追跡
「銀髪の美しい町娘を見なかったか?」
闇夜を風よりも早く馬で疾走したエドガーは、フェリシアたちを追い越して、先にディルムントへと到着していた。
この街には魔晶石の力を利用した最新鋭の街灯が整備されており、深夜であっても昼間のように明るい。さらに不夜城のごとく営業している店が多く、活気に溢れ、夜更けでも外を出歩く人々がそれなりに行き交っていた。
魔道具の生産が世界一盛んなため、一般の労働者から職人、貴族、あるいは出稼ぎの冒険者まで、幅広い階級の人間がこの混沌とした街で生活し、滞在しているのだ。
エドガーは、自身の旅装を解く宿を探すことすら後回しにし、明かりの灯る店へと次々に足を運んでは、愛するフィアンセの手がかりを求めて貪欲に聞き込みを続けていた。
「銀髪の女か─⋯⋯ここらじゃ、珍しい髪色だから、見ていたら覚えているはずだがな」
酒場の店主も、木製のグラスを布で拭きながらううむと頭を捻る。自身の記憶だけでは限界だと判断したのだろう、店主はカウンターの向こうで騒がしく飲んでいる客たちに向けて声を張り上げた。
「おーい!誰かこの街で銀髪の美しい女を見た奴はいないかー?」
店主の呼び掛けに、──騎士様は人捜しかい?と、興味津々な様子で、店内のあちこちから様々な粗野な反応が返ってくる。
「銀髪の女ー? 俺は昨日からこの街に付きっきりだが、そんな上等なタマは見てねーな」
「あれだろ! 銀髪の美しい女って言ったら、メティスリア城のフェリシア王女殿下しか思い付かねぇな」
「それにしても騎士様の髪もすごく綺麗だし、産まれてこの方、こんなにハンサムな男を見たことないよ!ねえ、こっちの席で一緒に呑もうよ!」
(ここでも有益な情報は得られないか⋯⋯西にあるこの街ではないとすると、もう少し先に行った場所に村があったか⋯)
エドガーは次の追跡ルートを脳裏で計算しながら、店主へ手短に感謝を伝える。
(これ以上ここに長居する意味はない。)
そう思い、扉を出ようと錆びたドアノブへ手を掛けた刹那──背後の席から聞こえてきた気になる会話に、彼は思わず動きを止めた。
「──ここ最近、裏通りで『自分ではない何者かになれる』っていう、妙な魔法薬が出回っているらしいぜ」
「あぁ、その噂なら俺も小耳に挟んだぞ。なんでも、本国のお貴族の方々がお忍びで悪い遊びをする時に使われてるらしいな」
「でもなぁ、貴族向けの特殊な薬ってことは、俺たちみたいな堅気には到底、手の届かないお値段なんだろうな」
──まぁ、「お忍びで遊んだ」なんて女房にバレたら命がいくつあっても足りないから、俺らには関係ねえけどな! ガハハハ!
豪快に笑いながら、エールをあおっているのはこの街の警備兵だろうか。非番の日に羽目を外しに酒場までやってきたのだろう。
(魔法薬か⋯⋯。姿形を変える術式、あるいは魔力を一時的に偽装する代物だとしたら、フェリシアが手に入れようとする可能性がある。調べてみる価値はありそうだ。)
エドガーの深い青の瞳が、篝火とは異なる魔道具の光を受けて鋭く細められる。
今度こそ重い木製の扉を開いて、夜の街へと踏み出したエドガーは、もうしばらくこの魔導都市ディルムントに滞在することを決めた。
そして、裏のルートからその魔法薬の情報を集めることに方針を切り替え、エドガーは、今夜の宿を探すために歩き始めるのだった。
その頃、ガルヴァスへ向かうロイズたちは、馬車に揺られ北の街道を進んでいた。
国境に近くなるほど、木が減り、岩が露出する地形が増えてきた。馬車の窓から見える隆々とした切り立った岩壁は、行く手を拒むかのように延々と左右に連なっている。
(相変わらず、寂しい土地だな⋯⋯)
ロイズがじっと見ていると、アンナも窓の外を無邪気に覗き込む。
「あの岩山の下に、空の魔晶石がたくさん埋まっているのですね!!」
「あぁ、そうだ。ここ一帯全てに埋まっている。⋯⋯今まではゴミの山だったが、これからは世界で最も価値のある宝の山へと変化するだろう」
「そうですね!フェリシアお姉様なら、ここにある魔晶石の全てを、あの神々しい魔力で満たすことが出来ますよ!!」
アンナはロイズの方へ身を乗り出し、ロイズの手に自らの手を重ねた。アンナの体温が高いのか、包まれたロイズの手がほんのり温かくなる。
「魔力暴走中は、体力の消費も激しいので、私がお姉様の魔力が切れる前に、魔法で眠らせます。そうして、身体に負担がかかり過ぎないようにすれば⋯⋯最も効率良い間隔で、完璧な魔晶石作りが出来ると思います!!」
アンナは、重ねた手にキュッと力を込めると自信に満ちた大きな瞳で見上げる。
「それに、つい先日もエドガー様がお兄様毒殺の犯人だと勘違いして、魔力暴走を起こしたのですが、アンナが『ノクティス』でうまく眠らせることができたので、きっと次も大丈夫です!」
──ふんすっ!と、鼻息荒く意気込むアンナを上目遣いにチラリと見ただけで、ロイズはフェリシアを追うための板へと視線を落とした。
(フェリシア様はもうすぐ、ディルムントへ到着するようだな。私からのプレゼントを気に入ってくれると、嬉しいんだが⋯⋯。)
西の森の出口付近で、ピタリと動かなくなった白い光を見て、ロイズは板から顔を上げる。そして向かい側に座るアンナへと優しく声を掛けた。
「アンナも、少しは眠っておきなさい。あまり興奮していると疲れてしまいますよ」
「はぁい。ロイズ様は、眠らないんですか?」
「僕は、あなたの寝顔を見てから眠ろうと思っています」
「まぁ!恥ずかしいですが、ロイズ様がなるべく早く眠れるよう、アンナも頑張って眠ります」
アンナは豪華でフカフカな座面にしっかりと身体を預けて、瞳を閉じる。悪路でも馬車がそこまで揺れないような設計になっているらしく、石や岩がゴツゴツしている道のはずなのに、微かな揺れが逆に揺りかごのようで心地良いほどだった。
ほどなくして、眠りについたアンナの身体へロイズは、そっと自らの外套をかけてやる。アンナの顔に掛かったグレーの髪をどけてやると、少女はくすぐったそうに身動ぎをした。
(──まだ幼さの残る少女に、僕はなんて非道なことを手伝わせようとしているのだろうな。だが、ガルヴァスの繁栄のためなら、何だってしてみせよう!)
「⋯⋯ザザッ⋯⋯ザッ⋯⋯」
ロイズは、自分が眠る前にもう一度、フェリシアたちに変化がないか、音声の確認もしてみたが、聞こえてくるのは耳障りな雑音だけだった。
「フェリシア様も眠ったようだな。それにしても、8時間も移動を続けるとは⋯⋯あの見た目からは想像もつかないからこそ、お転婆娘なのが噂になるのだな」
ピンクの瞳を愛おしそうに細め、ロイズも背もたれへ大きく寄りかかり瞳を閉じる。
馬車の中は静寂に包まれたが、ガルヴァスを目指す一団の歩みはとまらなかった。




