、自分の頰に触れる柔らかい白銀の髪と、全身に感じるフェリシアの温もりに、全身を硬直させるばかりか、驚きのあまり言葉が出なくなる。そして、指先の炎よりも顔を真っ赤に染めながら、空いている手でフェリシアの背中をそっと抱き締めた。
「ルカ!ディルムントの上空で、ロイズ様の側近に襲われたの!」
ルカの肩に乗せていた顔をバッと上げたフェリシアが、その勢いのまま自分の身に起こったことを伝える。フェリシアの紫水晶の中で、赤い炎が揺らめきなんとも神秘的な色に染まっている。そして、ルカを真剣な表情で見つめながら
「まさか、私の身柄を保護したいと言っていた人の指示で、誘拐をしにやってくるなんて⋯⋯!!」
「⋯⋯フェリシア様、私も報告することがあります。」
ルカは、未だに自らの肩へと両手を乗せて、こちらへ身を乗り出す体勢のフェリシアの手をそっと取ると、地面へと座るよう促した。
──ボウッ
ルカは指先の小さな炎を、二人の間の地面へと置く。洞穴内を明るく照らす役割もそうだが、これ以上、フェリシアとの身体的接触が起こらないようにとの願いを込めた、ルカなりの防衛のための配置でもあった。
ルカが魔力を込めた魔法の炎なのか、その指先から離れても炎の勢いは衰えず、燃え続け二人を静かに照らしている。
そして、やや間があってからルカは意を決したように話を始めた。
「まずは、フェリシア様がご無事で本当に良かったです。ですが、私は貴女を守ると誓ったのに、お一人にした挙句、危険な時も駆けつけることが出来ませんでした。誠に申し訳ございません」
ルカは跪き深々と頭を下げるが、フェリシアは地面の炎を回り込みルカのすぐ横へと移動する。
そして、手を伸ばしルカの頰を両手で包み込むと顔を上げさせた。先程よりも近い距離でフェリシアに覗き込まれたルカは──ヒュッ、呼吸が止める。
「私がオズさんを驚かせるために、上空で待機するから先に行って、と命令したからであって⋯⋯ルカの責任ではないわ!それに私だって、戦う術を持っているんだから!ちょっと離れたからって問題はないということよ!」
ルカは、フェリシアの両手を包み込むと自分の頬から手を外させる。そして、困ったような泣きそうな表情でフェリシアを見据える。しかし、フェリシアの瞳の美しさをこれ以上直視できず、ガクリと下を向いてしまう。
──本当に⋯⋯貴女様は、どこまで私の心をかき乱すのですか⋯⋯。
ルカはフェリシアの手を、彼女の膝の上へと戻すと、また向かい合うように距離を取って座り直す。
「──フェリシア様、無闇に男の肌に触れたり、顔をお近付けになってはいけません」
「え?」
フェリシアは、何の話?といった表情のままポカンと口を開けてルカを見ている。
「一国の王女であり、エドガー様という婚約者がいるのですから!」
ルカの顔が炎のせいではなく、真っ赤になっていることに気が付いたフェリシアは、ルカの言葉の意味を理解して瞳を丸くする。
「え!違うわ!そんな、いやらしい意味でルカに触れたのではないわ!」
「それは、分かっております!ですが⋯⋯やはり、勘違いしそうになってしまいます!!」
ルカの叫びが洞穴内に響くと、フェリシアも顔を真っ赤にして自らの頰を押さえていた。
「ご⋯⋯ごめんなさい。私、昔から距離感がおかしいと注意されていたのに⋯⋯淑女として恥ずべき悪評が立たないように、これからは気を付けるわ」
フェリシアにしては珍しく、かなり反省しているようで深く項垂れたまま両手で顔を覆っている。ルカはその様子を見てようやく気を取り直し、本題に入ることにする。
「──コホン。では、本題に入ります。この洞穴の入口はガイア・ブレイカーによって、一時的に塞いでもらいました。今夜は、外敵から襲われる心配はないので、ぐっすりとお休みください」
「⋯⋯私は、さっきまで寝ていたし、その前もルカは大して寝ていないわよね?だから、今夜はルカが寝なさい」
フェリシアは、敢えて命令形の言葉を選んでルカが眠れるように誘導する。フェリシアの真意が手に取るように分かるルカは、未だに頬を赤く染め命令を下してくる白銀の王女を見つめる。
(──この方を、愛さずにはいられない気持ちが⋯⋯いつか、本当に抑えきれなくなってしまう時が来てしまいそうで怖い⋯⋯。)
ルカがそんなことを考えていると、フェリシアが重大な記憶を思い出したように、バッと顔を上げた。
「エドガーが⋯⋯私を攻撃してきたのよ⋯⋯」
フェリシアは、目の前を凄い勢いで通り過ぎて行った、風の刃を思い出し身震いする。しかし、絶望した様子のフェリシアを見たルカは──それは、何かの間違いではないですか!?と、すかさず声を上げる。
「私は、エドガー様と一緒にフェリシア様を追ってきた刺客と戦いました。エドガー様が、フェリシア様の命を狙うなら、むしろ刺客と手を組んで私の命を奪おうとするはずです!」
ルカは、エドガーと共闘した時の記憶を思い出しながら、詳細を伝える。
「私たちが保存食を買いに行った道で、赤髪の少女にぶつかりましたよね?あの娘が『お姫様は、どこにいるのか』と、オズさんの首筋にナイフを突き付けながら⋯⋯私を脅してきたのです」
ルカの「オズさんの首筋にナイフを突き付けながら」という言葉で、フェリシアは顔を蒼くする。
「⋯⋯オズさんは⋯⋯?」
不安そうなフェリシアに、ルカは──大丈夫です。と伝え、言葉を続ける。
「私一人では、助けられなかったでしょう。しかし、エドガー様がオズさんを助けてくれ、そのまま私たちは赤髪の少女と戦闘になりました」
「そうなのね⋯⋯オズさんが無事で良かったわ」
胸を撫で下ろすフェリシアに、ルカは意を決して一番重要なことを伝えた。
「赤髪の少女との戦いには勝ちましたが、私の認識阻害のフードが脱げてしまい⋯⋯エドガー様に、バレてしまいました。そして、オズさんのお店の前で、馬車から荷物を降ろしていた少女が、フェリシア様だった⋯⋯と、気が付かれたと思います」




