10.犯人の正体
すでに座っていた騎士団長グリーンの向かいに、私は静かに腰かけた。蝋燭の明かりが長身のグリーンを下から照らしている。
グリーンの表情から焦りの色は見えない。
相変わらず胸元では教会のシンボルである∞のネックレスが揺れている。
教会への脅迫紛いの手紙と、外灯の落書きの件でグリーンを尋問室に呼び寄せた。
副団長のオルセンとトニーが入り口付近で尋問を見守る。
王城の地下にある尋問室は窓もなく、ただでも窮屈なのに、騎士たちに挟まれると圧迫感が増して息苦しかった。
私が質問する前に、後ろに控えていたトニーが声を上げた。
「まさか団長が連続殺人鬼なんてことないですよね?」
「トニー。質問はドット卿がします」
オルセンがトニーを注意しながら、ギロリと目で黙らせる。
トニーは憮然として口を閉じた。無造作の銀髪が横に広がり跳ねている。
グリーンは二人を無視し、目で私に質問を促した。
私は胸元から出した手紙をテーブルに広げて見せた。
赤黒い血文字に、グリーンが眉を顰める。
「この脅迫状に見覚えは?」
「もちろんあります。ホワイト司祭から相談を受けていましたから」
「差出人に心当たりは?」
「あったら捕まえています。期間が空くので捕まえようがなくて」
グリーンはお手上げというように両手のひらを横に広げた。
私はその様子を観察しながら、問を重ねる。
「教会の外灯にあった落書きの件、なぜ報告しなかった?」
「三人が出てくる前に消すよう伝えたのですがね。落書き程度でドット卿のお手を煩わせるなんてできませんから」
グリーンはやれやれという風に溜息を漏らしながら、首を小さく振る。
消去を命じてすぐに帰ったのだろう。我々が落書きを目にしているとは思っていなかったようだ。
「君はあの時、外灯に手を伸ばして何かをしていた。君が描いたのでは?」
「まさか。違いますよ。信徒の俺がそんなことをするはずがない」
「理想が高い者ほど現実に落胆するのはよくあることだ」
私が挑発するように言うと、グリーンは苦笑し右手を胸の前で水平にした。
「あり得ません。あの落書きは朝からあったものです。私は墓参りで帰省していたので犯行は無理ですよ。調べてもらって構いません」
「では何を?」
「落書きの高さを測っていたのです」
「高さ?」
「ええ。落書きは私の手の位置からかなり下にありました。恐らく犯人の身長は百七十~百七十五cmほどでしょう」
グリーンはまだ笑っている。まさか落書き犯に間違われるとは思ってもいなかったのだろう。
なるほど、高さか。確かに触った時、私も手を斜め下に向けた。落書き犯の身長が百七十~百七十五cmという彼の推理は合っているだろう。
グリーンが上半身を前のめりにして、私と目を合わせた。組み合わせた両手の上に顎を載せ、一転して真剣な顔つきだ。
「私にその質問をするということは、やはり信者が犯人だとお考えで?」
「お前はどう思う?」
「私は手紙も落書きも、連続殺人鬼の仕業だと考えています。いずれからも教会への深い恨みを感じる。信心の証であるネックレスを娼婦の遺体の腹に入れるなど、信者であればできるはずがない」
「ホワイト司祭は娼婦であっても救われるべきだと述べていた。あのネックレスはそんな娼婦に向けた死後の救済だと捉えることはできないか?」
グリーンは少し間を空けて、ゆるっと首を振った。
「あり得ません。そうであるなら両手に握らせたでしょう」
「では娼婦の象徴である腹にネックレスを入れることで、汚れた娼婦を浄化したという考えは?」
「それもないです。そもそも信者なら大切なネックレスを血に染めてまで娼婦を浄化してやる理由がないですから」
ホワイト司祭は娼婦は神の教えに背くと言っていた。信者も同様の考えなのだろう。
娼婦は罰せられるべきという思想は連続殺人の動機になり得る。
しかし、グリーンの言う通り信者ならネックレスを遺体の腹に入れることはしないだろう。
犯人は教会に対して強い怒りを持つ人物だ。そうなると教会に送られた手紙と落書きも、殺人鬼の仕業である可能性が高い。
「わかった。もういい」
「次は別の信者でも疑いますか?」
「いや。どうやら教会関係者ではなさそうだ」
私が手で終了の合図を出すと、グリーンは安心したように天井を見上げた。
トニーがいち早くグリーンに駆け寄る。
「信じてましたよ、グリーン団長!」
「嘘つけ」
「トニーは真っ先に疑っていましたよ」
言いながらもオルセンの表情がいつもより優しく感じた。じゃれ合う三人を置いて、私は先に自室へと向かう。
途中、廊下で部下のイクルに会った。隣部屋なので、そのまま連れ立って歩く。
「先日の娼婦の遺体は連続殺人鬼とは別の事件だったらしいな」
「はい。模倣犯と思われます。被害者は腹ではなく背中を刺され、うつ伏せで死亡。体内にネックレスもなしです。気の毒に……雨の中、逃げようとしたのでしょう。ドレスの後ろまで泥が跳ねて、血で染まった水たまりに顔が半分埋まっていました」
「そうか」
私はイクスの報告を軽く聞き流そうとしたが、何かが脳に引っ掛かった。唐突な違和感に視線が泳ぐ。
何だ?
