理由
地平線から顔を出し始めた太陽の優しい光と、心地良い鳥のさえずりが聞こえてくる。
フェリシアは、ゆっくりと瞳を開けた。
「おはようございます!フェリシア様!」
「おはよう!んーー良いお天気になりそうな、朝ね!」
すっきりと目覚めたフェリシアは、──グイーッと、伸びをしかけたが、途中で動きを止めた。
「ちょっと、ルカ!交代で眠ろうって約束したじゃない!」
──ガバッと、フェリシアが勢いよくルカの方へ身を乗り出した拍子に、脱げかけていたフードがパサリと音を立てて脱げる。フードの中から現れた銀髪が、朝日に照らされてとても美しい白銀になり輝いていた。
「わぁ⋯⋯フェリシア様の髪は、本当に美しいですね」
あまりの美しさに目を奪われるルカを、フェリシアはイタズラな瞳で覗き込む。
「⋯⋯美しいのは、『髪』だけ?」
フェリシアの澄んだ深い紫水晶の中に、顔を真っ赤にした自分が映っていることに気が付いたルカは、慌てて身体ごとそっぽを向く。
「⋯か、からかわないでください!」
「あはははっ!冗談よ!アンナみたいな可愛い女の子の方が魅力的よね!」
(⋯⋯フェリシア様は、まるで自分の神々しい美貌に気が付いていないのか⋯⋯)
楽しそうに笑うフェリシアの声を聞きながら、ルカは溜め息を付く。
「ルカ、あなた少しでも眠ったほうが良いわ。明るい今なら、夜より安全に眠れるはずよ。私は、そっちの木で食べられる実を取ってくるから!」
と言うが早いか、身軽に隣の木の枝へと飛び移る。
森の木々にさえ愛されているかのように、いとも簡単に実のついた大木へと辿り着いている。
(⋯⋯一国の王女様が、大木の上を飛び回って、野生の木の実を食すなんて⋯⋯噂通り、大胆で行動力のある方なんだな。)
──ドサッ!と音を立てて、ルカは木の上で身体を横たえる。瞼を閉じると、そよそよと風が頬を撫でていく。
──ガサガサッ ブチッ
──ガサガサッ バサッ
フェリシアが木の実を収穫する音が聞こえてくる。
(それにしても⋯⋯フェリシア様はあくまで逃亡中なんだからもう少し、音を立てるのを控えられませんかね⋯⋯。)
ルカは、そんなことを考えながらスッと意識を手放した。
──シャクッ モグモグ
フェリシアは、木の実を抱えてルカのいる大木まで戻ってくると、その実を何のためらいもなく口へ運ぶ。
(昔、兵士たちの目を盗んで、植物図鑑片手に森へ入って遊んでた甲斐があったわ!じゃなきゃ、食べられる木の実がどれかも分からなかったもの。)
何個目かの実をモグモグと咀嚼をしていると、ルカがゴロンと寝返りをした。黒髪がサラリと流れ、その顔がよく見える。
(本当に綺麗な黒髪ね⋯⋯それにしても、国境を越えてメティスリア城まで働きにくるより、ガルヴァスで仕事を見つけた方が楽だったんじゃないかしら)
そんなことを考えながら、じっとルカを見つめているとパッと目が開きその赤い瞳と目が合う。
「あ、おはよう。ルカ!」
「⋯⋯⋯⋯」
間近でニッコリと微笑むフェリシアの顔を、寝起きのハッキリしない頭のまま、ボーッと眺めていたルカは──わぁっ!と突然、声を上げて飛び起きた。
「⋯⋯し、心臓に悪いことをしないでください!」
「なによ、人を化け物みたいに!」
ムッとして、頬を膨らませてルカを睨むフェリシア。
そんな王女を前にルカは胸に手を当て、青い空を見上げて深呼吸を繰り返す。
(──あぁ母様、私は目的を忘れてこの尊い時間に身を委ねてしまいそうです。)
ルカが現実逃避しかけていると、すかさずフェリシアの声が聞こえてきた。
「ルカ、一時間くらいしか眠っていないけど、もう動ける?」
太陽が穏やかに森の木々を照らす中、大木の中程の枝まで移動したフェリシアたちは、今後の動き方を相談していた。
「──はい、問題ありません。このまま、ディルムントへ入りますか?」
フェリシアが収穫してきた、真っ赤で掌にやっと収まるくらい立派な果実に、かぶりつきながらルカが答える。
「⋯⋯そういえば、深夜にエドガー様が馬でこの森を駆け抜けて行きました。彼もディルムントへ向かった可能性があります」
(──もう、ここまで追ってきたの!?というか何故、西だと気が付いたの!?)
