25.魔女
リオン主催の仮面舞踏会の案内が王城に届いた。
仮面舞踏会ではドラッグや人身売買などが秘密裏に行われる可能性が高いため、潜入捜査してくれというのだ。
リオンとしては王家に貸しを作った上で、自分たちは屋敷で起こった犯罪とは無関係だとアピールする狙いがある。
トニーの犯行理由が教会の腐敗であったことから、教会への監視を強めていた我々にとっては良いタイミングだった。
仮面舞踏会には男女合わせて三百人ほどが集まった。
顔の上半分を仮面で覆い、素性を隠している。女性たちは露出の高い服で派手に着飾る姿が目立った。
晩餐会よりも狭い部屋が使われ、密着度を上げている。
怪しさと興奮が渦巻いて、私は吐き気がしそうになった。
「ドット卿。リオン卿にエスコートされているのは、女優のダッジ・ネルバです」
イクスが私の耳元で伝えた際、彼の仮面と私の仮面が僅かに触れ合った。
ステージに進み出るリオンたちに気づき、客が歓声を上げる。
リオンとダッジは拍手に包まれながら、一段高いステージの上に立った。
「皆様。今宵はスペシャルゲストにお出でいただきました。あの人気オペラ『メリッサ』で主演を務めたダッジ・ネルバです」
ダッジは女優であり、高級娼婦でもある。リオンが紹介すると、男性たちのボルテージが上がった。
ダッジは大きく胸元の空いた黒いドレスで魅了している。
その真っ赤な唇が開いた。
「ダッジ・ネルバです。このような素晴らしい夜にお会いできて感激です。のちほど仮面を付けて参加するので、一緒に楽しみましょう」
投げキスにウインクまでつけてダッジは挨拶を終えた。
目が合ったと思ったのは気のせいだろう。
私はすぐに不審者を探して廊下へ出た。こちらでも二十名ほどがグループに分かれ会話を楽しんでいる。
私が一人で歩いていると、すぐに女性が声を掛けてきた。
「お一人? よければ私と」
「失礼。気分が悪くて」
歩くたびに次から次へと女性がやって来る。鬱陶しい。
こめかみを押さえていると、人とぶつかってしまった。
「失礼」
「いえ」と答えた声には聞き覚えがあった。
しかし誰だか思い出せない。
そそくさと去って行く男を見送っていると、彼の手の甲にある黒子に気づいた。
教会でネックレスの販売記録を持って来た男だ。
背丈も薄い口元も記憶通りだ。
トニーの証言通り、教会関係者が売春をしているのは間違いないらしい。
私が体を斜めにして横目で観察していると、男は女性に声を掛けた。体を寄せ合い、キスするような距離で会話をしている。ついには男女のペアのみ入れる個室がある通路へと入って行ってしまった。
通路の入り口にいるスタッフが二名体制で見張っているので、突入できない。
仕方なく私は二人掛けのソファに一人座り、個室から出てくるのを待つことにした。そこへ黒い仮面を付けた男がやって来て、隣に腰かけた。
リオンだ。
彼はすっと私に耳打ちした。
「ドット卿、ダッジがあなたと話したいと」
「断る」
「ハハッ。今宵ダッジの誘いを断るなんてあなたくらいですよ。ベッド付きの個室もご用意していますので気が向いたらどうぞ」
この男はこういうところがある。自分は高見の見物をしながら、人を堕落させようとする。
「悪いが興味がない。まさかライト卿は来ていないだろうな」
「ご安心を。彼は潔癖なのでこういう場所は嫌うのです」
リオンが煙草を取り出し、吸う。
不快な臭いが鼻を掠める。
「なぜ君とライト卿が親友なのか謎だ」
「フッ。俺たちは親友じゃないですよ」
意外にもあっさりとリオンが言う。確かにここ数か月、彼らはあまり行動をともにしていないとパールが言っていた。
それがいい。得する場面も多々あるだろうが、リオンにはいつ寝首をかかれるか分からない不穏さがある。
「なら安心した。それより教会関係者が出入りしているようだ」
「ええ。彼らにも情報を流しています」
あまりにも自然に言うので、流してしまいそうになった。
