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奪ってしまえ!  作者: 松原水仙
第三章

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17/32

17.当選発表

宝くじは予想以上の売り上げで、当選発表の会場であるイースト広場には入りきらず裏通りまで人で溢れていると警備の騎士から報告があった。出店が立ち並び街はお祭り騒ぎだという。


イースト広場の中央には劇場へと続く大階段があり、その上が発表場所だ。俺は劇場の裏手で馬車に乗ったまま発表の時を待つ。俺の役目はフローラとともに行う発表前の挨拶だ。


時間となり馬車がゆっくりと進み始めた。その後ろをフェザー家の馬車が続く。

ウィリアム家とフェザー家の紋章入りの馬車が二台、劇場の正面で並んで止まった。熱狂的な声と拍手が広場で巻き起こり、あまりの音量に暴れそうになる馬を騎士が必死で宥める。


馬車の揺れが収まり、騎士が開けた扉から俺は悠然と外へ出た。フローラも同時に馬車から姿を現し、並んで劇場前から階段まで歩を進める。耳がおかしくなりそうな拍手の音量だ。


フローラとともに広場を埋め尽くす人たちを見下ろした。購入した宝くじを大事そうに握りしめ、一様に目を輝かせて俺たちを見ている。


注目されるのにも慣れた。あれだけ気にしてた人目が、テンダー先生のおかげで全く気にならない。


『そういう時は、むしろ相手に意識を向けるのです。見られているんじゃなくて、あなたが相手を見るのです。手の動きは? 体の向きは? 服装は? という風に。主導権を握ればこっちのものですよ』


テンダー先生の教えは、人目に怯えていた俺には効果抜群だった。

手はいつもより汗ばんでいるけれど、一人一人の目を真っすぐ見ることができる。

良い緊張感が体を包んでいた。


俺はこれから、ここにいる数名の人生を変える。この大観衆の期待が一心に注がれていると思うと、高揚して鳥肌が立った。


拍手の音が落ち着くまで、二人で眼下にいる大衆に手を振り続けた。

落ち着いた頃合いを見計らって、挨拶をする。


「皆様。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。皆様とともに大きな夢を見ることができ、私も興奮しています。今日当たらなくても大丈夫。これから毎週販売しますから」


俺の第一声に各所から指笛のピューッ、ピュッという音が響く。


「この宝くじの売り上げは一部、国や教会へ寄付させていただきます。皆様のご支援に感謝します。そしてこの宝くじ販売の一番の功労者であるフェザー家のご令嬢フローラ様にもお礼申し上げます」


