パルス・コンパス
城塞外郭の広場には、ガルヴァス国の赤い瞳の黒竜の紋章が入った豪華な馬車とは別に、四台の大型馬車が用意されていた。
三台には、アンナのドレスや宝飾品が、大量のトランクカバンに詰め込まれた状態で、馬車へと積み込まれている。
残る一台には、ロイズを護衛するための屈強な兵士たちが乗っていた。
さらに黒馬にまたがった、シリルのような側近や身辺警護をする騎士数人が、馬車を囲む形で待機していた。
──このような大車列がここに待機していると、フェリシアの捜索隊を準備することが出来ないではないか!!
太陽はすっかり沈み、辺りは闇夜に包まれている。フェリシアが消えてから、すでに4時間が経過していた。
篝火台の炎に照らされたエドガーの表情は、焦燥に駆られており、その苛立ちを隠すこともできなくなっていた。その様子をロイズが愉快そうに盗み見ていた。
「ゼノ国王陛下、クレア王妃殿下。ジョナサンの崩御に続き、フェリシア様の失踪の知らせを聞き、僕も胸が張り裂ける思いです。我がガルヴァスの同盟国として、哀悼を捧げます」
ロイズは胸に手を当て、これ以上ないほど完璧な哀悼の礼を執る。しかし、そのピンクの瞳の奥ではフィリスティアの人間が慌てふためき、狼狽する姿を冷徹に見下していた。
「これ以上、メティスリア王国に悲劇が起こらないよう、僕の婚約者──アンナ様の身は、ガルヴァスが全力で保護、そしてお守りいたしますので、どうかご安心ください」
その言葉に、クレアが「ロイズ様、どうか娘をよろしくお願いいたします」と伝え、アンナへ歩み寄ると震える腕でギュウッと抱き締める。
「ゼノ国王陛下、フェリシア様の捜索に尽力されますよう。我が国も、国境付近の警備を強化し、不審な者が逃げ込まないよう、完璧な体制を敷いておきます」
(クスッ、大した戦力もない新兵を想い人と勘違いして憤っている哀れな黄金の騎士だな。そのまま見当違いの方角を探すがいい。フェリシア様は、僕がディルムントで先に回収させてもらう)
ゼノとロイズは固く握手を交わし、アンナはクレアとの抱擁の後、ゼノとも抱擁を交わすと馬車へと乗り込んでいく。
扉が閉まる瞬間、アンナがにんまりと笑いながら、エドガーに向けて言葉を発した。
「エドガー様!もし、お姉様がガルヴァスへといらした際は、こちらでお守りしますから安心してくださいね!!」
──パタンッ
エドガーが言葉を返す前に、馬車の扉は閉められる。そして、ロイズ一行はガルヴァスへと向けて出発した。
馬車がゆっくりと進み始めるやいなや、エドガーは物凄い勢いでゼノへと詰め寄った。
「陛下!!私は一刻も早くフェリシアを追います!出立の許可をください!!」
いつもは冷静な深い青の瞳に篝火が映り込み、執念の炎が揺らめいて見える。
「エドガー、お前が急ぎたい気持ちも分かるが、捜索範囲を絞らないことには、国土全てを回らなくてはならなくなるぞ」
「私はそれでも構いません!!フェリシアは⋯⋯私が一生守り抜くと誓ったのです!!」
エドガーの必死な姿に、クレアがそっとエドガーの肩に触れる。
「エドガー、フェリシアのことを想ってくれてありがとう。あなたが彼女の婚約者で本当に良かったわ」
──でもね⋯⋯と、クレアは諭すようにエドガーに真剣な瞳を向ける。
「闇雲に探すより、きちんと調べた方が結果的に近道になると思うの。ね?一緒に手掛かりをさがしましょう?」
エドガーは、今にも泣き出しそうな表情を見せたかと思うと、スッと頭を下げた。
「⋯⋯取り乱して申し訳ありません。彼女がどこへ向かったのか、手掛かりを探してから出発したいと思います」
(⋯⋯ルカ、俺が行くまで絶対にフェリシアを守り抜いてくれよ!!)
