ロイズとアンナ
『⋯⋯ザザッ⋯⋯ルカ、私と一緒に⋯⋯ザザザッ⋯⋯西にいる⋯⋯』
メティスリア城内にある、アンナの部屋で応接セットのソファーへと、ゆったり身体を預けているのはロイズだった。板のような物を持ち、そこには城内の地図が映し出されている。その板上では、白い光が同じ場所で点滅していた。
「ロイズ様、すごいです!これは懐中時計を持っている人物の声まで聞けるのですね!」
ロイズの横に腰掛けているアンナが、興味津々に白い光を指先でなぞる。
──ブゥン
先程まで城内の詳細な地図を写していたはずの板は、城下町まで写し出すようになり、白い光は王城の上で点滅を始めた。
「わぁっ!!本当にスゴイです!狭い範囲も、広い範囲も見渡せるなんて!でも、魔法は使っていないのに、どうしてこんなに複雑な機能が付けられたのですか?」
ロイズは、フッと笑いアンナの頬に自分の手を添える。指先でその頬を撫でながら、少し顔を寄せ、囁くような甘い声で言った。
「僕が魔晶石の研究で見付けたんだけれど、魔晶石は込められた魔力の違いによって、特有の魔晶波を放っているんだ。それによって効果を増幅したり、抑えたり。魔晶石同士で呼び合う効果の物もあるんだよ。」
アンナはロイズのピンクの瞳をうっとりと見つめる。ロイズの指先は、アンナのグレーの髪をクルクルと弄ぶように動かされている。
(ロイズ様が私の髪を弄んでくれている⋯⋯それにしても、お姉様と一緒でなんて美しいお顔なのかしらぁ。)
うっとりした時間に浸っていると、急に後頭部へ手が差し込まれグイッと、先程よりもさらに顔を寄せられる。
「あの懐中時計の文字盤の装飾には、『呼び合う魔晶石』と、『魔晶波をより強く発する魔晶石』が使用されていてね。ただ僕は、懐中時計に内蔵されている『音を拾う機械』が拾った音を、魔晶波に乗せられるような仕組みにしただけさ」
ロイズは言い終わると、アンナからスルリと身を離し、板へと視線を向ける。
「さて、ようやく動き出したみたいだ。⋯⋯フェリシア様ではない音声が、ずっと入ってくるのは何故だ。アンナ、彼女は一人で逃げるのではなかったか?」
「⋯⋯ごめんなさい。『エドガー様とは一緒に行かない』としか聞いていないです⋯⋯」
ロイズは、アンナが頭を下げるのを横目でチラリと見たが、特に気にも留めず何やら考えているようだった。
「まぁ、あの『黄金の騎士』でなければ、大した戦力は持ち合わせていないはず。こちらも作戦を決行する」
アンナの顔がパァッと明るくなる。その瞳は、何かを思い出しているかのように宙を見つめていた。
「ついに始まるのですね!!お姉様の神々しい美しさを、いつでも間近で見られるようになる日が、本当に楽しみですっ!!」
「君は本当に姉を神格化しているのだな。⋯⋯まぁ、よい。彼女には、これから我が国で本当の神になってもらうのだから」
ロイズか不適な笑みを浮かべる横では、アンナが輝かしい未来を想像して恍惚の表情を浮かべていた。
(お姉様!あなたはロイズ様の手によって、もっと高貴な存在へ、本物の神になるのよ……やっとお兄様がいなくなったのに、エドガー様なんかに独り占めさせないわっ!!)
隣国の支配者の冷酷な微笑みの陰で、14歳の妹の瞳には、姉への深い嫉妬と歪んだ狂信の炎が、ギラギラと燃え上がっていた。
自分の妹とその婚約者が、物騒な話をしているとはつゆ知らず、フェリシアとルカはバルコニーから目の前の『白銀の神梛』へと狙いを定める。
──タンッ
城壁に沿ってそびえ立つ巨木──白銀の神梛は、石造りの壁と同じ硬度を持つと言われ、二人の人間が勢いよく飛び移った衝撃を、葉一枚すら揺らすことなく、軽い音を響かせただけでびくともせずに受け止めた。
「……さすが、フェリシア様の隠れ蓑ですね。この頑丈さなら、どれだけ暴れても城の兵には気づかれません」
ルカが感心したようにキャスケット帽の隙間から見上げる中、フェリシアは深いフードの奥から、木々の隙間に隠された「秘密の抜け道」へと視線を向けた。
「まさか王女がこんな所を通るなんて、思っても見ないわよね」
──クフフッと笑うフェリシアの姿は、みすぼらしい格好でも、夕暮れの陽を浴びて美しく輝いていた。
「急ぎましょう!いつレナやエドガーが気付くか分からないわ。城さえ出てしまえば、しばらくは見付からないはずだから」
順調に木を飛び移っていく。西側の城壁沿いまで来たところで移動をやめる。
「この高さから飛び降りないといけないのだけど、さすがに7メートルの高さから飛んだら、足が折れてしまうから魔法を使うわ。」
──エア・クッ⋯⋯!!
