9.連続殺人事件の中心地
連続殺人の現場検証で外出続きだったが、王城にある自室はやはり落ち着く。マホガニーの書斎机と椅子は着任時に自宅から持ち込んだこだわりの逸品だ。照りのある赤褐色は可愛い妹の瞳を濃縮したようで、いつまでも眺めていられる。
カーテンを閉め切り、私は机に向かって地図を広げた。
地図とメモを見比べながら事件について頭を悩ませる。
被害者数は六名。一名を除き、全員が娼婦だ。その一名もまた娼婦に間違われて殺害された可能性が高い。
いずれも事件発生は深夜で、腹を剣で突き刺されている。
王都にある娼婦街という共通点はあるものの、殺害現場はバラバラだ。
犯人検挙の為に騎士を配置したいが、王都には公娼・私娼合わせて娼館が約五百あり、メインエリアのほか小さな娼婦街が点在している場所も多く、警備が広範囲に及び過ぎる。
その上、娼婦街に人員を割くなという意見もあり、世論との兼ね合いが難しい。
地図上で事件現場を線で繋いでみたが、意味のない形になった。様々な角度、方向から確認しても結果は同じだ。
また、殺害日に関しても共通項は見いだせなかった。
食い入るように地図を眺めていると、ふと現場を結び合わせた中心付近に∞のマークがあることに気づき、ペンを持つ手が止まる。
国教である聖イニフィス教のマークだ。
そこで私は初めて、それぞれの殺害現場の中心に犯人がいる可能性に思い至った。
マークに見入っていると、ノックの音が聞こえて顔を上げる。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは、同じ王室秘書官のイクルだ。彼は私の机の前に立ち、手元にある分厚い本のようなメモを見ながら言う。
「ドット様。ご報告、一件よろしいでしょうか」
「ああ」
「連続殺人鬼の被害者の遺体から、聖イニフィス教会のマークのネックレスが発見されました」
「何!」
「こちらです。刺したあと、腹部に無理やり捻じ込んだようです」
被害者の顔が苦痛に歪んでいたのは、そのせいか。
私はイクルからネックレスを受け取った。洗浄されているが∞マークが一部、赤黒い血で染まっている。
「サンドラ以外の他の被害者からも同様にネックレスが埋め込まれていました。腹部の奥深くだったため見逃がしていたようです」
「となると、サンドラの遺体にもネックレスが埋まっているだろうな」
「はい。確認はできませんが、恐らくは」
他の被害者とは違い、サンドラは貴族だ。教会で弔うと聞かないので早々に両親に遺体を引き渡している。あの様子では確認の許可は取れないだろう。
「これを見ろ」
私はイクスに事件現場を記した地図を見せた。
「これは?」
事件現場の中心付近にある聖イニフィス教会に、彼も同様のことを思ったようだった。
――聖イニフィス教会と連続殺人事件には何らかの関りがある。
「聖イニフィス教会のホワイト司祭は以前、議会で娼婦街の根絶を訴えたことがあった。その口調も普段とは違い、随分と厳しいものだったと記憶している。それに司祭であれば各地を訪問する」
「当たってみる価値はありそうですね」
「ああ。後の事務処理は頼んだ」
「えっ」
イクルが間抜けな顔をした。
私の机の上には書類の束が置かれている。
イクルの恨みがましい目をすり抜けて、私は地図だけ持って部屋を出た。
教会の門の前で馬車から降りた。
相変わらず壮大な教会を見上げる。
帯同していた騎士二名が、馬を杭に繋ぎ私の元へ駆け寄ってくる。副団長のオルセンと、トニーだ。
オルセンはマントを翻しながら、子どもが震えあがりそうな鋭い目つきで教会の入り口を睨んでいる。
トニーが門の側で手で庇を作るようにして遠くに目をやった拍子に、揺れていたチェーンのピアスが銀髪に隠れた。
「あれ、グリーン団長?」
トニーにつられて視線を送ると、教会の横にある白い外灯にグリーンが手を触れていた。三メートルの外灯も、長身のグリーンなら手を伸ばせば上まで届きそうだ。
休日にも教会を訪れるとは彼の信仰心は本物だなと感心する。
白いシャツの上で∞のマークが光っていた。
「グリーン団長!」
トニーが大声で叫ぶと、グリーンは慌てて手を引っ込めて外灯に凭れるように振り返った。近づく我々を確認し、目を見開く。
「お前たち。ドット卿まで、どうかされましたか?」
「司祭の話を聞きたくてな」
「司祭様の? なぜです」
不快そうに目を細め、グリーンが腰に手を当てた。
このメンバーが揃っているということは、連続殺人事件に関係していると彼も検討がついているはずだ。
オルセンが鋭い目をさらに細めた。
「それより、グリーン団長はお母上の墓参りで休暇を取られたのでは?」
「ああ。昨日行って、今朝戻った。明日には復帰する。それよりこれは」
「気にするな。休暇中だろう。ゆっくり休め」
私は説明する時間も惜しいとばかりにグリーンの横を通り過ぎた。グリーンもそれ以上は追求してこなかった。
早馬で伝令を送っていた為、教会に入るとすぐ司祭のホワイトが出迎えてくれた。案内された部屋は信者の相談を受ける部屋で、私も何度か入ったことがある。
ローテーブルを挟み、ホワイトと向かい合って座った。分厚いカーテンが閉め切られ、重苦しい。
騎士二名はソファの後ろに控えている。
「急な訪問をお許しください」
「いえいえ。お気になさらず。事件のことは私も気になっていましたので」
「早速ですが、被害者の傷跡からこちらの教会のネックレスが発見されました」
「……何ですって」
