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第11話 惨劇

※注・この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません

  1991年


 この年は記録的に日照時間が少なく、6月は高温が続き、かなり不快だったそうだ。


 6月14日15時


 賽河県賽河市は急な雷雨に見舞われ、賽河市立石積小学校の生徒たちは足止めをされた状態で、再び教室に戻り、思い思いに友人らと楽しい放課後を過ごしていた。


 この後、歴史に残る惨劇が発生する事も知らずに……。



 15時15分


 迷彩服に身を包んだ男が、校門から堂々と侵入した。


 その男は小柄な上、驟雨しゅううに気配を隠され、この時点でその存在に気付いた人は皆無だった。


 男は正面玄関から校内に侵入し、サバイバルナイフ、ククリ刀、そして特殊警棒を使って、生徒や教師を次々に襲った。


 死者18名、重傷者20名以上という、戦後屈指の悲劇だった。


 男はこの取り押さえられ、逮捕された。 凶行の理由は『人を斬ってみたかった』


 ふ ざ け る な


 のちに極刑の判決が下ったが、18名の尊い命と20名の心の傷は永遠に戻らない。


 この被害者の中に、生死の境を彷徨さまよう、当時小学3年生の男子児童がいた。 頭蓋骨陥没、右胸部裂傷、出血多量で昏睡状態が続いた。


 半年後


 医師、看護師たちの懸命の治療の甲斐があり、奇跡的、本当に『奇跡』的に、この児童は命を取り留めた。 しかし、後遺症が残るのは必至だった。 


 筈だった。


 一年後、彼が所属する野球部は全国大会のベスト4に進出、惜しくも決勝は逃したものの、彼は主砲として、試合中、本塁打やヒットを連発、更にセカンドを守り切る大活躍を見せた。


 そう、彼は生命の危機を乗り越え、後遺症さえも克服したのだ。


 彼はインタビューで涙ながらにこう語った。


「あの事件の後、たくさんの友人が毎日毎日会いに来て、勇気と力を僕に注いでくれました。 その彼らが『犠牲者』だと知ったのは、退院した後の事です。 だから、僕が生きている限り、彼らも生き続けているんです!」


 彼の言葉は、癒される事の無い深い悲しみに暮れていたご遺族に、生きる希望を与えたと言う。


 彼は、こののち、看護師となり、精鋭『DMAT』の一員として、数多あまたの命を救う事となる。 そして、やがて彼は、サターンウイルスとの闘いにその身を投じる事になるのだ。


 そう、このおとここそ、我が『健康推進事業部』の精神的支柱! 『陽向 元気』その人である。

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