20.夢
翌日、サッカーのトーナメントの初戦。フィット率いるシドーペ VS サンラスの試合会場には疎らに人が集まるにとどまった。
それも選手の家族が主で集客成功には程遠い。
スポンサーである領主が領民に呼びかけたが、平民は素人のサッカーを観戦するよりお金を稼ぐ方が大切というわけだ。
反対に貴族席は試合開始と同時にほぼ埋まった。新しい試みにはとりあえず乗ってみるのが貴族の流儀だ。彼らは時間を持て余している。
シドーペ側とサンラス側で席を分けたことで、優雅にサンドイッチを嗜む貴族たちの間にもどこかピリッとした空気が流れている。
俺はその中央の特別席でパールとともに試合を観戦した。試合のMVPには賞金が出るので、相変わらずボールを追って団子状態になる。
守備が大切だと何度説明しても、やりたがらない。
激しくぶつかり両チームの選手数名が倒れた。
「きゃっ」とパールが手で口を塞ぐ。
シドーペとサンラスの選手たちが向かい合い、乱闘寸前だ。すぐに笛が鳴らされたが、収まる気配がない。
貴族席からクスクスと笑いが漏れ、「いいぞ! もっとやれ」と野次が飛んだ。
この世界においてサッカーはゴールを決めるより乱闘している時が一番盛り上がるものらしい。
「シドーペが悪いのよ」
「なんだと。サンラスの奴が突き飛ばしたんだろう」
口論も聞こえてきて、選手も観客もカオスだ。隣町同士の対戦ということもあり、そもそも仲が悪いのかもしれない。
平民たちも柵の外から対戦相手を非難し合っている。しかしその熱に反応して、徐々に観客が増え始めた。試合中は見向きもしなかったのに叫び声を聞いて興味を持ったのだろう。
想定内とはいえ、先が思いやられるな。
俺は紅茶を飲みながら、騒ぎが収まるのを待った。審判が退場をちらつかせると、選手たちは文句を言いながらも小競り合いを中止する。
試合再開するや否や、フィットがドリブルをしながら走り出した。相手選手が四人がかりでそれを止めにくるのを見て、横にいた味方にパスを出す。ボールを受けとった男がそのままゴールポスト目掛けて蹴り込んだ。
雄叫びが木霊し、シドーペの応援席からも歓声が上がる。
今日の初ゴールだ。
「やったわね!」パールが興奮して俺の肩を軽く握る。
「ああ。ゴールが見れて安心したよ」
乱闘で試合が台無しになっていた可能性も十分あった。
後ろのシドーペ側の貴族席から、サンラス側を挑発する声が聞こえた。こちらは罵り合いに発展している。他の貴族たちは面白そうに両者を眺めるだけで誰も仲裁しようとはしない。
サッカーらしいと言えばらしいか。
ゴールが決まる度に観客も熱を帯びていき、最後には総立ちになっていた。
試合終了の合図とともにパールがはしゃいだ声を上げる。
「終わったわ。いっぱいゴールが決まって良かったわね」
「……そうだね」
俺は顔を引きつらせて、何とかそれだけ答えた。
結果は十一 対 八という、サッカーではあり得ない数字だった。
そりゃそうだ。守備をしないんだから。こんなの俺が知っているサッカーじゃない。
勝利を喜ぶシドーペの選手たちを眺めながら、どうしたものかと俺は頭を抱えた。
「サッカーって初めて見たけど、こんなに面白いのね。次の試合も応援したいわ」
パールは楽しめたようだ。
ゴールが次々と決まり、逆転につぐ逆転だったのが良かったらしい。
平民の応援席からも指笛や叫び声が聞こえてくる。
サッカーに馴染みのない客には、こちらの方が受けるのかもしれない。
そうだな。この世界にはこの世界のサッカーがあっていい。
ルール改定は持ち越すことにしよう。
「ありがとう、パール。気が楽になったよ」
「どういたしまして」
小首を傾げながらパールがふんわりと微笑む。きっと俺が集客に悩んでいると思ったのだろう。パールの言葉は純粋で励まされる。
フィットに手招きされて俺がグラウンドに下りると、シドーペの選手たちが一目散に集まってきた。
「見た?」「勝ったよ」「ゴール決めた」「すごくない?」
口々にいうので断片しか聞き取れないが、嬉しそうな彼らの表情だけで言いたいことは分かる。
「おめでとう。良い試合だったね。次も楽しみだ」
「次も絶対勝つ」
言い切ったのはフィットだ。彼はこの試合で五得点を上げた。
次戦は一週間後だ。
「期待している。頑張ってくれ」
「任せろ」
フィットが強気で腕を組む。勝利したことで自信が漲っている。
良い顔だなと思った。
宣言通り、フィット率いるシドーペは次の試合も勝利した。
しかし、次の第三試合、彼らはまさかの五 対 一という大差で敗れることになる。
原因はフィットを完全にマークされたことだった。
シドーペ側の貴族席では途中退席が相次いだ。
ブーイングを浴びながらピッチで呆然と立ち尽くす彼らを見下ろす。試合が終わっても動こうとしない。こういう一方的な負け方は想定していなかったのだろう。
パールも口数少なに座り込んでいる。
「残念だったな、ライト」
後ろから声を掛けてきたのはリオンだった。彼は対戦相手であるオスティアのスポンサーだ。
いつものようにスカした顔で近づいてくる。