私がチェーン部分を持って血の付着したネックレスを垂らすと、ホワイトが固まった。
「こちらのネックレスの販売記録はありますか?」
「ありますが、分かるのは販売数だけです」
「複数購入者に心当たりは?」
「原則として当日買えるのは一点だけです。日をずらして購入していれば、こちらでは気づきようがない」
「念の為、販売記録のご提出をお願いします」
ホワイトは一瞬、不快そうに目を細めたが、「お待ちください」と廊下出た。信者に持ってくるよう伝える声が聞こえる。
戻ったホワイトに、私はすぐ声を掛ける。
「ではこちらをご覧ください」
地図を出し、事件現場と教会の位置をホワイトに示す。彼は表情を変えず、眼鏡越しに地図を見下ろした。
その様子を観察しながら説明する。
「離れた場所で起きる連続犯罪は、その中心地に犯人がいる事が多い。この教会は事件現場のほぼ中心に位置しています。失礼を承知で何かお心当たりがあればと思いまして」
「はて。心当たりと言われましても」
「今回の事件、司祭様はどのようにお感じですか?」
「六名も犠牲者が出ていると新聞で見ました。私どもも大変心を痛めております」
「しかし被害者は全員、娼婦ですよ?」
私の言わんとしたことを察したかのように、「ああ」と司祭が頷いた。
「確かに私は売春の禁止を訴えています。神の教えに背いている。国がなぜ罰を与えないのか理解できません。しかし、同時に例え過ちを犯した者でも救われるべきであると考えています。ましてや殺人など、神が赦しません」
表情、声音、態度、どれも嘘を吐いているようには見えない。淡々と落ち着き払っている。
「しかし司祭様はそうでも、他の信者はどうでしょう? あなたの考えを知っている者ならば、娼婦に対して負の感情を持っていてもおかしくない。実際、被害者の遺体からネックレスが発見されています」
「信者が犯人だと?」
「可能性の話です。最近、変わったことはありませんか? おや、その顔は何か心当たりでも」
ホワイトが視線を横に流したまま立ち上がった。警戒しながら目で追うと、彼は書棚の引き出しを開け、何かを手にし戻ってきた。大きな体が邪魔で、こちらからはそれが何か見えない。
「これを」
差し出されたのは手紙だ。全部で五通ある。
私はそれを一通ずつ開いて、確認した。
『悪しき教会』『神による血の制裁を』『罪をつぐなえ』『裁きの時が来た』『神の怒りを知れ』
手紙には血文字のような文字でそう書かれている。習いたての子どもが書いたようにバラバラに歪んだ字だ。
一筆書きではなく何度も書き足して一文字を完成させている。
この赤黒さは本物の血か? 被害者のものでなければいいが。
遺体のそばで手紙を綴る犯人の姿が脳裏をよぎり、私は手紙を折り畳んだ。
「一年ほど前から届いています。性質の悪いいたずらだと放置していましたが、もしかすると……。日付は違いますが、事件が始まったのとほぼ同時期から届いていますし」
教会を悪く思う人間は少なからずいる。
別宗派、教会の権威への反発、教義への疑問など、その理由は様々だ。
もし同一犯だとしても、容疑者を絞るのは難しい。
それに手紙と事件は無関係で、教会関係者が連続殺人鬼の可能性も十分にある。
「預かっても?」
「ええ。できれば犯人を捕まえていただければ助かります。最近の落書きも同一犯かもしれませんし」
「落書き?」
「ええ。よく外灯や門にされるのですよ。赤字でね」
「罰当たりな」
私は立ち上がりながら、呆れた声を出した。
かくいう私も教会へは仕事で行くくらいなので、不信心さでは負けていないが。
「失礼します」
ノックの音がして、二十代の男性が顔を出した。手には書類の束を抱えている。販売記録だろう。
「こちらを」
「どうも」と、手渡してきた男に目を向ける。一筆書きで掛けそうにシンプルな顔立ちだ。右手の甲には大きな黒子があった。
信者が持って来た販売記録を鞄に仕舞う私を、ホワイトが鋭い視線で見上げた。
「最後に一言よろしいですか?」
「何でしょう」
「信者が犯人だとしたら、神聖なネックレスを血で汚す真似は絶対にしないでしょう」
「一理ありますね。考慮に入れます」
ホワイトは座ったまま目だけで私たちを見送った。眼鏡のせいで目の奥までは確認できなかった。
教会を出ると、分厚い雲が空を覆っている。
「ドット卿、あちらを」
オルセンが目で白い外灯を示した。中央付近に赤字で「呪」とある。焦って書いたのか手紙よりも雑な字だ。それにこちらは血文字ではなく、絵の具を使っている。
ここはグリーンが立っていた場所だ。
彼の姿は消えていた。
トニーが指を差して叫んだ。
「手紙と同じ字体ですよ! え、グリーン団長はどうして黙ってたんだろ」
「事件とは無関係の、ただの落書きだと思ったからでしょう」
オルセンが冷静に流す。
納得がいかないトニーがわざとらしく、口を尖らせた。
「そうっすかね? 隠しているように見えましたけど」
「ドット卿のお目汚しを避けたのですよ。少し黙りなさい」
「えー、怪しかったけどなぁ」
オルセンが鋭い目で制すると、トニーは何か言いたげに黙り込んだ。
二人のやり取りを横目に、私は絵の具に触る。乾いていて手袋にはつかなかった。
確かに彼はこの落書きを隠していた。
それだけではなく、直前に手でこの辺りを触っていた。
隠していたのは教会の体面を保つためか、犯人を庇っているか、もしくは――。
この日の夜、激しく降り出した雨に隠れて、新たに娼婦が殺害された。




