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奪ってしまえ!  作者: 松原水仙
第三章

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21/32

21.サンドラと一緒に

サッカーのトーナメントが終わると同時に、サンドラの両親から手紙が届いた。


『ご活躍、拝見しています。ライト伯爵、よろしければ我が家でサンドラの話をしながらお茶など如何でしょう』


サンドラは、ライトのせいで連続殺人事件に巻き込まれたといっても過言ではない。そしてこの事件が無ければ、俺がこの世界に来ることもなかった。


さすがに断れず、俺はピンクの薔薇の花束を持って馬車を下りた。


ベージュの屋敷が寂れて見えるのは、枝が伸び放題の木々のせいだろうか。蔦が屋敷の窓を這い一部が隠れてしまっている。足元に生い茂った草は力なく垂れ、枯草も目立つ。明らかに庭師の手が入っていない。


俺が家の様子に目を奪われていると、


「ようこそおいでくださいました」と、扉が急に開いた。

サーモンピンクの髪を一つ纏めにした女性が現れ、窪んだ眼を精いっぱい和らげて俺を迎えてくれた。サンドラの母親に違いない。疲れきった表情と喪服が痛々しい。

キリアが選んだ花を渡すと、とても喜んでくれた。


「あの子の好きな花を覚えていてくれたんですね」

「当然です」

「嬉しいわ。ありがとう」


ファミリールームに通されると、父親らしき男性が立っている。白髪交じりの髪がしなびて、まるで老人のようだ。目の光が弱々しく、一緒にいるとこちらまで生気がなくなりそうだった。


俺は曖昧に微笑み、「伯爵、ご無沙汰しています」とだけ挨拶した。


「ライト様。よく来てくれたね。ありがとう」


夫婦と向かい合って座る。

昼だというのに分厚い黒のカーテンが窓を覆い隠している。蝋燭の明かりも控えめで、暖炉の火がやたらと赤く見えた。


伯爵がサンドラの昔話をし始めた途端に、夫人がハンカチで目元を拭う。娘を亡くし半年ほど経つが、そのまま心が止まってしまっているようだ。


「あの子は、本当にライト様のことが好きでね。そうだ! 新しく肖像画を描かせたんだ」


伯爵が立ち上がり、部屋を出ていく。

ベルで使用人を呼べばいいのにと思ったが、そういえば屋敷が異常に静かだ。入室前も誰一人見ていないし、夫婦が立てるもの以外は物音すら聞いていない。


全員解雇したのか。

屋敷の有様を見る限り、その可能性が高そうだ。


「失礼ですが、使用人がいないと何かと不便では? 我が家から数名ご紹介することもできますが」

「いいえ。あの子がいた時のままにしておきたいの。掃除なんてしたら、あの子の指紋や靴跡が消えてしまうでしょう?」

「……それは、余計なことを。失礼」


何とか言葉を絞り出した俺に「いいのよ」と夫人が微笑む。精神を病んでいるのかもしれない。

伯爵、早く戻ってきてくれ。


俺の願い虚しく、伯爵はなかなか姿を現さない。


紅茶を飲み続けながら、ちらりと夫人を目に入れた。梳かしていない髪に、くすんだ肌は素肌のままだ。窪んだ眼と下がった口角に影が出来ている。


ふと、首元にチョーカーがあることに気づく。

黒いチョーカーは娼婦の流行だと聞いたが。


二度見した。


違う。そのチョーカーは……。


「そ、の首」


声に出してしまっていた。


「ああ、これ? サンドラの形見なの」


夫人が嬉しそうにチョーカーに触れる。黒く見えるそれは、血だ。洗わずにそのまま自分の首につけている。

ぶわっと両腕に鳥肌が立った。


頼むから、早く戻ってきてくれ!