俺が隣に立つフローラに拍手を送ると、会場からも賞賛の拍手が鳴り響いた。

フローラはまず俺に微笑み、次に大衆へと目を向けた。


「本日、皆様の中に人生が大きく変わる人がいます。一足早いですが、お祝いの言葉を贈らせてください。おめでとうございます!」


フローラが全体を見回すように語り掛けると、観衆が「おー!」と拳を突き上げた。

指笛と拍手の音が耳を塞ぐ。


「こんなに素晴らしい日に立ち会えて光栄です。最後に発案者であるウィリアム公爵家のライト様に、最大限の賛辞を。ありがとうございました」


フローラが俺への拍手を促すと、今日一番の拍手が鳴り響いた。

その熱気に応えるように、フローラとともに一礼をする。

これで俺たちの出番は終わりだ。


拍手に送られながら、左手奥へと進み、姿が隠れるまで手を振った。

すぐにフェザー家の経営する商店の二階へと上がる。

窓から発表の様子を見守ることができた。


不正を疑われないよう、事前に全ての数字が書かれた紙を一枚ずつ見せ、上部にある丸い穴から箱に入れる。

騎士が持った箱から、くじを引くのはホワイト司祭だ。これで当選に文句は出ないはず。

よく引き受けてくれたものだと、俺は紅茶を飲みながら司祭の様子を眺めた。


司祭は両手を横に広げながら首を左右に振っている。声は聞こえないが、高説を垂れているのだろう。

拍手の音で窓が揺れた。


「いよいよね」

「ああ」


大勢が固唾を呑んで注目するなか、司祭が一枚目を引こうとしている。不自然な静寂に、なぜか俺まで緊張した。

司祭が引いた紙を広げ、仰々しく掲げる。


どよめきが起こったあと、「ああ……」という絶望の声と「やったー!」という歓喜の声が同時に起こった。

興奮した男たちが司祭に近づこうとするのを、騎士が必死で止めている。


立ち上がったフローラが窓を覗きこんだ。俺を振り返り、いつもより高い声でいう。


「すごい熱狂。私、彼らがこんなに活き活きしているところ初めて見たわ」

「ああ。宝くじが彼らの希望になるといい」

「この景色を見ても、そんなに冷静でいられるってすごいわね。私なんて彼らの興奮が伝染して座っていられないのに」

「こうして紅茶を飲んで自分を落ち着かせているんだよ。本当は震えそうなくらい昂っている」


俺が言うと、フローラがはしゃぎ気味にいう。


「そうよね。あなたが作り出した熱気だもの! これだけの人たちを動かして一喜一憂させるなんて、そう簡単にできることじゃないわ」

「俺だけじゃない。君もだろう。君がいないと形にならなかった。礼を言うよ」


俺はティーカップを置いて、フローラに頷いた。

事務の手続きは彼女の家が一手に引き受けてくれた。むしろ功労者はフローラだ。


「私こそ。今日この場に立ち会えたことは一生の思い出だわ。ありがとう」


外の喧噪が会話を遮った。ついに全ての数字が引かれた。絶叫が木霊し、紙くずと化した宝くじが宙を舞う。

清掃員を雇って正解だった。


宝くじは大半が当たらない。賭け事で儲かるのは胴元だ。


俺は紅茶を飲み干した。

ノックの合図とともにキリアの声がした。


「失礼します。イスラン王太子殿下がお見えになりました」


両開きの扉から、イスランが現れた。

紫色の瞳が人当たりよさそうに弧を描いている。金髪の隙間からエメラルドのピアスが反射した。


俺とフローラが立ち上がって出迎えると、イスランが片手を上下させ座るよう促した。

イスランが窓辺に近づき、集まった国民を見下ろした。

座った状態で俺も下を見る。出店を楽しんだり、やけ酒をしたりで、まだ人が退散する気配はない。


「大成功じゃないか」

「ありがとうございます。殿下が販売の許可をくださったおかげです」

「反対する理由がないからね。教会にも恩を売れるし、国費も抑えられる。ちょうどテナー橋の架け替えを迫られていたところだ」


イスランは、やれやれという感じで両手を横にした。

俺は彼の意思を汲み取り、賛同する。


「では、まずは橋梁工事にお金を使いましょう」

「助かるよ」

「事前にお話ししていた通り、工事はピール社で請け負います」


俺ははっきりとイスランに告げた。

ピール社は俺が新しく買い取った建設会社だ。


「好きにするといい」

「ありがとうございます」


これで公共事業の依頼はほぼ我が家が請け負うことになる。新規事業の成功は約束されたようなものだ。その上、国にも教会にも影響力を持つことができる。

これなら両親も納得するだろう。


この世界に来て、初めて何かを成し遂げた気になれた。それも大きな成果だ。


俺はようやく何かを胃に入れる気になった。スパイスの効いたナッツをフォークで刺し、口に運ぶ。黒コショウとナッツの香ばしさが合う。


「ところで今日の祝賀会では二人でダンスをするんだろう?」


椅子に腰かけたイスランが、俺とフローラを交互に見た。

俺はナッツを喉に詰まらせそうになり、ゴフッと何度か咳き込んだ。


「何を動揺しているんだ。新規事業の成功を祝した会だ。当然だろう」

「いえ。私は」

「ライト。女性に恥をかかせるのは紳士の風上にもおけないぞ。パール嬢だって理解しているさ」


イスランに諭され、俺は隣に座るフローラに目を移した。

フローラの輝きを持った大きな瞳が、俺を捉えている。


「当然、踊ってくださるものだと思っていたわ」


わざと拗ねた口調でフローラが、横を向いた。

祝賀会など必要ないと俺は言ったのに、フローラは絶対にやるべきだと強く勧めてきた。


最初からそのつもりで祝賀会を計画したな……。


「フローラ」

「そのくらいいいじゃない。浮気じゃないんだから。仕事関係の相手と踊るなんて普通のことでしょう」

「それはそうだが」

「なら決まりね」


ふふ、と嬉しそうに手を合わせるフローラに頭が痛くなった。


「なら、その間、僕がパール嬢とダンスをしてもいいかな? もちろん彼女の了承を取った上でだけれど。君も彼女を一人にしておくのは心配だろう」

「それは、そうですが」


相手がイスランだけに歯切れが悪くなる。本当は誰にも触らせたくない。

しかし、パールが肩身の狭い思いをするのも避けたい。


「そんなに悩まなくてもいいじゃない。殿下は他にも多くのご令嬢と踊られるのだし。パール様にとっても光栄なことでしょう」

「大丈夫。君の婚約者を無理やり奪ったりしないよ」

「当たり前です!」


二人の視線が突き刺さる。

社交会では婚約者がいても他の相手と踊るのは当然なのか? 俺が嫉妬深いだけ?


「ライト様が踊ってくれないと、私は一人で佇むことになるわ」

「主役の彼女がそんなことになったら、周囲は憐れむだろうね」

「……分かりましたよ。一度だけですよ」


拒否できないと踏んだ俺は、やけくそに頷いた。



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