急接近
魔道具店の店主は、オズワルドという名前だという。第一印象そのままで、とても気さくで心優しい人物だった。二人は親しみを込めて「オズさん」と呼ぶことにしたのだった。
二人がフードを脱いで素顔を晒しても、魔物との戦闘で薄汚れた顔だからか、それとも王族の参加する式典などを見たことがないのか、メティスリアのフェリシアだとバレる事はなかった。
オズワルドに盛大な勘違いをされた二人は、何故か駆け落ちを応援される形となっていた。店の手伝いをする代わりに、空いている部屋へ無償で泊まらせてくれることになった。
「⋯⋯わしも、若い頃に愛してやまない女性がいたんだがな。その人には、婚約者がいたんだ。それでも、お互いに気持ちを伝え合って、いつか一緒になることを夢見ていたんだよ。⋯⋯あの頃のわしに、勇気があったらな」
店主は若い頃を思い返すように、遠い目をしていた。思い出に浸った後、スッと真剣な眼差しをルカへと向けた。
「いいか、アレクシス。何があっても、セレーネの手を離したら、絶対にダメだぞ。」
「⋯⋯はい。私は、彼女を命に代えても守り抜くことを誓っているので、大丈夫です!」
男二人、熱い想いが通じ合ったのか、ガシッと抱き合っている。
「オズさん。私達、そんな事情だから変化の薬を探しにこの街へ来たのだけど、ここに置いてあるかしら?」
フェリシアが、この街へと訪れた目的を伝える。
すると、オズさんは──そうだな、セレーネは少し目立ちすぎるな。と頷くと、店の方へと歩いて行った。
「これが、変化の薬だ。最近、闇市や裏通りで粗悪品が出回っているらしいが、わしの店で取り扱っているのが正規品だ」
そう言って、テーブルの上に置かれたのは、小さな透明の瓶だった。中身は瓶と同じく無色透明で、水のようだった。
それとは別に、新しいフード付きポンチョがテーブルに置かれる。フードの縁には金の刺繍が施され、一級品だということが見ただけで分かる。
「このポンチョは、認識阻害の魔法が込められた金糸が使用されているのだが、簡単な変装で良いならこっちがオススメだ」
フェリシアは、悩んだようにルカを見る。
「セレーネ、何があるか分からないから両方買おう」
その言葉にフェリシアはコクリと頷き、ポケットから小型化したトランクを取り出す。その小さなボタンに触れるとあっという間に、元の大きさのトランクに戻る。
(これまた、高級な魔道具だな⋯⋯相当に高貴な身分のご令嬢だとしか考えられんな。)
オズワルドは目を見張りながら、フェリシアの動きを見つめる。
「オズさん、これで足りるかしら?」
フェリシアがトランクから取り出したのは、一着のドレスだった。
絹の青い生地に、細部まで拘った繊細な金糸の刺繍が施されているだけではなく、全体には小さなダイヤモンドが、これでもかと散りばめられている。どこから見ても、ダイヤモンドが光を反射して、キラキラと神秘的な輝きを放っていた。
「なんと⋯⋯こんな上等なドレス、見たことがない」
オズワルドが目を丸くして、驚きを隠せないでいると、フェリシアが口を開いた。
「もしかしたら、私たちを探して誰かがやってくるかもしれないの。でも、その時には知らないと答えてほしい。このドレスの価値には、その口止め料も入っているわ」
フェリシアは真っ直ぐにオズワルドを見つめる。紫水晶の瞳には、成し遂げなければならない何かへの、強い気持ちを映しているようだった。
「⋯⋯分かった。これは、預かっておくよ。いつか、二人が堂々と表を歩けるようになった時、またここへおいで」
オズワルドは、やはり全てを理解した表情で、二人を包み込むような優しさを見せてくれる。
「さぁ!まずは、二人とも荷台から荷物を降ろすのを手伝ってくれ!」
オズワルドの言葉に、二人は元気よく椅子から立ち上がる。フェリシアは早速、ボロボロのフードを脱ぎ捨てると、認識阻害のポンチョを身に着けた。
「⋯⋯魔道具って、こんなにすごいのか⋯⋯」
ルカが驚いたように、フェリシアを見つめる。
そこには、どこにでもいる茶髪を肩まで伸ばした、これまた、よくあるブラウンの瞳の少女が立っていた。
「⋯⋯よいしょっと」
フェリシアが、荷台の中から荷物を持ち上げ、外で待っているルカへと手渡す。
軽々と受け取ったルカは、それを店の中へと運んでいく。
何度かこのやり取りを繰り返した時、視界の端にキラキラと輝く何かが見えた。
(何がこんなに眩しく光っているの──。)
フェリシアが見つめる先には、黄金に輝く髪をなびかせて歩くエドガーがいた。
フェリシアの心臓が緊張でギュッと縮む。
(この距離で、下手に隠れたりしたら絶対に怪しまれる──!!)
