14.両親の横暴
教会に行った二日後、両親に呼び出された。書斎机の前で座っていた父が、俺を見るなり立ち上がり、ダンッと机を叩く。
「ライト! お前、教会で悪魔祓いを受けたらしいな。どういうつもりだっ。あれほど家名に傷をつけるなと言っただろうが」
「申し訳ございません」
「記憶喪失だと言ったそうじゃないか」
「行動が違うと指摘されたので仕方なく」
「この馬鹿がっ」
パールには口止めをしたので、彼女から漏れることはない。
あの司祭め。守秘義務はどうした。
溜息をつきたくなったが、すぐにこの世界に守秘義務なんてものは存在しないと思い直す。
母が俺に近づき、両手で俺の腕を握りしめた。瞳が不安と期待で揺れている。
「それで、どうだったの? 元に戻れたの」
「まだ完全ではありませんが、心が晴れました。きっと元に戻れる日も近いでしょう。ご心配をおかけしました」
ライトのように、母に穏やかな目を向ける。
安心したのか、前回とは違い母がヒステリックに叫ぶことはなかった。手を自分の胸に当てて、「そう」と頷いている。
父は顔を歪め、椅子に座った。爪で机を叩いている。苛立ちがそのまま音に表れ不快だった。
「何を呑気なことを。ブライト家との婚約が破談になったらどうする。あの家は名門なんだぞ」
パールの家のことだ。
父がこれほど結婚を勧めるのには訳がある。
実は五百年ほど前まで、この国はブライト家が支配していた。現王家がブライト家を力で制圧し、王座を奪い取ったのだ。
その時の指導者こそ、「イナ王」である。ライトの部屋に飾られた立派な絵画は、イナ王がブライト家を滅ぼした時のものだ。
その際、パールの先祖はブライト家はではなく、現王家についた。同族で争うのはどの国でも同じなのだろう。
つまりパールは元王族で、この国では誰よりも由緒正しい家の出ということになる。
「何を言うの。ブライト家なんて家柄だけじゃないの。とっくに潰れた王族の血に何の価値があるっていうのよ。馬鹿馬鹿しい」
血統を重んじる父とは違い、母は資本主義者だ。大した資金力のないブライト家を見下している。
「ウィリアム家に不満を抱く者は、『ブライト家こそ真の王族だ』と未だに声高に叫んでいる。奴らを黙らせるのに、この結婚は使えるんだ」
父の言い草に、俺は腹の辺りに暗い炎が点されたのを感じた。
ライトとパールの信頼関係は本物だ。パールの様子を見ていれば分かる。
それなのに、政略の道具に彼女を使うような発言は許せない。
俺が口を開くより早く、母が父に噛みついた。
「そんな奴ら全員処刑してしまえばいいのよ! 立派な反逆罪じゃないの。私ね、今回のことで気づいたの。ブライト家は結婚を利用して我が家を乗っ取る気なんじゃないかしら」
「何を」
「だって、悪魔祓いだってパール様の提案なのよ。きっと我が家の信用を落とすのが目的なんだわ。ねえ、婚約は破棄しましょう」
「お前な」
母の勝手な思い込みに、さすがに父も呆れている。
俺は怒りより軽蔑の気持ちの方が強くなった。
「フェザー家のご令嬢なんてどうかしら?あの家は事業に成功しているし、侯爵家だから血統だって良いわ。文句ないでしょう」
「あり得ません! 俺が愛しているのはパールだけです」
「ライトには聞いていないわ。ねえ、あなた。どうかしら?」
母は俺の意見をはねつけ、父に伺いを立てている。
「フェザー家か」
父が口元に手を当てて、検討を始めた。
おいおい、嘘だろ。
「待ってください! 俺はパールと結婚します。彼女以外は考えられない」
「悪魔祓いなんて提案するような娘いらないわ。我が家の名を汚すなんて、どういうつもりなの」
「彼女は俺を心配してくれただけです。そもそもあなただって同じ提案をしたでしょう」
「私なら極秘で司祭を屋敷に招いたわ。誰が見ているかも分からない教会でなんて、あり得ない。なんて浅慮なのかしら」
母が親指を唇に当て、爪を噛む。怒りの矛先を完全にパールに向けている。
「やっぱりフェザー家のご令嬢を我が家に迎えましょう。年頃のお嬢様がいるの。とっても知的で美人なのよ。きっとライトも気に入るわ」
「いい加減にしてください!」
「ライトの言う通りだ。こんな直前に婚約を破棄したら、それこそ我が家の恥だ。諦めろ」
この話は終わりとばかりに、父が右の手のひらを見せた。机の引き出しから煙草を取り出して火をつける。
その様子に俺は胸を撫で下ろした。父がそう言うなら母も諦めるだろう。
母が上機嫌に手のひらを広げて、父を振り向いた。
嫌な予感がする。
「大丈夫。婚約破棄の原因があの娘にあることにすればいいのよ。悪魔祓いを受けたのはライトじゃなく、あの娘がおかしくなったせい。あの教会には多額の資金援助をしているし、どうとでもなるわ。いざとなれば彼女を精神棟に入れてしまえばいい」
「なっ」
「そうしましょうよ! それでフェザー家のご令嬢と結婚するの。その方が我が家にとってもプラスになるわ」
夢見る少女のように両手指を組み合わせ、頬を上気させている。
母はパールに怒っているのではない。フェザー家と繋がりたいだけだ。
拳が震えた。
私欲の為にパールを精神棟に入れる……?
ふざけるな。お前の方が余程、異常者じゃないか。
「パールを傷つけるのは許さない!」
「なら、あの娘と別れなさい。それでフェザー家のご令嬢と結婚するの。皆、パール様が捨てられたと思うだけよ。こちらにとっては痛手ではないわ」
「いいえ。俺はパールと結婚します」
俺と母に詰め寄られた父は、体ごと横を向いて足を組んだ。ブライト家とフェザー家を天秤にかけている。
傲慢で酷薄な人間を、感情だけの説得で動かすのは無理だ。
俺は父の机に手を置き、声を低くした。
「パールとの結婚を認めていただけるのなら、今より事業を大きくしてみせます。それにウィリアム公爵家の国内外での影響力を高めると約束します」
「お前は信用できない」
「そうよ。何度も私たちの期待を裏切っておいて、いまさら何を言っているの」
「新規事業の計画書をお持ちしますので、お読みください」
真剣さが伝わったのか、父は「いいだろう」と頷き、人差し指を突き出した。
「ただし失敗したら養子を取る。その場合、お前は精神棟行きだ」
脅しではなく、これは本気だ。愛情のかけらもない目がそう言っている。
望むところだ。
俺は炎を内に秘め、二人に背を向けた。




