25.悪意の天使
私はトニーがいる牢屋の前に立った。公開処刑の日が近づいているというのに、満足気な表情を浮かべ、座り込んで壁に背を預けている。
「サンドラの件だが」
「しつこい。俺じゃなくて模倣犯だって言ってるでしょ。どこの馬鹿が娼婦と貴族を間違えるんだよ」
「チョーカーを着けていたから娼婦と思い込んだのだろう」
「違う。俺は全員、宿から出てきた娼婦を狙った。服装だけで狙ったわけじゃない」
「しかし遺体にネックレスを仕込んでいたことは新聞でも公にはしていない。知っているのは犯人だけだ」
「あんただって知ってるじゃん。模倣犯はあんたらの中にいるってことでしょ」
トニーが鼻を鳴らす。
ネックレスの存在を知っているのは、私を含め数名のみ。彼らは犯人ではない。城内に寝泊まりする者も多く、アリバイがある。
トニーでもなく、我々でもないのなら、サンドラを殺したのはトニーが「天使」と称した人物だ。
教会が腐敗しているとトニーに吹き込んだ人物ならば、トニーからネックレスのことを聞いていてもおかしくない。
「トニー。君を殺人鬼に駆り立てた天使とやらは、ネックレスのことを知っているか?」
「は?」
トニーは殺気を出して私を威嚇したが、私は動じることなく言葉を重ねる。
「人殺しの天使か」
「あの人じゃない!」
トニーが立ち上がり牢の鉄柵を握る。
なるほど、やはり人なのか。
「トニー。君は利用されたんだ。天使とやらは君を殺人鬼に仕立て上げ、それに隠れて本当のターゲットを殺した。全ての罪を君になすりつけて」
「違うっ! 違う。そんなことしない。あれは天使だ。俺は選ばれたんだ。特別なんだ」
トニーは延々とそんな言葉を繰り返した。
それ以降は私の質問には一切答えず、結局死刑当日になっても彼は天使について白状しなかった。
自分が何の意味もなく人を殺し続けた殺人鬼だという事実を受け止めることができなかったのだ。
あれは天使で自分は特別。そう思い込んでいれば神に選ばれた革命者として死ねる。
死刑執行の広場には多くの国民が集まった。
「教会は腐っている。俺は皆にそれを教えるためにやったんだ! 俺は革命者として神に選ばれたんだ」
トニーは死ぬ直前、そう主張した。皆のために正しいことをしたという自負があったのだろう。まるで正義の使者のような表情をしている。
しかし、彼に待っていたのは怒号だけだった。
木に縛り付けられたトニー目掛けて、石や卵が次々と投げつけられる。
トニーは明らかに動揺していた。
一石を投じれば皆が教会に厳しい目を向けるはずと信じて疑わなかったのだ。今、その厳しい目が自分に向いている。
現実が彼を絶望に突き落とす前に、トニーの首は切り落とされた。
グリーンは涙を流し、オルセンは必死に堪えているようだった。
私はそっと目を閉じた。
この世はグレーなことが多い。彼が求めたのは純白の世界だった。
トニーは純粋で真っすぐすぎた。
その正義感を利用されてしまった。醜い「天使」の手によって。
気位の高いサンドラが信用し、暗闇で二人きりになる相手。
それが天使の正体だ。
そして私には一人だけ心当たりがあった。
――ライト・ウィリアム。
サンドラの幼馴染で彼女の思い人である彼ならば、容易に犯行に及べたはずだ。
それにトニーが言った「あんなに美しい存在は見たことがない。穏やかで神々しくて、声まで澄み切っていた」という天使像にも当てはまる。
しかしトニーが処刑された以上、証明は不可能だった。
私は怒りを胸に仕舞った。
一刻も早くパールを連れ戻さなければ。
お腹の子とともに。




