26.密会
タイミングが良いのか悪いのか、私はライト・ウィリアムに手紙で呼び出された。余程急いでいたのか、場所と時間だけの簡素な手紙だった。用件はその時に、と付け加えられている。
トニーを殺人犯に仕立て上げサンドラを殺したのは彼だ、と私は見ている。しかし証拠がない上に、権力があるので逮捕はできない。
彼の元に嫁いだパールに屋敷に戻るよう伝えても、「嫌」の一点張りで埒が明かない。
理由を伝えられないので仕方がないが、気がおかしくなりそうだ。
ただでもパールは妊婦だ。少しの不安で体調を崩すこともあり得る。
こんな状況で私を呼び出すとは、いい度胸じゃないか。
私は殺気を隠しながら、バーのカウンターの前を横切った。
向かう先は彼が指定した密会用のVIPルームだ。バーと宝石店の間にある密会用の部屋で、私はバーから、彼は宝石店から入室してくる予定だ。
気が急いて早く着きすぎた。革張りのソファに座って、足を組む。
バーのドアが開いてマントを来た女性が入って来たので、面食らって彼女の一挙手一投足を目で追う。
パール以外の女性を連れてくるとは、どうやら彼は私に殺されたいと見える。
彼女がマントのフードを脱いだ。ライトのビジネスパートナーであるフローラだとオレンジの髪色で分かる。
「あら、ドット様?」
私を見て不思議そうな顔をした。彼女も事情を聞かされていないようだ。
そこへ、宝石店のドアが開く。ライト・ウィリアムその人だった。
「お待たせしました」
近づいてくる彼の顔色が悪い。普段の社交的な雰囲気とは違い、固い表情で重苦しい空気を纏っている。
丸テーブルを囲むようにそれぞれ座る。シャンデリアの明かりが私たちを上から照らした。
「どういうメンバー?」
フローラが訝し気に私とライトを見比べた。
私と彼女はほぼ接点がない。
もしパールを捨てて彼女を選ぶなどと私に打ち明けてきたら、この場で彼の首を切り落としてしまうかもしれない。
「これを」
彼は手紙を胸ポケットから取り出し、テーブルの上に置いた。全部で三枚ある。
「これは?」
「リオンがライトに宛てた手紙です。読んでください」
ライトに? 自分のことをまるで他人のように語る。
彼は、俯いて顔に暗い影を落としている。先程からずっと様子がおかしい。
説明する気はなさそうなので、私は手紙を一枚手にした。
読んですぐに二人の親密さが嫌でも伝わる手紙だった。
私はぐしゃりと手紙を潰し、腰の短剣を握った。まだ柄に仕舞ったままだが、返答次第では引き抜く覚悟がある。
「どういうつもりだ?」
「俺はもうすぐ消えるかもしれません」
「は?」
「俺はこの世界の住人じゃないんです。俺はライトじゃなく葵と言います」
葵は異世界から来たことから始まり、経験したこと全てを淡々と私たちに伝えた。
そういうことか、と私は剣から手を離した。そうでなければ、この手紙を私たちに見せる意味が分からない。
「知っていたわ」とフローラが頷いた。
「知っていたって」
「だって以前のあなたとは明らかに別人だもの。気が触れたにしては会話がスムーズだし」
「……異常者だと思わないのか?」
「思わないわ。私が好きになったのは今のあなたなのよ。覚えていない? 平民の女性を助けたこと。あれ、私だったのよ」
「え、あのマントの女性って」
「私よ。たまに平民の服で出歩くの。他の人たちは見て見ぬ振りだったのに、あなたは助けてくれた。お礼がまだだったわね。ありがとう」
二人の世界を作られそうになり、私はすぐに咳ばらいをした。
葵が慌てたように、私に方に上半身を乗り出す。
「信じてもらえないと思いますが」
「いや。信じよう。嘘ならもっとマシに吐くだろう」
「ありがとうございます」
葵は子どものように、背を丸めた。泣き出しそうな声に私の怒りも消える。
ぽつりとした話し声は不安に満ちていて、ライトとは到底別人だった。
「それで、二人に今日来てもらったのは、俺が万が一消えた場合に起こり得ることを聞いてほしくて。この手紙を読んでから嫌な予感が止まらないんです。パールにもしものことがあったら」
「聞こう」
「ライトはパールとの子が欲しくても自分は抱けない。彼は同性愛者だからです。そこで異世界から俺を召喚した。それなら、役目を終えた俺はきっと元の世界に戻る。それがいつかは分かりませんが」
ふざけた話だ。
私は吐きそうなほどの怒りを抑える。
