8.連続殺人事件
連続殺人事件の新たな被害者が発見されたとの一報を受け、私は騎士三人とともに現場まで馬を走らせた。これで五人目だ。
表通りには野次馬が群がり、路地の入口を塞いでいる。
彼らの整理を騎士に任せ、私は野次馬を押しのけて路地の奥へと進んだ。途端に光が遮られる細い道だ。
「なぜ私がこんなことを」
不満が口から溢れ出す。
連続殺人犯を捕まえられない無力な国に対し、連日のように抗議運動が起こっている。
毀損された王室の威信を取り戻すべく、犯人検挙に駆り出されたのが王室秘書である私だった。
本来ならば王城で議会の書類を纏めている頃なのに、連続殺人鬼のせいで予定が狂いっぱなしだ。溜まった仕事を勝手に脳が数えだし、うんざりした。
頬を冷たい風が横切った。全身に風圧を感じる。雨が降り出しそうな風の吹き方だった。
「ドット卿。お待たせしました」
野次馬の整理を終えた団長のグリーンがそう言いながら、私の隣に立った。
整えた口髭がワイルドで、私よりさらに背が高く百九十センチはありそうだ。
彼の白い騎士服の胸元では「∞」マークのネックレスが揺れている。グリーンはこのマークをシンボルとする聖イニフィス教会の熱心な信者だという。
グリーンが遺体の側で屈みこんだ。目を見開いた被害者の瞼を、大きな手のひらで閉じる。∞マークのネックレスを握りしめ、神に祈りを捧げた。
私もその向かいで膝をついた。
被害者は口を大きく開き、苦痛に顔が歪んでいる。派手な服装からして娼婦に違いない。
腹部には複数回刺された跡があり、ドレスと地面が血で塗れていた。
遺体には腹部の刺し傷の他に、目立った外傷はない。
他の被害者同様、衣服に手をつけられた形跡もなく、薬指にある大ぶりの指輪もそのままだ。
飛び散った血痕以外には、手がかりらしきものもない。
私は立ち上がり、辺りを見回した。
現場はすれ違うのもやっとの細い裏路地で、被害者は道の中間地点で横向きに倒れていた。
上空では紐に掛けられた洗濯物が揺れている。
そこへ聞き取りを終えた副団長のオルセンが姿を見せた。射抜くような目つきはいつものことで、睨んでいるわけではないらしい。
他の騎士たちが冬場や式典の際のみに使うマントを、オルセンは普段から着用している。真面目で融通の利かないタイプだ。
彼はメモを見ながら私に報告した。
「見張り塔の騎士二名の話では『事件の夜、塔の上から明け方まで見張っていたが不審者は見なかった』とのこと」
「犯人は逃げる際、明るい表通りに出はずだ。高い見張り塔から見られずに移動などできないだろう」
「ですが、街を見回りしていた騎士たちも同様に不審者は見なかったと証言しています」
現場の路地の両側は表通りに繋がっており、そちらは夜でも外灯が点いていて人通りもそれなりにある。おまけに騎士の巡回付きだ。
そんな中を犯人はどうやって移動したというのか。
「彼らが言うには、娼婦以外で見たのは彼女たちと歩く客くらいだったと。一人で歩く不審者は見なかったそうです」
「犯人が娼婦の可能性は?」
「被害者は腹部から背まで貫かれていました。女性には難しいかと」
「では犯人は消えたとでも?」
「 ぼーっとして見逃したんでしょう」
いつの間にか聞き取りを終えたトニーが後ろから口を挟んだ。
両手を頭の後ろで組んだ拍子に、銀髪の隙間からチェーンのピアスが覗く。
「黙っていろ」
グリーンに二十センチ上から睨まれ、トニーは叱られた子どものように大袈裟に口を閉じ合わせて横を向いた。
黙っていれば美青年なのに、お調子者の若手のホープは口を開かずにはいられないらしい。
副団長のオルセンがトニーを自分のマントの後ろに隠した。
私の視界からすっかりトニーが消える。
グリーンが気を取り直していう。
「部下が失礼しました。他に隠れ場所や逃げ道がないか確認します」
「目撃証言もないとなると、警備の数を増やすか」
「王都には複数の娼婦街があり、現場もバラバラで距離があります。これ以上の人員は割けません。それに四件目の事件は娼婦街の近くではありますが、一キロほど離れています」
「サンドラの事件か」
被害者の内、唯一の貴族だ。彼女の件があり、それまで我関せずだった貴族たちも国に早期解決を求め始めた。
サンドラがいなければ国が我々王国秘書官に事件解決を命じることはなかっただろう。
「ここから近かったな。そちらの現場も確認しておきたい」
四件目に発生したサンドラの事件現場は、五件目の現場から南西に約五キロ離れた場所にあり、騎乗して二十分で着けた。
こちらも人通りの少ない細道だ。しかし夜は大通りからの光で道の先が仄かに照らされる。その大通りにある宝石店から、一つ向こうの表通りにある馬車へと向かっていた矢先に事件は起こった。
迂回路を避けて斜めに直進できるこの裏通りを選んだのが運のツキだったな。まさか娼婦に間違われて殺されるなんて、彼女も思っていなかったに違いない。
娼婦に間違えられた原因は首元のチョーカーだ。
半年前から娼婦の間で黒のチョーカーが流行しており、他の二名の被害者も黒のチョーカーを着用していた。
実際のところサンドラが着用していたチョーカーは深緑色だったが、暗がりでは黒に見えたはずだ。
私は屈みこみ、被害者が倒れていた場所を観察した。
道路や壁に黒い血の跡が飛び散っている。壁に不自然についた縦長の血痕は、犯人が剣を振った時についたものか。
サンドラも他の被害者同様に腹を刺され、うずくまるように息絶えているところを被害者の御者が発見した。
サンドラはいつも一人であの宝石店に行っており、長く吟味することも珍しくなかったと店の者も証言している。
身につけた宝飾品はそのままで、衣服に乱れもなし。殺害そのものが目的と思われた。
王都で発生した娼婦ばかり襲われる連続殺人事件は、巷では迷宮入りも囁かれ始めている。何か手立てが必要だ。
王都は端から端まで直線距離で八十キロ以上あり、馬車だと二日~三日かかる。そうなると犯人像としては、転々としている商人、旅芸人、郵便配達員辺りか。
しかし、見張りや騎士たちが誰の姿も見なかったというのはどういうことだ?
犯人は殺害後に現場から忽然と消えた?
いや、ありえない。何か方法があるはずだ。
私は地図上の見張り塔の位置に〇をつけ、証言を書き取ってペンを仕舞った。
やるべきことが多すぎて、ため息を吐く暇もない。
戻ったら事件発生現場と王都にある各娼婦街の場所を確認し、必要な騎士の人数の割り出しをする。足りない場合は各領地から数名手配してもらおう。
ああ、それから陛下への報告書を作成して、会議の議事録を纏めて、隣国の外交官へ手紙を書かないと、それから……。
私はフリーズしそうになる頭を振り、空を見上げた。黒い雲が煽られるように流されていく。
ついでに国中に立ち込めた暗雲も吹き飛ばしてくれればいいが。