フェリシアがエドガーの行動の速さに驚愕する横で、ルカは昨夜のエドガーの鬼気迫る様子を思い出して、身体が勝手に震えていた。
「フェリシア様を探すのに必死なんだと感じました。何故、エドガー様と共に逃げなかったのですか?」
「⋯⋯お兄様の件があってから、彼が⋯⋯本当に私の味方なのか分からなくなってしまったの」
フェリシアは俯いて弱々しい声を上げる──が、少しの間を空けて、慌てたように顔を上げた。
「──でも、信じたい気持ちもあるのよ!」
そう自分に言い聞かせるように言うフェリシアを、ルカは静かに見つめる。
「私は、この国で、メティスリア城に勤めてから一週間ほどですが、エドガー様の王族の方々への忠誠心を疑ったことは、ただの一度もありません」
ルカは赤い瞳で真っ直ぐにフェリシアを見つめる。
「ましてや、フェリシア様のこととなると、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、常に全力で一途で⋯⋯いつも熱い眼差しを送っていらっしゃいましたよ」
ルカは、在りし日のエドガーの姿を思い出しているのか、苦笑いをしている。
「⋯⋯フェリシア様。そろそろ、王城を出た理由を教えていただけませんか?」
ルカの真剣な表情と雰囲気を見たフェリシアは、覚悟を決めたように重い口を開いた。
「⋯⋯私は、お兄様を害した人物を探したいの。妹が、その犯人はエドガーだって言ったの。最初はそうは思わなかったのよ?でも、王城の謁見の間に飾ってあったお兄様の肖像画を、剣でズタズタに切り裂いているエドガーの姿を見たことがあって⋯⋯」
フェリシアは、ディルムントの方を切ない表情で見つめている。
「それにね、お兄様が亡くなったと知らせが来た時に、彼が言ったのよ。『すまない。あぁするしかなかった』ってね」
ルカの方へ肩をすくめて見せたフェリシアは、やはり寂しそうな瞳をしていた。
「──その言葉からしたら、お兄様に『何かをした』と捉えてしまうでしょう?」
フェリシアの言葉から想像されるエドガーは、ルカの知らない、疑念にまみれた彼の姿だった。
(あんなにも忠誠心と愛に溢れているエドガー様が、犯人なんてことが本当にありえるのか?──何か、大きな勘違いやすれ違いがあるのでは?)
ルカの赤い瞳は、フェリシアの言葉に困惑して揺れ動いていた。
「⋯⋯もし、エドガーが王位を狙っているのだとしたら、次に狙われるのは私。でも、私は彼に命を奪われるつもりはないわ。だから、今こうして彼から逃げ、真相を知る人物の元へ行こうとしている」
「……真相を知る人物?それは誰──」
──ズドォォォン!!
すさまじい衝撃音とともに、二人が座っていた大木が根元から激しく傾いた。
「きゃああっ!?」
太い枝にしがみつき、振り落とされそうになるのを必死に耐える。しかし、ミシミシと不穏な音を立てながら、激しい揺れは断続的に続いて止まる気配がない。
「ルカ!!『ラグバドン』だわっ!!」
それは、二本の大きな顎を使い大木を根元からへし折るほどの圧倒的な質量とパワーを持つ、超大型の甲虫の魔物だ。体長は馬車ほどもあり、全身が黒光りする鉄のように硬い殻で覆われている。
「フェリシア様!このままだと、木が倒されて我々も落下してしまいます!」
「そのようね!戦うしかないわ!」
フェリシアは言うが早いか、斜めに倒れ始めた大木をラグバドンへ向かって駆け出す。すでに魔法を発動し始めており、その横顔には笑みが浮かんでいるように見えた。
「スパーク・ボルト!!」
フェリシアの指先から、一直線に鋭い電撃が走っていく。そして、ラグバドンの目へと直撃して弾けた。
──ガチンッ ガチンッ
甲虫の魔物は一瞬、怯んだ様子だったがその大きな顎をぶつけ合い、フェリシアを威嚇しているようだった。
「⋯⋯目なら魔法が通るかと思ったけど、ここもだめなのね!」
地面に降り立ったフェリシアは、ラグバドンと適度な距離を取りながら、次の一手を考える。フェリシアの周りで風が舞ったかと思うと、風の刃の如き速さで飛び降りてきたルカが、いつの間にか音もなく隣に着地していた。
(⋯⋯なんて速さなの)
フェリシアが驚いている間もなく、ルカはラグバドンへ向けて駆け出す。後ろに剣先を下げた状態で、地面スレスレから滑るようにして上へと斬り上げた。
「迅風昇炎!!」
地面から巻き起こる突風が、馬車ほどもあるラグバドンの巨体を持ち上げる。空中へ投げ出されながら、下から巻き起こった突風が炎を纏い始め、ラグバドンを包み込んでいく。
──ギチギチィィィィ!!
ラグバドンは空中で咆哮を上げたが、なす術もなく激しい炎の旋風によって揉みくちゃにされていた。
ルカは炎の旋風が落ち着く瞬間を見逃さず、素早く空気の塊を作りラグバドンのさらに上へと足を運んでいく。
「ヘブンズ・ピロー!!」
旋風でひっくり返ったまま、空中へ投げ出されたラグバドンの腹部を目掛けて、ルカの素早い鋭利な矢のような剣技が放たれた。
(──なんて強いの!!)
フェリシアが口をあんぐりと開けている目の前に、ルカがヒラリと舞い降りる。ルカを追うように、そのすぐ後ろの地面へと、腹部に大穴の開いた甲虫の魔物が降ってきたが、すでに絶命していた。