フローラが疑問を呈した。
「そんなことをしなくても、この国では養子でも跡取りになれるわ」
「考えられる理由は二つ。一つが同性愛者だと絶対にバレたくないから。そして二つ目が」
「王位の掌握」
口を閉ざした葵に変わり、私が後を継いだ。
あの男はパールを利用し、子を産ませ、自分が摂政として王に成り代わる算段だ。最初から元王族の由緒正しい血を引く、パールの血統だけが目的だったのだ。
パールに関してだけはいつも冷静でいられないが、今回はウィリアム家ごと潰さないと気が済まない。
「二人には俺がいなくなった後のパールの保護を頼みたいんです」
「言われなくても」
私は即答した。
「フローラにはライトを始めとしたウィリアム家の情報を探ってもらいたいんだ。パールのために少しでもライトの弱みを握っておきたい」
「ええ。任せて。得意分野よ」
葵が深く頭を下げた。両手が震えている。
「本当なら最後まで俺がパールを守りたい。この嫌な予感が杞憂ならどれほどいいか」
「いや、恐らく君の予感は当たっている」
「どうして分かるの?」
フローラが目を細めて私を見上げた。
私は仮面舞踏会で見たドレス姿の骸骨の話をした。
あれは魔女だったのだ。リオンと一緒にいたのは偶然ではないはずだ。
「見間違えじゃないの? 女優のダッジ・ネルバが魔女だなんて。私もオペラを見に行ったけど」
「この目で確かに見た。ダッジで間違いない。それにもし異世界から来た話が本当ならば、それができるのは魔女だけだ」
私は断言した。
ふと、葵の顔が青ざめているのに気づいた。
「どうした?」
「魔女を見たと言って精神棟に入れられた子がいた。父を殺されたって」
「この地に伝わる魔女伝説では、魔女は男の生気を吸い取って生きると言われているの。じゃあ、本当に魔女っているの?」
「その子……右足首に鎖を繋がれて、ずっと時計回りにぐるぐる回っていたんだ。もし正常なまま、あんな場所に収容されたら」
葵が自分を抱きしめた。よほど衝撃的な光景だったのだろう。
精神棟か。話には聞くが、訪問したことがない。行ってみる必要がある。
「一度、その子に話を聞いてみよう。私の魔女の記憶と同じか確認したい」
「ドット卿! もし魔女が彼女の妄想でないなら」
「ああ。その子は我が家で保護しよう」
葵は顔を押さえて項垂れた。放置したことを悔いているのだろう。
フローラがその肩に手を置く。
「あなたが気にすることじゃないわ。人の本質を見抜くなんて簡単にはできないものよ」
「そうだ。それにもし、その子が我が家で常識的な振る舞いを身につけられれば、精神棟の在り方を見直す動きがでるかもしれない。そうなれば、そのきっかけを作ったのは君だ」
葵は涙を溜めて、顔を上げた。横を向いて涙を拭っている。
印象がまるで違う。
私は葵に忠告をした。
「最後に一つ。連続殺人事件を引き起こしたのは、恐らくライトだ」
言うつもりはなかったが、葵には伝えた方がよい。
私は事件の全貌を二人に話した。そして導き出した答えを二人にも伝える。
「まさか、いくらライトでも……殺人なんて」
「これを実行できるとすれば、彼しかいない。なぜサンドラを殺したのかまでは分からないが」
「それはきっと、彼女がライトとリオンの関係に勘付いたからです」
葵がサンドラの家で見た日記の話をする。
「なるほど。ではやはり私の予想はあっているだろう。ライトは異常者だ。気を付けろ。では私はもう行く」
私はゆっくりと立ち上がった。慰めてやる時間はない。やることが多すぎる。
フローラもマントを被り、席を立った。
「私もウィリアム家について調べてみるわ。リオン様についてもね」
「ありがとう、フローラ。君と一緒に宝くじ事業を成功させられたことは、一生の思い出だ」
「やめてよ。まだいなくなるって決まったわけじゃないんだから」
「……そうだね。じゃあまた、って言っておこうかな」
「そうよ。またね!」
後ろから聞こえる声に耳を傾けながら、私はドアに手を掛けた。
「ドット卿。パールとお腹の子を、宜しくおねがいします」
「心配するな。君がいなくてもパールには私がいる。いつ消えてくれても大丈夫だ」
「……なら安心ですね。あなたがパールの兄で良かった」
「もう一度言うが、魔女の正体は女優のダッジ・ネルバだ。君一人では心もとない。護衛をつけてもらえ」
私はそれだけ言い残し、足早に部屋を出た。