「ねえ、サンドラは本当にあなたのことが好きだったわ。後であの子の部屋も見て行ってくれる?」

「え、ええ」


焦りを押さえて愛想笑いをするが、すぐ逃げられるように足先をドアに向ける。

二メートルほどの大きな絵画を両手で挟むように持って伯爵が戻ってきた。

十分ほどの時間だったが、俺は既に疲労が溜まっていた。


「これだよ!」


伯爵が声を張り上げ、絵画をひっくり返して俺に披露した。

絵の中ではライトとピンク髪の少女が手を握り合っている。少女が来ているのはウェディングドレスだ。

俺は無言で絵を見つめ続けた。


「いい絵だろ? サンドラの死後に描かせたんだ。君とサンドラは本当にお似合いだ。サンドラが喜んでいるのが分かるだろう」


脇から汗が出て、首筋が寒くなった。


こいつもおかしいのかよ!


「本当! サンドラの人生の全てはあなただったわ。ライト様がいてくれて良かった」

「いえ、俺はただの幼馴染で」

「ただの幼馴染なわけがないじゃないか! サンドラの一生をかけた愛の相手なんだから」

「誤解ですよ。私たちは兄と妹のような関係で」

「いやだ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいわ」


一秒でも早くこの家を出たい。俺は立ち上がり、ドアに体を向けた。


「お二人の顔も見られましたし、この辺で」

「あら、来たばかりで何を言っているの。まだサンドラに会っていないじゃない」

「そうだ。あの子の部屋に一緒に行こう」


俺を挟むように縦になって部屋へと移動する。

体中が警戒しているのが分かるが、逃げ出すと逆上しそうなので大人しく従った。

伯爵が三階にある部屋に俺を案内した。


「ここだよ。私たちは下にいるから、思う存分、サンドラの思い出に浸ってくれ」


部屋に一人残され、ホッとした。あのまま一緒だと神経が持たない。


住んでいた当時のまま手つかずの部屋は、ピンク色のガーリーな部屋だ。天蓋付きのベッドは布団もそのままで、鏡台の化粧道具に、引きっぱなしの椅子、テーブルの上の本が生々しい。まるでまだ生活しているようだ。


ここで俺にどうしろって?


何かを手に取る気にはなれず、新鮮な空気を求めて無意識に窓へと向かう。

右手にある本棚と壁の間に隙間があることに気づいた。


何だ?


覗き込むと、隠すように銀色のトランクが保管されている。


少女趣味の部屋には不釣り合いなトランクに、不謹慎だとは思いつつも好奇心がくすぐられた。どうせやることもないのだ。

引っ張り出して開けてみる。


中には、皿が二枚、ティーカップ三つ、スプーン五本、フォーク三本が大切そうに保管されている。どれも種類が違う。


「何だこれ」


どれも高そうではあるが、なぜこんなとろこに仕舞う必要があるのか。

トランクの中には他にも小さな黒い宝石箱が幾つも入っている。

中を開けると一本の輝く糸があった。


「糸?」


金色の細い糸を掴んで気づく。

これは、まさか……。


「ライトの髪の毛、か?」


落としそうになった。

気持ち悪い。

他の宝石箱も髪の毛だった。ご丁寧に日付が書かれている。


おいおい、ストーカーの戦利品かよ。


すぐに仕舞って、元の場所にトランクを戻した。

この家にいると、呪われそうだ。


ベッドの側のサイドテーブルにノートを見つけ、恐々と近づく。

日記だ。

開けてみると、片側一ページで一日分という贅沢な使い方をしている。


『一月二十七日 可愛そうなライト。あなたは悪魔の手に堕ちてしまった。私が救ってあげないと。あの女には無理。あなたを幸せにできるのは私だけ』


悪魔ってパールのことか? 

