追手
ディルムントの上空を白馬で駆けるフェリシアは、懐中時計を開く。
「まだ12時前なのね。そんなに時間がかからないで、手懐けられて良かったわ」
ルカが、ディルムントの城門から街の中へ入って行くのがよく見える。
迷路のように入り組んだ道を迷わずに進んで行く黒馬を見て、街の人達は驚いて道を開けてくれているようだった。
オズワルドの店の前へ到着したルカが、黒馬から降りるのが見えたが、何故かその場から動かずじっとしている。
(どうしたのかしら?)
フェリシアが、不審に思い下降しようと思ったその時だった。
「こんにちは、フェリシア様。少しだけ遠回りをしてしまいましたが、お迎えに参りました」
ディルムントの上空、白馬に乗ったフェリシアの目の前に突然、音もなくシリルが現れた。
ロイズ様の側近である彼女は、後ろで一つに結んだ長い黒髪を風になびかせながら、表情一つ変えずその場で浮いている。
「⋯⋯お迎えって、何のことかしら?」
フェリシアは、眉根を寄せ不審感たっぷりに聞き返す。白馬のたてがみを握る手に、自然と力がこもる。
「ロイズ様から、ガルヴァスへとお連れするようにと申しつかりました──さぁ、こちらへ」
スラリと伸ばされた手に、有無を言わせぬ圧力を感じる。
(──待って。私、今はフードを被っているのよ?それなのに何故、この人は私がフェリシアだと分かっているの?)
──ブルルルッ
フェリシアの動揺を感じ取ったのか、白馬が鼻を鳴らして首を振る。
「ロイズ様からは、生きてさえいれば怪我の有無は問わないと言われています」
白馬の動きなど全く視界に入っていない様子で、シリルはフェリシアだけを見ていた。
──ドガーーーンッ!!
眼下の街から、つんざくような爆発音が聞こえてくる。それと共に、人々の悲鳴も聞こえてくる。
フェリシアが、そちらへと目線を動かした瞬間を見逃さなかったシリルが、素早くこちらへと飛び込んでくる。
──ヒヒーーーーンッ!!
飛び込んでくるシリルを、白馬は前脚を高く上げることで遮る。そして、そのままシリルの頭上を飛び越えて駆け出す。
「──逃がしません。ノワール・ランサー」
素早く身を翻したシリルは、飛ぶようにフェリシアを追いかけながら、無表情のまま魔法を発動する。
真っ黒な硝子のような鋭利な刃が、シリルの周りに無数に出現したかと思うと、弾丸のような速度で一斉にフェリシアへ向けて突っ込んでいく。
(私だって、戦えるのよ!!)
フェリシアは、たてがみを掴んでいない方の指先に魔力を集中させる。右腕から出ている紫のスパークが、弾けながら指先へと集まっていく。
昨日、オズワルドに淹れてもらったロベリートスの実の紅茶のお陰で、魔力の流れ方がいつもよりスムーズに感じた。
「プラズマ・ウィップ!!」
フェリシアの指先から放たれた無数の紫の電撃が、軌跡を描きながらしなやかに舞い踊る。
──バァァァァンッ!!
その電撃によって、真っ黒な刃はフェリシアに届くことなく全て叩き落とされた。二人の魔法が衝突した衝撃で、辺りが黒煙に包まれる。
(この隙に、西の渓谷へ逃げましょう!)
フェリシアは、すぐさま白馬へと小声で指示を出す。パッと方向転換をした白馬は、音もなく西の渓谷へ向けて駆け出した。
その頃、地上にいるエドガーは、街中の爆発音の次に、上空からの激しい衝突音を聞き付け、黒煙の広がる空を見上げていた。
「──あれは⋯⋯羽駆馬!?上に誰か乗っているのか?」
黒煙の中から、陽の光に照らされて光り輝く白馬が飛び出してきた。一瞬、その背に少女が乗っているのが見えたが、白馬は脱兎のごとく、猛スピードで駆けていく。
そして、少女の背後にある黒煙が、一段と濃くなったと思った刹那──真っ黒な糸のような物が一筋、少女を目掛けて凄まじい速度で伸びていく。
(──あの少女は、追われているのか!?)
考えるよりも先に、上空の少女の危険を察知した身体が咄嗟に動いてしまう。
「天烈一閃!!」
──シュバッ!!
エドガーによって放たれた鋭い風の刃は、空間そのものを一刀両断する勢いで天へと駆け上がり黒い筋を断ち切る。
その瞬間、黒い筋は一瞬で霧散した。
エドガーは、いつでも次の一撃を繰り出せるように剣を構え、未だに消えない黒煙を睨み付ける。
一方、上空を駆けるフェリシアは、自分の真後ろで巻き起こった風の揺らぎに気が付き振り返る。
「──っ!!」
フェリシアの目の前を、風の刃がキラリと光ながら上空へと走っていった。
(あともう少し白馬の速度が遅かったら、私たちに直撃していたわ!一体、どこから⋯⋯?)
どこから攻撃されたのかと眼下を見渡すと、剣を構えたままこちらを見据える、黄金の騎士がいることに気が付く。
「⋯⋯エドガー」
胸が締め付けられるのを堪え、フェリシアは前を向き白馬へと抱き着くように身体を密着させる。
(やっぱり⋯⋯エドガーは、私を狙っているの?)
フェリシアの悲痛な気持ちを感じ取ったのか、はたまた、フェリシアが身体を密着させたことで駆けやすくなったのかは分からないが、白馬はさらに速度を上げる。
それと同時に、白馬の身体が白い霧で包まれたかと思うと一瞬で姿を消した。
その霧の後を追うように、ゆっくりと流れて消えていく黒煙の中から、シリルが先程と変わらぬ表情のまま現れる。
「⋯⋯どこに逃げようと、フェリシア様の居場所は丸分かりです──っ!!」
──シュバッ!!
シリルの鼻先を風の刃がかすめていく。辛うじて直撃を避けたものの、シリルの頰に一筋の血が滲んだ。
「⋯⋯この距離でも、確実に当ててくるとは。流石、黄金の騎士です」
無表情だが、彼女なりに称賛を送っているような、余裕のある口振りだった。しかし、二撃目、三撃目と正確な狙いで風の刃が飛んでくると、そんな余裕もなくなったようだった。
「⋯⋯ここで、彼と戦ってもディルムントへの被害が拡大してしまうだけですね」
そう呟くとシリルは、手首に光るピンクの宝石が嵌め込まれたブレスレットへと触れる。
(一旦、ロイズ様の元へ戻りますか)
──シュンッ
エドガーは、上空から忽然と姿を消した少女と、黒煙の中から現れた人物の行方を、素早く空全体へ視線を這わせ探す。
(──見失ったか。)
エドガーは、剣を鞘へと納めると街中で爆発音のした方向へと走り出す。