フェリシアが途中まで詠唱したところで、ルカによってグイッと身体を引き寄せられる。驚いて顔を上げると、口を開く間もなく横抱きにされてしまう。
「──しっかり掴まっていてください!!」
──ちょっと、待って⋯⋯っっ!!と言った甲斐虚しく、ルカはフェリシアを抱いたまま跳んでいた。
──トタンッ
なんとも軽やかな音を残して、ルカは城壁の外側へと降り立った。そして、フェリシアを地面へ降ろすと、得意気な表情で笑う。
「こっちの方が早いですし、魔法発動を感知されないと思いまして!!」
「⋯⋯そうね、ありがとう、ルカ。」
(7メートルから、私を抱いて飛び降りて、なんの影響もないなんて⋯⋯エドガーじゃあるまいし。)
「ここから、どちらへ向かいますか?」
「あ、えっと⋯⋯西よ。西の魔導都市ディルムントへ行くわ」
メティスリア城は、城下町がある南以外の三方向は深い森に囲まれている。昔、魔物の襲撃があったのは北の森だった。陽の光を遮る木々が多い森は、弱い魔物が身を隠しながら生息しやすい。
先を急ぎながら、魔物の位置にも気を付けて進まなければならない。フェリシアとルカは城壁の目の前の鬱蒼と繁った森の中へ、道なき道を太陽が沈む方向へと進み始めた。
「フェリシア様、ディルムントで何か魔道具を購入するのですか?」
ルカはフェリシアの一歩先を、無骨な職人服の変装の中にあった、一本の厚刃の山刀を振っている。
それは昔、『魔石の原石を荒削りする手伝いをした際に愛用していた』という設定の頑丈な鉄の工具だ。
──ザシュッ、ザシュッ!
ルカが鋭く腕を振るたび、行く手を阻んでいた硬い草木が面白いように一瞬で薙ぎ払われていく。フェリシアは深いフードの奥から、その無駄のない鮮やかな刃物の軌道を見つめていた。
(……ただの職人の道具を、あんなに正確に、一振りの迷いもなく扱えるなんて。)
純粋に感心しながら見つめていると──フェリシア様?と、ルカが振り返る。フェリシアは、質問されていたことを思い出し、慌てて答えた。
「⋯⋯逃走するのに役立つ魔道具を揃えようと思っているわ」
「そうですね⋯⋯フェリシア様の場合、見た目を変えられるような物があった方が良いかもしれないです!貴女様は、一目見たら忘れられないほど、とても目立ちますので⋯⋯」
フェリシアは、ルカの言葉に三つ編みにされても腰の位置まである白銀の髪を持ち上げる。
「⋯⋯そうね、この長い髪も目立つし、邪魔になるわよね。ねぇ、ルカ?その山刀で切ってくれない?」
「──それは、いけませんっ!!」
ルカは勢いよくフェリシアを振り返り、強い瞳を向ける。フェリシアは、突然の出来事に目を大きく開き動けずにいた。
「──そ、そんなに美しい髪なのですから、大切になさってください!⋯⋯それに、髪色も長さも含めて変化できる魔道具が開発された、と聞いたこともあるので……それを探してみませんか?」
「──そうなのね。そんな便利な物があるなら、是非手に入れたいわ!」
「では、先へ進みます!」
ルカはニコリと笑うと、また山刀を振って進み始める。フェリシアもその後ろをゆっくりと進んでいった。
白い光が城から抜け出し、そのまま板の上をスルスルと移動して、西の森へ入っていく。その動向と音声をじっと確認していたロイズは、独り言のように呟いた。
「──ディルムントへ向かうのか。そこで、変化できる魔道具を手に入れる⋯⋯丁度良いな」
アンナの部屋では未だにロイズとアンナが、ソファーに腰掛けていた。アンナは日中の葬儀の疲れからか、ソファーの肘掛けにもたれ掛かり、うたた寝をしているようだ。
「アンナ、起きなさい」
「⋯⋯ロイズ様ぁ⋯⋯?」
アンナは眠い目を擦りながら身体を起こす。
「そろそろ、僕たちもガルヴァスへ向かおう」
ロイズはスッとソファーから立ち上がると、扉の外へ声を掛ける。
「シリル、城へ帰る。馬車を用意してくれ。それと、メルドラにディルムントへ向かうよう伝えろ」
「かしこまりました。すぐにご用意しますので、しばしお待ちください」
控えめな声が響いた後、扉の前から足早に立ち去る音がする。
「⋯⋯シリル、また反対へ行ったな。全くアイツは、従順だし戦闘能力は化け物級に高いんだが⋯⋯方向音痴が酷くて本当に困る──はぁ、そんな従者をいつまでも自分の側へ置いている私も、大概だな」
そんなことを呟きながら、ロイズはバルコニーの外へと目を向ける──かなり日が傾いてきていた。
(もうすぐ、夜の闇に城全体が包まれるな。そうなれば、アイツが動き始める)
そしてロイズは、フェリシアがいるであろう西の森の方を見つめながら呟く。
「フェリシア様、くれぐれも捕まらずに逃げ延びてくださいね。準備ができたら、私がお迎えにまいりますので」
ロイズは、不敵な笑みを浮かべ板の上の白い光を愛おしそうに撫でるのであった。