彼の言葉を二度、脳内で繰り返し、ようやく違和感の正体に気づいた。
「そうか!」
「え、ドット様?」
廊下の先に自室が見えた瞬間、私は走り出していた。イクスの私を呼ぶ声が遠くなる。
書斎机いっぱいに連続殺人事件の資料と地図を広げ、立ったままそれらに目を通す。
ドアから顔だけ出して私を凝視するイクスの姿を意識の外に追いやれる程、私は集中していた。
――被害者は全員、腹を刺されて死亡。
――争った形跡はなし。
――すれ違うのもやっとの路地裏。
――遺体は道の中間地点で発見。
どうして気づかなかったんだ。
つまり被害者はいずれも真正面から刺されたということ。それも出会い頭ではない。
逃げようとしていないのだ。
おかしい。
これだけ連続殺人事件が起きていて、ターゲットである娼婦たちが警戒しないはずがない。
どういうことだ?
私は被害者になった気持ちで、脳内で殺害現場に立ってみた。
暗い路地を恐々と一人歩く。
そのうちに誰かと会い、警戒を解いた。
顔見知りの犯行か?
いや、王都は端からは端まで八十キロある。別々の娼館で働く被害者全員と顔見知りなどあり得ない。念の為、業者をリストアップしたが、全ての娼館に出入りしている者はいなかった。
同じ娼婦ならどうだ?
不安の中、娼婦同士が恐怖を紛らわせるために帰路をともにする。あり得なくもない。オルセンは女性には難しいと言っていたが、力の強い女もいる。
しかし、問題は騎士が巡回していたということ。娼婦は明るい服を着る。返り血に気づかれないのはおかしい。
剣を引き抜く際に何かで覆ったとしても、手ぶらの彼女たちがそれを隠すことはできないし、近辺からも血の付いた布などは見つかっていない。
では司祭はどうだ?
彼はかなり有名人だが、信仰心のなさそうな娼婦たちが全員彼を知っていたとは考えにくい。服も黒装束で暗闇で会えば悲鳴を上げてもおかしくない。
そもそも見張りの騎士が誰も見ていないと証言している。
これは一体、どういうことだ。
物騒な事件が続いたせいで、建物にはどこも鍵が掛かっている。中に逃げ込むことはできない。
屋根の上を黒いマントを着て歩いたとしても、物音で気づかれるだろう。
私は何気なく地図に描き込んだメモを見返し、目を瞠った。
……いや、違う! 誰も見ていない訳じゃない。
彼らはこう言ったのだ。
「『不審者は』誰も見ていない」
ああ、と私は頭の後ろで腕を組み、天を仰いだ。
そういうことか。
「イクス!」
「はいぃぃ」
突如、名を呼ばれたイクスが体を震わせた。珍しい反応だ。彼の目には私の行動は狂気じみて映ったのかもしれない。
しかし、私はそんなことに構う余裕はなかった。
「犯人は――騎士だ」
ようやく終止符を打てそうなのに、私はどこまでも気が重かった。