事の成り行きを静かに見守っていた侍女レナが、ここで静かにエドガーへと歩み寄る。
「やはり、フェリシア様のお部屋を探した方が良いと思います。エドガー様、行きましょう」
──キィ⋯キィ⋯
先程、破壊されたフェリシアの部屋の扉はバルコニーから吹き込む夜風に、小さな音を立てながら微かに揺れている。
床の上には、踏み潰されて薄くなった鎧、ルカが脱ぎ捨てた衣服、フェリシアが脱ぎ捨てた黒衣のドレス⋯⋯ベッドボートにはガーベラが4本、枯れることなく咲き誇っていた。
(この花の意味を知っているはずなのに、君は俺から離れたのか?)
エドガーの青の瞳が、暗い絶望に陰る。それを見かねたレナが声を掛けた。
「エドガー様。フェリシア様は、私に必要な物だけトランクに詰めろとおっしゃいました。ですので、私はドレスや宝飾品は一切、ご用意しなかったのです」
「⋯⋯そうか」
それが、どうかしたのかとでも言うようなエドガーの返事に──お気付きになられませんか?と、レナは困ったように微笑む。
「フェリシア様は、エドガー様から贈られた婚約指輪は、指にはめたままお持ちになっておられます」
「──っ!!」
エドガーは、レナを思い切り振り返る。耳まで真っ赤にしたその表情には、フェリシアが自分を見捨てたのではないという嬉しい気持ちと、胸の奥底から溢れる愛しい気持ちがハッキリと表れていた。
(エドガー様⋯⋯フェリシア様の前でも、こうやって素直に感情を表現していれば、置いていかれなかったかもしれないですよ。)
レナは、初心な少年のように赤くなる近衛騎士団長の様子に、心の中で深い溜め息を付く。そして、気を取り直して室内をじっくりと凝視していく。
──奇抜な置物は、いつもここにあった。
──ソファーやローテーブルにも異常はない。
──家族写真もいつもこの壁に⋯⋯?
「エドガー様!!この写真、フェリシア様が魔力暴走を起こした際の物と『額縁』が違います!!」
エドガーはすかさず、その額縁を壁からむしり取るように手に取った。
豪華な彫刻がされた金の額縁には、色取り取りの宝石が散りばめられている。エドガーは、胸騒ぎを覚えながら、その一つ一つを指先で確かめるように触れていった。
──ホワッ
紫の宝石に触れた瞬間、エドガーの脳裏に映像が流れ込んできた。
(フェリシアが出ていく時の映像か⋯⋯?)
フェリシアがルカへと笑顔を向ける度に、心が張り裂けそうになる。しかし、彼女がルカへと背を向けた後、彼女の手元が赤々と燃えるのを見逃さなかった。
──何故、今まで忘れていたんだ!!
エドガーは、紫の宝石から手を離し魔法を詠唱する。
「──パルス・コンパス!!」
エドガーの右掌の上に薄い桃色の矢印が現れる。矢印は頼りなさげにユラユラと揺らめきながら、フェリシアのいる方向を指し示していた。
「⋯⋯フェリシアは、西にいる⋯!!」
今、フェリシアは自分を兄の仇として憎んでいるはずだった。それでも、エドガーの手のひらの上で、光は消えることなく「薄桃色」の輝きを放ち続けている。
(フェリシア……。君は俺を恨みながらも、まだ、俺を愛してくれているのか。その薬指の指輪と同じように、俺を心の奥底で繋ぎ止めてくれているのか……)
術者であるエドガーは、相手が自分への愛を持ち続けている限り、その居場所の方角と、愛の深さをリアルタイムで知ることができる。
揺らめく薄桃色の光は、少し儚く、けれど決して消えない王女の不器用な情愛そのものだった。
彼女の愛がまだここにあると確信した瞬間、黄金の騎士の胸を満たしたのは、世界を敵に回してでも彼女を守り抜くという、狂おしいほどの情念と冷徹な覚悟だった。
「レナ。私はこれより、西へ向かう。……誰よりも早く、彼女を奪い返すために」
エドガーは青い瞳に希望を宿して部屋を出ていく。そして、扉から半分ほど身体が出かけたところで思い出したようにレナを振り返った。
「その額縁の宝石は、以前ジョナサン殿下の肖像画に仕込まれていた物と同じだ。恐らく、魔晶石であろう。こちらの情報が、敵へ伝わらないよう、早急に破壊しておいてくれ」
「御意に。黄金の騎士の道行きに、勝利のあらんことを」




