メルドラ②
──シュバッ!!
岩石の中から勢いよく抜け出したメルドラは、両手に爆音を立てる炎を纏う。そして、先程よりも速いスピードで近付いてくる。
──ゴォウッ!ゴォウッ!
メルドラの容赦ない拳の連撃は、炎を纏っているせいか、重い音を奏でながら、エドガーに襲い掛かる。
(⋯⋯この手数の多さでは、剣を振る隙がない!)
エドガーは、剣でメルドラの攻撃を受け流してはいるが、少しずつ壁の方へと後退していく。
「──シャドウ・アンカー!!」
ルカの声がドーム内に響くのと同時に、メルドラの周りに無数の針が出現する。そして、メルドラの影を地面へと縫い留めるように突き刺さっていく。
燃え盛る右手の拳を突き出した体勢のまま、少女が身体を動かそうと全身に力を込めているのが分かる。
──ガクッ
しばらく抵抗していたメルドラの全身から、突然、力が抜け落ちたかのように頭が項垂れる。その瞬間、轟々と音を立てて燃え盛っていたメルドラの拳の炎が、まるで蝋燭の火を消すかのようにフッと消失した。
(⋯⋯戦意を消失したんだろうか?)
項垂れる少女の姿を見たルカは、少し気を緩め未だ地面に縫い留められているメルドラへと近付く──その刹那、パッと顔を上げたメルドラが、ルカの姿を視認してニヤリと笑った。
「──下がれぇぇぇ!!!」
メルドラの不気味な笑顔から、底知れぬ狂気を感じたエドガーの咆哮が、ドーム内に響き渡る。しかし、それより早くメルドラの身体を中心とした、壮絶な轟炎が巻き起こる。
その圧倒的な熱量の炎は、影を縫い留めていた針を蒸発させるように消し飛ばしていく。
「きゃははははっ!!お姫様の居場所は、どうせロイズ様が把握しているだろうし!金髪じゃない方のお兄さんとは、ここでさよならで良いよね!?」
不気味な笑顔を浮かべ、轟炎を纏ったままルカへと走り出すメルドラ。
エドガーも、メルドラを追うように走り出す。
「⋯⋯残念ですが、私はこんな所で『さよなら』する訳にはいかないんです!」
ルカは、剣の切っ先を地面すれすれに構え、迫り来る少女との距離を測る。
そして、ルカの剣先にメルドラの轟炎が触れた瞬間、神速の勢いで斬り上げた。
「──迅風・ヴォルテクス!!」
ルカが巻き起こした巨大なつむじ風が、メルドラの轟炎を飲み込むように巻き込んでいく。そして、風と炎が混ざり合い、激しい上昇気流が生み出される。
「やだ!なんで!?私の炎が吸い上げられていく!!」
メルドラを取り巻いていた轟炎が、少しずつ風に絡め取られ、ドームの上へと持ち上げられていく。
メルドラはパニックになり、離れていく炎に手を伸ばし掻き集めようとしている。
──ズガァァァァァアン!!!
ファイヤーストームとなった風と炎は、黒馬が作り上げた頑丈な岩石ドームの天井を突き破り、空へと霧散していった。
「⋯⋯うそぉ⋯⋯」
ポッカリと開いた天井を、絶望の表情で見上げるメルドラの背後で、黄金の影が素早く動く。
「──インパルス・ストライク」
メルドラが振り返るより速く、エドガーがその背中へと高密度の衝撃波を叩き込む。
──ドサッ
白目を剥き、完全に意識を失ったメルドラが、その場へと崩れ落ちた。
「はぁ⋯はぁ⋯」
ルカは、剣を構える手が震えていることに気が付き、つい先程まで死の恐怖に晒されていたんだと実感する。
「⋯⋯よくやった。君の助力のおかげで、なんとかこの危機を脱することができた」
エドガーが、ルカの背中を労うようにポンポンと叩く。そして、そのままルカの肩をガッシリと掴み、肩を組む体勢を取った。
「君に聞きたいことがあるんだが」
「⋯⋯はい。なんでしょうか?」
ルカは、苦笑いを浮かべながらエドガーを窺い見る。エドガーは、真剣な深い青の瞳でルカを見つめていた。
「君は何故、私の名前を知っている?」
「⋯⋯それは⋯⋯もちろん、その見事な黄金の髪を持つ騎士様と言えば、メティスリアのエドガー様しかいないからです!」
ううむ、と唸るような声を上げたエドガーは、腑に落ちない様子だったが次の質問を投げ掛ける。
「君が使用している剣だが、どこで手に入れた物だ?」
(──剣?剣の何に疑問を感じたんだ──)
ふと、自分の持つ剣へと視線を下ろしたルカは、ギクリと、身体を硬直させた。慌てて視線を下ろした先の剣の根元には、メティスリアの紋章が刻まれていた。
「──どこで手に入れた?」
「⋯⋯あ、こ、これは⋯⋯」
言い逃れをする言葉を探すが、この状況では何一つ言葉が浮かばない。むしろ、浮かんでくるのは焦りの冷や汗ばかりだった。
「⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
しばし無言が続いた時、突然の轟音が鳴り響き、二人は瞬時に身構える。
──ゴゴゴゴゴッッッ!!
岩石のドームが轟音と共に崩れ落ちていく。その崩れる岩石の隙間を縫うようにして、黒馬がするりとルカの元へ駆け寄る。
「あぁ!!黒馬さん!!」
ルカは心の中で(……天のお助け!)と言うと、素早く黒馬の背へと飛び乗った。その刹那、ルカのフードがハラリと脱げる。
(──黒髪に赤い瞳!!だから、あの剣を持っていたのか!!)
(──ルカ・エバンス!!)
エドガーの表情が、一瞬で焦りと驚愕の色を浮かべる。
こちらを振り返らず、岩石の隙間をいとも簡単にすり抜け、駆け抜けていく黒馬とルカを必死に追う。
「エア・スラッシュ!」
エドガーは、行く手を遮る岩石の雨をその一太刀で一掃する。しかし、岩石の破片で巻き起こった粉塵によって、次は視界を遮られてしまった。
「ルカ・エバンス!!フェリシアは、今どこにいるんだ!!」
見えない相手に向かって叫ぶが、もちろん返答は返ってこなかった。
(あの魔道具の店にいた少年がルカ・エバンスだったということは──!)
「──まさか、あの荷馬車にいた少女がフェリシアだったのか!?」
重大な事実に気が付いたエドガーは、自分の顔を覆って俯く。
(この手の届く場所にいたのに⋯⋯いや、一度はこの手の中にいたんだ⋯⋯)
エドガーは自分の両掌を見つめながら、荷馬車から少女を下ろした時の事を思い出す。
抱き上げた時の反応、小さく上げた悲鳴、こちらを見上げてきた少女の、甘く切なげな表情。
(瞳の色も、髪の色も違ったが──何か懐かしいような気持ちに囚われたのは、彼女がフェリシアだったからなのか。)
エドガーは、ガックリと肩を落としながら、気絶しているメルドラへと近付く。
そして、肩へと担ぎ上げると岩石の山を乗り越える。
「騎士様!!お怪我はありませんか!?」
オズワルドが駆け寄って来るが、エドガーは放心状態のまま歩き続ける。その背中を見つめながら、オズワルドが呟いた。
「⋯⋯アレクシス、セレーネ。君たちも、無事でいてくれ⋯⋯」




