4.投資の失敗
晩餐の時間となり俺がダイニングで両親を待っていると、乱暴に扉が開いた。父がメイドを押しのけ、肩を怒らせながら早足でこちらに向かってくる。その後ろに母の派手なドレスが見えた。
父は眉を吊り上げて、バァンとテーブルを叩いた。
「お前! サニー銀行に多額の投資をしたそうじゃないか」
「ええ。それが何か」
俺は飲んでいた水の入ったグラスを置いた。
サニー銀行はリオンに紹介された投資先だ。国内でもトップクラスの銀行で、巨額の船舶融資をするというので投資したのだ。
両親にも相談すべきだったが「今日中の早い者勝ちだ」というリオンの言葉に我慢ができずに申し込んだ。
「あの銀行は倒産する」
「……え」と、呆けた声が出た。
「複数の融資先が倒産して資金の回収ができない」
「そんな……。保証会社があるでしょう? いきなり倒産なんて」
「保証会社? 何の話だ」
父が苛立ったように、眉を吊り上げた。
そうか。保証会社など、この世界にはないのか。親友だというリオンを信用しきっていた。
騙された!
リオンの整った顔を思い出し、怒りが体中から噴き出してくる。握りしめた拳が白くなっていた。
「この馬鹿が!」
父に頬を殴られ、俺は床に背を打ち付けた。
口元を手で拭い上半身を起こすと、殺気立った父が俺に人差し指を向けながら唾を飛ばした。
「無能のくせに余計なことをするな!」
母は青ざめた頬に手を当て、首を振っている。
「やっぱり、あなたライトじゃないのね。ライトはもっと優秀で完璧だったわ。きっと悪魔の仕業よ。ねえ、あなた。この子を教会に連れて行きましょうよ」
「落ち着け! そんなことをしたら家の評判に関わる」
「だけど悪魔祓いをしないと。そうすればきっと元の優秀なライトに戻るわ」
母が父の腕を取り必死に訴えるが、「黙れ」と一喝され大人しくなった。テーブルに手をつき、ライトの名を呼び続けている。
「お前のせいで家は滅茶苦茶だ」
「申し訳ありません」
罵られても仕方がない。俺が投資した金額は、前の世界で言えば億単位だった。他の三人が嬉々としてサインしていたので、疑うこともしなかった。
「俺だけじゃなく、ニールたちもサインしていたので、信頼できる話かと」
「ニールとは、ナルバス伯爵の息子か。彼ならこの投資話には乗っていない」
「は……そんな馬鹿な」
「グルになって嵌められたんだろう。他者を信用するなと、あれほど言っただろうが」
俺は完全に脱力し、老人のように背を曲げた。失態の大きさに震えそうだった。
グルだった? 皆して俺を騙したのか。
ああ。この世界でも、また俺は凋落した。きっと世間にも今回の失敗は知れ渡るだろう。
中学時代、負け犬になった俺をチームメイトが陰で笑っていたことを知っている。またあの視線に耐えないといけない。
父の見下した声が届いた。
「ライト。お前は今度、精神棟の視察に行け。話は通してある」
「…………」
「返事は?」
「……はい」
「よろしい。所詮、俺の駒に過ぎないのだから言われたことだけしていろ。行動を改めないとお前も精神棟にぶち込むぞ」
それだけ言うと父と母は席についた。母はぶつぶつと何かを呟いている。父はそんな母を無視してワインを一気飲みした。
俺は動けず、へたり込んだまま項垂れるだけだった。
翌日、俺はすぐにニールの屋敷に向かった。ライトの屋敷よりも小ぶりで、部屋にある絵画や調度品もシンプルだ。
「何か用か?」
応接室に入るなり、ニールが尊大な態度で足を組んだ。葉巻を取り出して吸い出す。
俺を見ようともしない。
明らかに昨日と態度が違う。
「サニー銀行の投資の件だが」
「ああ。あれな」
ニールが声を上げて笑い始めた。ソファの背に手を載せて、天井を見上げている。
「何がおかしい」
「まさか、お前があんな手に引っ掛かると思わなかったよ」
「じゃあ、やっぱり」
「ああ。俺たちは全員サクラだ。っていうか、そもそも話を持ち掛けたのは俺だけどな」
「なんだと」
俺が鼻に皺を作ると、ニールが映画の悪役のように顔を歪めて口の端を上げた。
「嘘の投資話を持ち掛けて、乗るか試したんだ。リオンに協力してもらってな。怒るなよ。ほんのジョークのつもりだったのさ」
「お前っ」
「まさかお前があんなに無能だと思わなかったよ。数字も適当だし、皆サインするお前を呆気に取られて見ていた。聡明だなんだと持ち上げられていたが、化けの皮が剥がれたな」
ざまあみろと言わんばかりの顔だ。人を騙しておいて悪気の欠片も感じない。
俺は膝の上で拳を作った。
今すぐ殴ってやりたいが、まずは資金を取り返さないと。
「金を返せ」
「無理だ。投資話は嘘だが、書類は本物だ。そもそもサインしたのはお前だろ」
「お前が騙したんだろうが!」
「貴族の間ではよくあることさ。騙された方が百パーセント悪い。お前のミスだろうが。俺のせいにすんな」
言い返せない悔しさに唇を噛んだ。雰囲気にのまれたのは俺だ。
「か・え・れ」
ニールが笑いながら、フゥーッと葉巻の煙を俺の顔に吹きかけた。




