告白
先ほどの緊迫感は消え、少し緊張を解いたいつも通りの様子で私室へ入ってくるエドガーを、フェリシアはじっと見据えた。そして、彼の一挙手一投足を見逃さないように神経を尖らせていた。
(あまりにも警戒した態度を取っていたら、逆に何か疑われてしまうかしら?でも、聞き出せる情報があるなら⋯⋯)
フェリシアが、兄の突然の訃報に衝撃と絶望を感じているのは確かだが、目の前の男が犯人かもしれないと思うと、弱々しい姿も隙も見せてはいけないと魂が告げていた。せめて『犯人を早く見つけたい』という強い意志だけは、前面に出すことに決めた。
自分の前まで無駄のない動きで近付いてくるエドガーの青い瞳を見つめながらフェリシアは口を開いた。
「護衛の配置はすべてが終わったかしら?その配置に関してなんだけれど、お父様やお母様が犯人という事は有り得ないと思うのよ。もし、可能ならいつも通り二人は同室にしてもらえないかしら?きっと、すごくショックを受けていて不安だと思うから⋯⋯あと、お兄様のことについて、何か――っ」
突然の抱擁に息を呑み戸惑うフェリシア。
「――ちょっと、エドガー!苦しいわっ!!いきなりなんなの!?」
それでもエドガーは何も言わず、まるでフェリシアの傷付いた心までも包み込むように、ただその身体を強く抱き締めていた。フェリシアの頬をサラリとした金髪が優しく触れながら流れていった。
「エドガー!いい加減、離してよ!!」
「⋯⋯⋯すまない」
エドガーの突然の謝罪の言葉に、フェリシアの身体が硬直する。
「⋯⋯それは何に対する謝罪なの?」
――お兄様を裏切った事への謝罪?
――これから、私も裏切る事への謝罪!?
――到底、犯した罪を許すことなんてできない!!
――そもそも、私に謝罪をして何になるの!?あなたが償うべき、許しを請うべき相手はジョナサンであるはずだわ!!!
エドガーからの答えが返ってくるまでの、ほんの僅かな沈黙の間に、フェリシアの中で激しい怒りの炎が燃え上がっていた。エドガーは何か答える代わりに、フェリシアの首筋へ顔を埋めた。
「エドガー!!何か言いなさいよ!!」
フェリシアは、エドガーの腕の中から逃れようと、激しく身を捩って抵抗する。
「あなたのせいで、お兄様はっ!!一緒に支えるって⋯⋯っ約束したじゃないっ!!!!」
エドガーは、ジタバタと全力で暴れるフェリシアの頭と背中を、さらに力を込めて自分の胸へと押し付けるように抱き締める。
「⋯⋯すまない。あぁするしか、なかったんだ」
苦しそうに絞り出したエドガーの残酷な告白に、フェリシアは全身の血が沸騰するような壮絶な怒りを感じた。
「なんですってっっっ!?」
バリバリバリッ!!
激しい咆哮と共に二人の間に紫色の鮮烈な電撃が走った。
エドガーは慌ててフェリシアをその腕の中から解放し、大きく後ろへ退く。
「今すぐ出ていきなさい!!」
フェリシアは、深く澄んだ紫水晶の瞳に明らかな怒りを宿し、身体中にバチバチと電光を纏っていた。
かつて大好きだった青い瞳が、自身からの猛烈な拒絶に激しく動揺している事さえ、もはや、どうでもいい。
――あぁするしかなかった?どんな理由があったって、お兄様の命を奪うことは絶対に間違った選択だわっ!!
「早く!!出て行って!!!!!!」
ズガァァァァン!!
フェリシアの激しい怒りに呼応するように、幾つもの太い電撃がエドガーをめがけて容赦なく飛んでいく。
「⋯エドガー様!?凄まじい音がしますが、大丈夫でしょうか!?」
エドガーの背後にある扉の向こうから、緊迫した兵士の叫び声が響く。
「私は大丈夫だ!フェリシア様が、魔力暴走を起こしてしまっている!急ぎアンナ様を呼んで来てくれ!」
室内で激しく暴れ回る電撃を俊敏な動きで避けながら、エドガーはまだ何かを必死に訴えようとしていた。
「⋯⋯フェリシアっ!お願いだ⋯聞いてくれ!」
――もう彼の声も聞きたくない⋯⋯その顔さえも見たくない!!!!
フェリシアはその場に瞳をキツく閉じ、両手で耳を塞いで激しくしゃがみ込んだ。主の制御を失った電撃はなおも部屋の中で無秩序に猛威を振るい、次々と豪華な調度品を粉砕し、無残に内装を切り裂いていく。
――お兄様っ!お兄様っ!!私は、あなたを奪った⋯⋯この男が憎い!!!
フェリシアの滑らかな銀髪が紫の雷光を浴びて妖しく輝いた。最高純度の魔力が立ち昇るのに合わせて、その白銀の毛流れがユラユラと揺らめく様は、恐ろしいようでいて、神々しくもあった。
「――フェリシアお姉様っ!!」
部屋の扉が勢いよく開いたかと思うと、エドガーさえ近付くのを躊躇うほどの電撃の嵐の中へ、小さな身体が迷うことなく飛び込んでいく。
そして、しゃがみ込むフェリシアを精一杯に抱き締める。
「お姉様!アンナが来たから、もう大丈夫です!落ち着いてください!」
アンナの柔らかくて温かい温もりを感じ、フェリシアを包む雷光がほんの少しだけ和らいだ。
――その一瞬の隙を、アンナは見逃さなかった。
「ノクティス!!」
アンナの身体から出た昏き霧が、瞬く間にフェリシアの身体を包み込んだ。
その刹那、フェリシアの身体から力が抜け床へと崩れ落ちた。それと同時にあんなに暴れまわっていた全ての電撃もブツリと音を残して嘘のように消え去った。
「フェリシア!!」
意識を失い深い眠りへと落ちた彼女の元へ、エドガーが駆け寄ろうとするが、それを阻むようにアンナが冷然と立ちはだかった。
「⋯⋯エドガー様、何故、魔力暴走が起こるほどにお姉様を追い詰める必要があったのですか!?これ以上お姉様を追い詰めるなら、私はあなたを許しません!!」
姉を背に庇うアンナの、フェリシアと同じ紫水晶の瞳の奥には、底冷えするような深い憎悪が赤々と燃え上がっていた。