横にいるリオンに顔を向けると、声と同じく平然としている。
「教会関係者にも恩を売りたいので案内状は送りましたが、まさか本当に来るとは。彼らも時には羽目を外したいのでしょう」
グリーンが知ったら激怒しそうだな。
身長百九十センチ以上の彼は潜入捜査には向かない。留守番で良かった。
「何人だ?」
「さあ。数十人はいるでしょうね。彼らも人間ということです。欲には勝てない」
「なるほど。そうやって教会を脅すネタを作っているわけか」
「脅すなんて人聞きの悪い。俺はあくまでウィンウィンの関係を築きたいだけです。あなた方ともね」
仮面越しのリオンが私を見て口の端を上げた。
食えない男だ。
私が去ろうとしたところ、けばけばしい仮面を付けた女が私の前で立ち止まった。
胸元の大きく空いた黒のドレス――ダッジだ。
「遅いじゃないの。待ちくたびれたから来ちゃったわ」
彼女は屈みこみながら、座る私の両肩に手を置いた。真正面にある真っ赤な唇から、下品に舌が覗く。
「ねえ、あなたお名前は?」
「リンクだ」
「リンク! いい名前ね」
私の偽名を褒めながら、ダッジが体をくねらせる。
「ねーえ。二人でいいところに行きましょうよ」
手のひらで私の胸の辺りを触りながら、より顔を近づけてきた。盛大な香水の香りで吐きそうだ。
「悪いが気分が優れない。彼にするといい」
私が親指でリオンを示すと、彼女は私の首に腕を巻き付けてきた。胸が当たって気持ちが悪い。
「あら、そんなこと言っていいの? 私なら誰にも見せられない夢を見せてあげられるわよ」
「必要ない」
膝の間に片足を置いてきた彼女の顔を、私は手のひらで押しやった。
予想外だったのだろう、彼女は後ろに簡単によろけた。
「何すんのよ! レディの顔に」
「私の知っているレディと違いすぎたもので」
「何ですって!」
ダッジのヒステリックな声に、客が振り返る。
さすがにまずいと思ったのか、リオンが仲裁に入った。
「まあまあ。気分が悪いなら仕方ないさ。ほら、他にもいい男はいる。紹介するよ」
リオンがダッジの肩を抱いてこの場から離れさせようとするが、ダッジはこちらを振り返り睨み続けている。
やれやれと俺はそっぽを向いた。
「覚えてなさいよ!」
捨て台詞とともにダッジが去って行くのを窓越しに確認して、息が止まりそうになった。
窓に映っていたのは、黒いドレスを着た骸骨だった。
張りのある体も、腰まである滑らかな艶髪もない。白い骸骨がぶかぶかのドレスを引きずって歩いている。
その骸骨の肩をリオンが抱いている。
私は勢いよく窓に映った骸骨から、本体へと顔を移した。
髪を腰まで伸ばしたダッジが、ふくよかな体をしならせている。個室がある通路の前でリオンがスタッフに声を掛け、ダッジだけを中へと通す。
彼女は角を曲がって見えなくなった。
リオンが廊下にいた男性客に声を掛け、彼も通路奥へと通す。ダッジがいる部屋に向かわせたのだろう。
何だ……? 見間違いか?
五百歳の魔女が男の生気を吸いながら生きながらえている――そんな馬鹿な。あれは迷信だ。
私が口元を押さえて、今の出来事を反芻していると、名前を呼ばれた。
イクスだ。
「ドット卿? どうされました」
「いや」
「屋敷内の暖炉の側で人身売買の会話を確認。泳がせています」
「そうか。私は教会関係者を問いただす」
「売春をしているのは本当だったのですね。こんな場所で堂々と」
「神への祈りよりも大事なことがあるらしい」
私が皮肉ると、イクスはハッと顔を歪めた。愛妻家の彼には理解できないのだろう。
「一人捕まえて吐かせる。そちらは頼む」
教会関係者を捕らえ尋問したところ、仮面舞踏会に関係者が十三名も出入りしていることが発覚した。
仮面舞踏会に出入りしていた教会関係者二十三名が、教会に引き渡された。
彼らは賭博の常習犯でもあり、今後は教会裁判にかけられる。
ダッジはいつの間にか姿を消していた。