なるほど。こういうタイプか。ライトの前ではさぞ良い子の振りをしていたんだろうな。


『四月十六日 チョーカーをくれたわ! 嬉しい。耳を触りながら私のピンクの髪には緑が似合うですって。耳を触るのは彼が照れた時の癖よ! 信じられない。これから毎日着けるわ。そうだ! お礼のプレゼントを買いに行かなくちゃ』


最後の日記には興奮気味にそう書かれていた。

そうか。それか! パールがいつも寂し気な目をしていたのは、俺が耳を触らなかったからだ。

俺は日記を閉じて、テーブルに戻した。


ふと、枕に目をやり、心臓が引きつった。


ベッドに少女が寝ている。正確には、少女だったものだ。

肉が腐りかけて頬の骨が見えている。目が飛び出て、骨に載せただけの状態だ。


尻もちをついて、口を動かすが声が出ない。

ドッドッドッドッと心臓が異常に早くてうるさい。ここから出ないと。

体中が凍りそうだ。全身の毛が逆立っている。


もつれる足を何とか引っ張り、急いでドアへと走る。乱暴にノブを回すが一向に開かない。


「おい! 開けろ!」


何度もドアを叩くが、返事がない。後ろには、死んだあの女がいる。ノブは不快な音を立てるばかりで開く気配がない。


「おい!」


殴っても、蹴っても、ドアはビクともしない。


何だよ、これ!


急にぞわっと骨が凍った。心霊物を見た時によく感じる気配だ。


背後にあの女が立っている!


「娘とのご対面はどうだい?」

「うわぁ!」


ドアの外から声が聞こえて、叫び声を上げた。

ドクンッと痛いほど心臓が跳ねる。


「二人で濃密な時間を過ごすと良い。時間は腐る程ある」

「そうよ。やっと二人で結ばれるのね。ああ、サンドラ。おめでとう」

「ふざけるな、ここから出せ!」

「ここで骨になるまでサンドラと一緒に暮らせばいい。サンドラ、嬉しいんだね。いつもより声がはしゃいでいる」

「本当ね。私たちはいつまでもあなたを愛しているわ。結婚おめでとう、二人とも!」


ざけんな、キチガイどもがっ!


恐怖から怒りへと代わり部屋の奥へと進みだした。椅子を振り回すと、高い音を立てて窓が割れた。


「ここは足場のない三階だ。下には行けないよ。もし飛び降りたら、それこそ一生サンドラといられる」

「ええ。ここで四人で暮らしましょうね」

「今からこの女の死体を滅茶苦茶に壊してやる!」


俺の怒気を含んだ叫びに、「なっ、やめろ!」と夫婦が叫んだ。

鍵を開ける音が聞こえる。外からのみ開けられるように細工してあったようだ。


俺は椅子を再び掴み、ドアの前で待ち構えた。ドアが開いた瞬間、椅子で勢いよく叩きつける。


「ぐわあっ」


男の胸に当たった。後ずさりしたところを、容赦なく二度振り下ろす。椅子を女に放り投げ、廊下を走った。

男に腕を掴まれそうになるも、何とかすり抜ける。全力で走り、階段を駆け下りる。足が上がらず、うまく走れない。


「待ちなさい! 待てぇ! お前のせいでサンドラは死んだんだっ」


誰が待つか!


夫婦も階段を下りてくる。思ったより足が速い。

長い廊下の途中で、転びそうになった。

男はもう真後ろだ。


死に物狂いで走ったが、玄関のドアが閉まっている。このままでは追いつかれる。


「観念しろ!」


勝利を確信していた男の声が、すぐ後ろで聞こえた。


くそっ!


玄関のドアに手を掛けた瞬間、男に捉えられそうになる。

その腕を両手で必死に払っていると、突然ドアが開いた。

前のめりに倒れそうになるのを、誰かに抱き止められる。


キリアだ! 窓ガラスが割られたのを不審に思って様子を見に来たのだ。


「逃げるぞ!」


俺の叫びでキリアが男に蹴りを入れ、一目散に馬車へと走り込んだ。


「早く出せ!」


馬車が出たところで、ようやく全身の力が抜ける。手汗がすごい。心臓の音も早鐘を討ったままだ。


骨になった少女の姿を思い出し、首がぞわっと痒くなった。



結局、この事件については両親がもみ消した。これ以上サンドラの件には関わりたくないという。

サンドラが事件に巻き込まれたのはライトがチョーカーを贈ったせいだと、いまだに面白おかしく話す奴もいる。

もみ消しは賢明な判断だった。


夫人は精神を病んで領地に引きこもり、伯爵は横領の罪を着せられ投獄された。


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