フェリシアは、ふっ、と短く息を吐き魔道具店の店員になりきることにした。
エドガーから視線を逸らし、荷台の荷物を運び出しやすいように、奥から手前へと移動して整理をする。
しばらく、整理を続けたところでふと顔を上げると、荷台の目の前にエドガーが立っていた。
「────っ!!」
フェリシアは、驚きすぎて声も出ず、ただ茶色の瞳を大きく開く。
──ガシャンッ!!
驚きで手元が狂ったフェリシアは、小瓶の入った箱を落としてしまう。
その音を聞き付けたルカが店の中から、慌ててやって来る──が、エドガーの姿を見つけると、素早く店の入口の扉の影へと身を隠した。
(エドガー様⋯⋯まさか認識阻害の魔法を見破れるのか!?)
ルカが、どうしようかとオロオロしていると、その様子に何かを察知したオズワルドが、ルカの肩に手をポンと置き、ゆったりとした足取りで店の外へと歩み出た。
「こんにちは、騎士様。何か、魔道具をお探しですか?」
「⋯⋯あぁ、変化の薬を探している」
エドガーは、オズワルドから話し掛けられているはずなのだが、何故か茶髪の少女の方を向いたまま答える。
(嘘でしょ!ここでバレたら、お兄様を探しに行けない──!!)
焦るフェリシアに、至って冷静にオズワルドが声を掛ける。
「セレーネ、店の中から変化の薬を持って来てくれるかい?」
「⋯⋯はい。今、お持ちします」
フェリシアは、オズワルドの声に弾かれたように馬車の荷台から降りようとする。
「⋯⋯きゃっ!」
荷台から降りるために、エドガーの直ぐ側で身を屈めた時、エドガーが急にフェリシアへと腕を伸ばした。
──フワッ
エドガーは何も言わず、少女を優しく抱き上げると、壊れ物を扱うようにそっと地面へと降ろす。そして、目の前の少女の正体には気が付いていないのか、すぐにフェリシアの身体から手を離した。
「お嬢さん、こんなところから飛び降りたら、怪我をするかもしれない。気を付けるんだ」
エドガーの優しい甘い声が、フェリシアの耳に届く。彼の手が離れてから、吸い込まれるようにフェリシアはエドガーを見上げた。
大好きなエドガーの美しい顔。
大切な物を扱うようにそっと触れる感触。
私を見つめる温かい眼差し。
そこには、昔から変わらない誰よりも騎士らしいエドガーがいた。
(──でも、今の彼を完全に信じることができない──。)
フェリシアは、何も言わずエドガーにペコリと深くお辞儀をすると、店内へ駆け込んだ。
「⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯」
駆け込んだ先で、ルカが心配そうに近寄って来る。
フードの下でさらに俯くフェリシアの顔を覗き込んだルカは、息を呑んだ。
今は茶色になっているフェリシアの瞳は、涙を限界まで溜めていた。
溢れそうになる想いを押し留めて、零れ落ちないようにと必死に耐えるフェリシアの姿は、ルカの胸を激しく揺さぶるのであった。




