指輪
「フェリシア様、大丈夫ですか?」
ルカが心配そうにフェリシアを気遣う。ルカには何も言わず、フェリシアはゴシゴシッと、乱暴に涙を拭った。
「⋯⋯エドガーに、変化の薬を持っていくわ」
──ガシッ!
陳列してある小瓶を取ろうと左腕を伸ばした時、その腕をルカによって掴まれる。何事かとルカに視線を向けると、予想外に真剣な表情が返ってきた。
「フェリシア様、この指輪は?」
ルカの視線は、フェリシアの左手の指輪へと注がれている。
「⋯⋯エドガーからもらった婚約指輪よ」
「なるほど。先程、エドガー様は、この指輪を見ていらっしゃいました」
「──え?」
(まさか、エドガーはこの指輪で、私の正体に気が付いているの──?)
フェリシアが身体を強張らせたのが、掴んでいる左腕から伝わってくる。
「フェリシア様、こちらへ」
ルカは、フェリシアの左腕を掴んだまま店の奥へと移動していった。
その頃、店の前ではオズワルドとエドガーが、変化の薬について会話を続けていた。
「こちらで取り扱っている、変化薬の持続時間と効果を、詳しく教えてもらえないだろうか?」
「もちろんでございます。薬の効果ですが、自分が想像した生物に変化することが可能です。しかし元の姿から、よりかけ離れた形になればなるほど、変化の持続時間が短くなるそうです」
「なるほど。粗悪品が出回っていることは、知っているか?」
「闇市や、裏通りで密かに取引が行われているそうですね⋯⋯私どもが販売している商品は、水のようにサラサラした液体ですが、粗悪品は少しとろみのある液体とのことです。──まぁ、私も本物はみたことはないので、本当かは分からないです」
──パタパタパタッ
軽い足取りが、エドガーとオズワルドに近付いてくる。そして、オズワルドの横まで来るとピタリと止まった。
「あぁ、セレーネ。ありがとう。──こちらが、正規ルートで仕入れた本物の変化の薬です。さぁ、お手にとって見てください」
オズワルドに促されたエドガーは、セレーネと呼ばれた茶髪の少女から小瓶を受け取る。
エドガーが瓶を傾ける度に、中の透明の液体が傾きに合わせて揺れている。
(本当に水のようだな。これで変化ができるとは⋯⋯魔道具とは、実に不思議だな。)
エドガーが、小瓶の中身をじっくりと眺めていると、オズワルドが茶髪の少女へ声を掛けた。
「セレーネ。ここはもう大丈夫だから、奥で仕分け作業をやってきてくれるかい?」
茶髪の少女はコクリと頷いた後、エドガーにお辞儀をして店内へと向かっていく。
「きみ。」
あともう一歩で店内に入るというところで、エドガーが引き止める。
「⋯⋯その指輪を、どこで手に入れたのかを教えてもらっても?」
エドガーが指差す先にあるのは、茶髪の少女の左手で静かに光っている深い青紫の宝石だった。
「⋯⋯あ、これは⋯⋯」
フェリシアが、指輪が嵌められた左手を自らの右手で覆ったまま返答に困っていると、オズワルドがその左手を手に取る。
「騎士様、こちらの指輪にご興味があるのですか?」
エドガーの目の前に、オズワルドによって少女の左手が差し出される。
(フェリシアへと贈った宝石に似ていたと思ったが⋯⋯違う宝石のようだ。)
薬指で静かに光る石を、じっと見つめたエドガーは、落胆した様子で首を横に振った。
「⋯⋯いや、気のせいだったようだ」
「騎士様。この指輪は当店で販売している、アイオライトという宝石の指輪です。魔法付与効果が一つだけ、永続的に付けられる魔道具です。高級なタンザナイトに似ていることもあり、巷では大切な方へのプレゼントとしても人気ですよ」
──騎士様もおひとつ、いかがですか?と商売上手なオズワルドが薦める。
「⋯⋯私には、一刻も早く身柄を確保しなければならない人がいるのだ。すまないが、今回は遠慮するよ」
そう答えたエドガーの瞳は、何かを思い出しているかのように切なげに細められた。そして、手に持っていた変化の薬を店主へと返した。
「魔道具について、色々と教えてくれたことに感謝する」
黄金の騎士はマントを翻し、店を後にする。
フェリシアは、その背中をホッとしたような、寂しいような気持ちで見送ったあと、オズワルドと共に店内へと戻って行った。
「セレーネ!⋯⋯とオズさん、おかえりなさい。品物は売れましたか?」
物陰からヒヤヒヤしながら、事の成り行きを見守っていたルカが、フェリシアへと駆け寄る。
「騎士様は、魔道具の情報を聞きたかっただけのようだ。⋯⋯もしかして、二人は先程の騎士様から逃げているのかい?」
図星を突かれ、ルカがハッとして再び身を硬くする。しかしフェリシアは、オズワルドのどこまでも穏やかな瞳を見て、これ以上この優しい店主に嘘を吐き続けることはできない、と諦めたように小さく息を吐いた。
真実を見抜く能力が恐ろしく高いオズワルドに、フェリシアとルカは脱帽するしかなかった。
「⋯⋯そうです。私たちは彼から逃げています。より逃げ延びる確率を高くするために、変化の薬を求めてこの街へとやって来ました」
「そうだったのか。そんな不安そうな顔をしなくても、大丈夫だ。このことは誰にも言わないさ。もちろん⋯⋯あの騎士様にもね」
──もうすぐ夕刻だから、急いで荷物の仕分けをしようじゃないか、と言ってフェリシアとルカの背中に手を添え店の奥へと促す。
その優しく大きい掌の温もりに安堵しながら、ルカがオズワルドに申し訳なさそうな視線を送る。
「⋯⋯オズさん。セレーネの指輪から身元がバレないように、お店の品物である指輪を勝手に使用してしまいました」
「あぁ、そうだったな。本当はタンザナイトの指輪だったろう?上手いこと考えたな、アレクシス!その指輪も、持って行きなさい。何かの役に立つ時が来るかもしれない」
その言葉にルカは──ありがとうございます!と、頭を下げると、パッと駆け出し、荷箱へ近寄ると中身をテキパキと仕分けしていく。フェリシアも荷箱へ足早に近寄り仕分けを始める。
しばらく、二人が仕分けと接客の手伝いをしていると、空はすっかり暗くなっていた。しかし、魔道具の灯りで街中はキラキラと照らされ、少しも暗くない。
フェリシアが懐中時計を見ると、針は20時の少し前を指していた。パチンと音を立てて懐中時計の蓋を閉めるとフェリシアは、オズワルドへと声を掛けた。
「オズさん、後で保存食を買いに行きたいのだけど、おすすめのお店はあるかしら?」
「あぁ、ここから少し街の外れの方へ行った場所に、水や果物に肉、魚⋯⋯たくさんの種類の保存食を取り扱っている店があるぞ。店も、もうすぐ閉めるから、今から二人で行っておいで」
オズワルドから店までの道を詳しく書いたメモを受け取るのと一緒に、ルカ用の認識阻害のポンチョも渡される。
「アレクシスは、この辺りでは珍しい髪色と瞳だからな。これを使いなさい」
ルカが渡されたポンチョを身に着けると、あっという間に見た目が変化していく。
「オズさん⋯⋯ありがとうございます!!」
フェリシアと同じ茶色の瞳に、深緑の髪色のルカが感激のあまり、オズワルドにギュウッと抱き着く。大声で笑いながらルカの背中をポンポンと叩くオズワルドも、とても嬉しそうな顔をしていた。




