19.サッカー
店前に座り込んで宝くじの数字に頭を悩ませる農作業着の男性たちの前を通り過ぎる。
街にはまだ熱に浮かされたような活気が漂っていて、以前とは違い、商人も農民も明るい表情が目につく。
宝くじ売り場の前には列ができていた。
宝くじの回を重ねるごとに、ランダム性から傾向を読み取ろうとする者が増え始めている。
頻出数字や穴場数字を載せた定期刊行物を、予想用に出してもいいかもしれないな。
そんなことを考えながら、俺は広場の近くにあるサッカー場へと顔を出した。サッカー場と言っても、空き地に線を引いただけの場所だ。
人々が俺を見つけて駆け寄ってくる。少年から中年男性まで三十名程が集まり、俺を取り囲んだ。目を光らせる護衛の騎士に、大丈夫だと手で合図する。
「ライト様!」
「やあ、調子はどうだい?」
俺の問いに、子どもたちの溌溂とした声と、大人の威勢のよい声が一斉に天へと伸びあがる。何と答えたのか分からないが、元気なのは間違いない。
「練習はどう?」
「いい感じー」
貴族ではあり得ない返事だが、それが心地よい。
彼らと出会ったのは、宝くじの発表場所だった広場の下見をした時だった。
空き地でボールを蹴る人々に出くわし、足が勝手に止まった。激しく走り回る彼らに目が釘付けになる。
日本にだって蹴鞠があったのだから、異世界で似たようなものがあってもおかしくない。
少年が蹴ったボールが俺の方に転がってきた。それを左足の側面で受け止める。ボールの重みが伝わってきた。
少年の足元を目掛けてボールを蹴ると、狙った通りの場所にボールが届く。
懐かしい感触に心が震えた。
挫折を味わってからサッカーから逃げ続けて、テレビで見るのも苦痛だったのに、心の底ではサッカーを渇望していたと思い知らされる。
「おお!」と、少年だけでなくプレーしていた大人たちも目を瞠って、動きを止めた。貴族の俺がコントロール良くボールを蹴ったことが信じられないようだ。
俺はキリアに集団について尋ねた。
「彼らは?」
「平民たちが集まってサッカーの練習をしているのです。町同士の試合で勝てばパンなどの物資がもらえるので」
キリアが淡々と答える。平民のことなど俺が気にするようなことではないと思っているのだ。その証拠にキリアの足は広場の方に向いている。
キリアの考えに反して、俺はこの世界のサッカーに興味津々だった。
ルールはあってないようなもので、敵陣のゴールにボールを入れれば得点という具合らしい。全員がボールに向かって行くので、怪我が絶えず死者も多いという。
それでもボールを蹴る彼らは楽しそうで、見栄や期待に押しつぶされた俺には彼らが眩しく見えた。
司祭から宝くじの協力依頼を取り付けた時には、既にサッカーに関する仕事をすると心に決めていた。
すぐに彼らとコンタクトを取った。
「サッカーが好きなんだ。よければ見せてくれないか」
最初は疑り深い顔で俺を見ていた彼らも、俺がリフティングして見せると、嬉しそうに態度を軟化させた。
俺のパスを見ていたこともあって、すぐに信用してくれたようだ。
俺はすぐに各地の領主に手紙を送り、スポンサーを募った。
まずは国内でのリーグ作りが目標だ。
ウィリアム家主宰のトーナメント戦を行い、勝利チームに多額の報奨金を出すと大々的に発表するとスポンサー希望者数が増加した。
同時に、簡易ルールを作りスポンサー経由でチームに伝える。
隣り合う町同士を対戦させることで、試合の熱をより上げていく。
俺はこの国をサッカー大国にする。考えるだけで興奮して眠れなくなった。
今日は試合前の様子見だ。
「ところで、フィットは?」
「仕事が終わったら来るよ。そろそろ、あ、来た。フィット!」
呼ばれたフィットが俺を見つけ、走ってきた。すでに額から汗が流れている。彼は今、土木作業員として働いている。重い木材を運んだ後にサッカーの練習なんて、幾ら十八歳といえど並みの体力ではできない。
「来てたんだ?」
「ああ。調子はどう?」
「絶好調。勝てる気しかしないね」
フィットが親指を立てた。彼はこのチームのエースだ。体幹、スピード、ボールコントロール。どれもチームで軍を抜いている。
「期待しているよ」
「ありがと」
「じゃあ、俺は敵チームに顔を出してくる」
俺が言うと、フィットがしゃがみ込んで笑う。
「俺たちの応援じゃないんだ」
「両方の応援さ。俺は主催者だから」
「ふーん。まあ、どっちでもいいや」
フィットが立ち上がって伸びをする。俺が横を通り過ぎようとすると、「ありがと」と、もう一度フィットが小さく言った。
俺は振り返って笑う。
「さっき聞いたよ」
「違う。少ないけどスポンサーがお金くれるって。仕事セーブして練習しろってさ」
「へえ」
「俺さ、今まで好きなことしてお金貰えるなんて、あり得ないと思ってた。もし勝ったら仕事辞めてずっとサッカーできるかも」
「そういう人間が増えたら俺も嬉しいよ」
「何で? あんたにメリットないでしょ」
「俺は将来的に観客から観戦料を取って利益にしたい。だからサッカーを人気スポーツにしてくれ」
俺がそう話すと、フィットが黄色くぼやけた空を見上げた。灰色のシルエットになった鳥が、翼を上下させ、さらに高くへ飛んでいく。
「良かった。あんたにもちゃんとメリットあるんだ」
フィットは「じゃ」と挨拶代わりに右手を適当に横に広げて、すでに練習を始めている仲間の元へ走って行った。すぐにボールを奪い、相手ゴールを向くも、複数人に囲まれ倒された。
顎を拭いながら即座に立ち上がる。
フィットの充実した表情が昔の自分と被った。
俺は完全に立ち直れたようだ。サッカーをする彼らを見ても不快にならないどころか、応援したい気持ちが溢れてくる。
夢を掴めよ。
俺は空き地に背を向けた。