「残念なんかじゃないさ。俺は主催者であってどちらかに肩入れはしていない」
「そうか? シドーペを贔屓していると随分噂になっているぞ。審判の判定が不平等だったとヨーク伯爵が抗議しているとか」
それは俺の耳にも入っている。ヨーク伯爵は初戦の相手だったサンラスのスポンサーだ。
「あり得ないよ。判定は平等だ」
「ああ。今日の結果を見る限り、どうもそのようだな」
リオンが馬鹿にしたように口の端を上げた。いちいち癪に触る男だ。
俺は平然とした顔で賛辞を贈る。
「見事な勝利だった。おめでとう」
「ありがとう。シドーペのデータを分析したら、フィットという選手が常に起点になっていた。彼以外はそれほど実力がなかったから勝利は確信していたよ」
「確かにオスティアはいい選手が揃っているな」
「まあな。ライトのお気に入りチームを潰すのは忍びないが、妙な噂はこれで消えるだろう」
「感謝しているよ」
「ハハ。それが本心ならいいが。じゃあ、また」
リオンは颯爽とピッチへ下りて行った。スポンサーの登場に選手たちが集まり、まるで優勝したかのように盛り上がっている。
俺は木の幹で顔を隠すように泣いているフィットに目を移した。自信家のエースが号泣している。
リオンは俺が悔しがっていると思っているようだが、それは違う。
俺は本気でお前に感謝しているんだよ、リオン。
今日の敗戦でフィットはより強くなる。泣いているのがその証拠だ。涙は責任感と勝利への執念の表れだから。
俺はサッカーの公式戦で負けても泣けなかった。俺のせいじゃないと言い訳をして、苛立ちで胸をいっぱいにしていた。
結局、俺は自意識を守る方が、勝利よりも大切だった。
あんな風に泣けていたらな。
俺はフィットを見た。同じ態勢で泣き続けている。
そしてそんなフィットを励ますように、チーム全員が彼の近くに身を寄せて涙を拭っている。
いいチームだ。
泣いている彼らが輝かしくて、羨ましくなった。
「優勝はチーム、オスティア! おめでとう」
司会者が盛り上げるように叫ぶと、拍手と歓声が広場を包んだ。
選手たちは表彰台の上で横並びに整列している。スポンサーであるリオンが、一言挨拶を求められた。
「ありがとう。君たちの応援が選手の力を引き出してくれた。勝てたのは君たちのおかげだ」
女性の悲鳴に近い声が上がった。リオンが大々的にオスティアチームの宣伝をしたことで、女性ファンが急増したのだ。彼はちゃっかりとグッズを作り、チームの資金源にしている。
悔しいがリオンはこういう場が似合う。
スピーチするリオンを後ろから眺めて、俺は感心した。威厳のある声のせいか、堂々とした立ち姿のせいか、彼が話し始めると人々はすぐに引き込まれる。
その彼がスポンサーになってくれたおかげで、サッカーの人気が高まったのは間違いない。
俺がシドーペを応援していると知って対抗馬を作ったんだろうが、俺の目的はサッカーをこの地に根付かせることだ。正直、後押し以外の何ものでもなかった。
挨拶を終え、リオンが隣に座る。選手のスピーチを見つめながら、俺に話しかけてきた。
「この事業は失敗じゃないか」
「なぜ?」
「だって採算が取れないだろう。チームごとの人気や実力が違いすぎる」
「すぐに上手くいくなんて考えていないさ。でもきっと成功させてみせる。リオンが強いチームを作ってくれたおかげで、全体にもいい影響が出ている。礼を言う」
俺が素直に笑うと、リオンは驚いた顔をして動きを止めた。動揺しているように見えたのは俺の気のせいか。
「意外だな。てっきりライトには嫌われていると思っていたから、そう言われると俺も嬉しいよ」
「嫌うわけないだろう。親友じゃないか」
嘘だ。投資の件は今でも根に持っている。が、それはこの場では一旦置いておこう。
「親友、ね」
リオンが伏し目がちに笑う。スピーチを終えた選手に拍手を送りながら、横目で俺を見た。
「まあいい。問題は山積みだが、俺のチームは利益を出せそうだ。この件については協力し合おう」
リオンの出した右手を握る。味方と思うとこれ以上に心強い人間はいない。
相変わらずムスクの香りがしたが、嫌ではなかった。
リオンも俺の香りに気づいたようで、まじまじと俺を見てきた。今日はいつものアクアマリンの香りではなく、新しく調合したウッディ系の香りだ。
主催者ということもあり、少し背伸びをした香りをつけた。
「ライトはいつもと違う香水だな」
「パールがいないからな。いつものは彼女のお気に入りなんだ」
「へえ」
「その馬鹿にしたような顔は止めた方がいい。好感度が下がるぞ」
「少しくらい下がった方がいいのさ」
「ハッ」
選手たちが賞金袋を手に歓喜の雄叫びを上げた。目元を押さえる選手もいる。
これで彼らは一年間、働くなくとも生きていける。この国では考えられないことだった。
祝福と羨望が混ざった眼差しが、選手たちに一層の熱気をもたらす。
チーム格差、詳細なルール作り、審判の質、集客方法。リオンの言う通り問題だらけだが、サッカーの歴史を作っていけることが俺には嬉しくてたまらなかった。
異世界に来て、やっと本当にやりたいことに出会えた。




