変装
ジョナサンの葬儀が全て終わり、太陽が傾きかけた頃、弔問に訪れた者達も全員が城を後にした。フェリシアは身支度を整えるため、私室に戻っていた。
「レナ、私がエドガーと一緒に城を出ることは知っているわよね?」
フェリシアの白い肌を滑るようにして喪服が足元へと落ちていく。レナはそれを拾い上げ、次に着用する服を用意しながら、フェリシアからの問いに答える。
「はい。存じております。いつ、ご出発なされるご予定ですか?それまでに、必要な物をご用意しておきます」
「直ぐにでも出発できるように、準備してくれるかしら。荷物があり過ぎても動きにくくなるだけだから、このトランクに入る分だけにまとめてもらえる?」
レナが動きを止める。急すぎる出発を不審に思ったのだろう。いつも決してそんな事はないのに、問い掛けに対して問い掛けが返ってきた。
「エドガー様とは、本日に出発することをご相談なさってあるのですか?」
「⋯⋯えぇ、エドガーから突然言われたのよ。『今夜だ』って。」
レナは嘘を見破るのがとても上手い。しかし、エドガーから「今夜」と言われたのは嘘ではなかった。
レナはわずかに目を細めると、納得したように小さく息を吐いた。
「──分かりました。棺を納めた後、地上に戻る際にエドガー様がフェリシア様へと何かを伝えていたのは、知っておりましたが、出発時刻のことだったのですね」
(とんでもない聴力だわ⋯⋯いや、観察力がずば抜けているのかしら。レナに隠し事は出来ないわね。)
レナとの会話を進めながら、貧しい町娘に見えるような質素な服を身に着けていく。
──姿見の前に立つ彼女は、いつもの高貴な絹のドレスではなく、街のどこにでもいる「貧しい町娘」の姿をしていた。
オリーブグリーンの地味な木綿の服に、泥で汚れた茶色のズボン。白銀の長い髪は無造作に三つ編みにされ、擦り切れたチャコールグレーのウールポンチョの中へと押し込まれている。
深いフードを被れば、傾きかけた夕日を遮り、これから訪れる夜の風に揺れる髪も、その美しい紫水晶の瞳も、完全に闇へと隠蔽された。左手の薬指に嵌まったエドガーとの誓い──『タンザナイトの婚約指輪』だけは外せず、長めの袖の奥へと深く隠す。
──これで準備は整ったわ。今から、お兄様を探し出すための、逃避行が始まるのね。
鏡の中の紫水晶の瞳は強い決意の籠もった目で、こちらを見ている。
「レナ、葬儀中だったからお父様たちに今夜出発することをお伝えできていないの。この格好で城内を歩くのも皆を驚かせてしまうだろうから⋯⋯代わりに伝えて来てくれるかしら?あと、「定期的に手紙を書くから、そんなに心配なさらないでください」と伝えて来てくれるかしら?」
「かしこまりました。フェリシア様、エドガー様がご到着されるまでお部屋でお待ちになりますか?」
レナが準備したトランクカバンを扉の側へ置きながら聞く。
「⋯⋯そうね、ここで待つわ。夜になれば、彼はここへ来てくれるはずだから」
──承知いたしました。それでは、行ってまいります。
レナは礼をして静かに扉から出ていった。
鋭い侍女が完全に去ったことを気配で察し、少しの間を空けてフェリシアは扉の外に向けて声を掛ける。
「⋯⋯ルカ?そこにいるわよね?ちょっとお願いがあるのだけれど、部屋に入ってくれるかしら?」
「失礼します!フェリシア様、いかがいたしましたか?」
フェリシアの声に素早く反応して、室内へ入ってきたのは、相変わらず緊張気味のルカだった。
「⋯⋯私と一緒に、城を出てほしいの。私の護衛として」
「⋯⋯え?ですが⋯⋯」
フェリシアは、ルカの手を取りギュウッと握った。そして、紫水晶の瞳をルカの顔に寄せて懇願する。
「⋯⋯お願い!今は悠長に説明をしている時間はないの!後で落ち着いたら必ず説明するから!!」
間近に迫ったフェリシアの美貌に目眩を感じたが、ルカはすぐに腹を括ったようだった。
「⋯⋯フェリシア様を御守りしたいと思い、衛兵に志願いたしました!私に貴女を守る栄誉をくださり、誠に光栄でございます!!」
フェリシアはホッとした表情を浮かべる。そして、ベッドの下に隠していた、変装セットをルカへと手渡した。
「急いでこれに着替えて。私は後ろを向いているから」
背後から鎧を外す音や、布が擦れる音が聞こえる中フェリシアは、兄の行方を示す真っ赤に燃え盛る矢印を掌に写し出していた。
——今は、西にいるのね。昨日とは違う場所にいるのかしら⋯⋯方向が分かるだけで、距離が分からないのがもどかしいわ。
魔法の効果が切れ矢印がスッと消えると同時に、背後から声が掛かる。
「フェリシア様、終わりました。これでよろしいでしょうか?」
フェリシアの前に立つルカは、煤けたネイビーの作業着に、幾度も裏当てされた泥色のズボン。その頭にはヘンプのキャスケット帽を深く被り、隣国特有の黒髪に中性的な面影を持つその顔立ちを、絶妙に覆い隠している。
背中には兵士の剣ではなく、剣に布を巻きつけた無骨な工具袋を背負い、街のどこにでもいる「職人の見習い少年」に成りすましていた。
「私は職人見習いですね!!昔、魔晶石の加工を手伝ったことがあるので、懐かしいです!」
地味な町娘姿となったフェリシアと、無骨な職人姿のルカ。二人の完璧な『偽装』が完成した。
「⋯⋯では、ルカ。これから、何があるか分からないけど、よろしくね」
「こちらこそです!この命に代えてもフェリシア様をお守リいたします!」
「まずは、城を脱出するわ。小さい頃、よくダンスや勉強から逃げていた時の秘密の抜け道があるのよ」
フェリシアはイタズラっぽく微笑み、トランクを持ち上げた。そして、トランクの持ち手に付いているボタンを押すと、一瞬で手のひらサイズになる。
──グイッ
木綿のズボンのポケットへ押し込んだところで、ふと懐中時計のことを思い出す。
(変な仕掛けはなさそうだし、正確な時間が分かるのは助かるから持っていきましょう!)
先ほど脱いだ黒衣のドレスから懐中時計を取り出すと、トランクとは反対側のポケットへしまう。
「さぁ、行くわよ!ルカ!」
貧しい町民に変装した二人は、フェリシアの先導でバルコニーからヒラリと外へ飛び出していくのであった。




