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第8話『作戦・P』

※本作はフィクションです。 プール検査は、感染者が出ていない医療機関や高齢者施設で陽性者が居ない可能性が高い場合での使用が推奨されております。 その点をご理解の上、本作をお楽しみ下さい。

『倍々の威力』という言葉をご存じだろうか?


 例えば、紙を42回折ると、その厚さは月に到達すると言われている。


 1 → 2 → 4 → 8 → 16 → 32 → 64……と、単純に数値を倍にしていくと、最終的には天文学的な数になる。 PCRは、この『倍々』を繰り返す事により、微量なDNAやRNAを存在証明可能値まで()()し、陰性か陽性かを判断する。


 その為、ある程度希釈された検体でも、そこに含まれる『サターンウィルス』のRNAは、倍々増幅により検出可能な値にまで引き上げる事が可能と さて『作戦オペレーション・P』とは……


 平たく言えば、数人分の検体を混合して測定する『検体プール(P)法』という、PCR検査特有の検査方法だ。


 恐らく読者の方々は『そんな乱暴な方法があるのか?』と疑問を持たれると思う。 正直、私もそう思っていた。 しかし、これは厚労省にも認められている方法なんだ。



 普通の検査では、何人もの検体を混ぜると、当然検体が薄まってしまい、陽性率を下げてしまう。 『偽陰性』と呼ばれる状態で、あってはならない事 ……の筈なのだが、今回は『PCR検査法』という、独特な検査方法だからこそ許容される理由がある。

なる。



 とは言え、やはり、万が一『偽陰性』が発生してしまったら大変な事になる。


 その為、私は陽向さんに協力して貰い、濃度や条件を変えて、何度も何度も検証を繰り返した。


 その結果、当センターの装置では、相当数の希釈にも充分な結果を出せる事が判ったのだ!



 厚労省が推奨しているプールは5名。


 つまり、通常の5分の1の時間で結果を提出可能なのだ!


 そんな訳で『プール法』を用いたPCR検査により、ほぼ陰性が確実な検体なら、約5分の1の時間で結果が出る。 200検体なら40セット分、当センターの1回処理数が30セットなので、2クールで終わるんだ。


 但し『プール法』には、弱点がある。 それは、5名分を混ぜて検査する為、陽性判定が出た場合、その5()()()()を検査し直さなければならない。 それでも、全数を検査するよりははるかに早い! はるかはるかに早い!


 しかし今回は、陽性になるリスクが高い方々は『抗原検査』という簡易キットであらかじめ陽性予測をしてあるので、ほぼ問題無い。


 案の定、昨日の施設は全員陰性だった。 遠川とおがわ施設長に連絡を入れると、大変喜ばれた。 


 なお、陽性判定が出た場合は『確定』なのだが、陰性だった場合は『100%陰性』と言い切る事は出来ない。 『存在する』という証明は簡単だが、『存在しない』事を証明する事は、現実的に不可能だ。 その為、陰性結果を報告する際には必ず『ウイルスの存在を完全に否定するものではありません』との注釈が必要である。


 その旨も遠川さんに伝え、まずは一段落だ。 昼食の時間になったので、私は横の休憩室で、朝買ったコンビニのお弁当を食べ始めた。


 休憩室で黙々と食事していると、陽向さんを思い出し、気懸かりになった。


 せめて、お昼ご飯くらいは食べられてるかな?




『ブーッ、ブーッ』


 その時、出し抜けにスマホが振動した。 陽向さんからだ。


「お疲れ様です! 大丈夫ですか?」


「ごめん! このあと大東風さんから連絡が入ると思うけど……またクラスターだ。 人手が足りないから、今日の施設は俺一人で対応する事になった。 かなり遅くなるかも知れないから、はるかさんは、グループ内の検査が終わったら帰宅して!」


 そんな……


「一人で200人採取なんて! 無理です! 誰かにお手伝いして貰えないんですか?」


「俺は大丈夫♪ 大東風さんの電話が掛かるから! 切るよ!」『プツッ』


 陽向さん、無茶ですよ……。


『ブーッ、ブーッ』


 大東風部長からだ。


「遥さん、陽向から連絡があっただろうけど、また外部施設でクラスターだ。 ……これから看護師に、今さっき採取したグループ内の検体を持って行かせるから、その人に検体容器60名分を渡して欲しい!」


「はい、準備します。 それより、陽向さんが外部施設200名分を一人で採取に行ったと聴いたんですが」


「そうだ。 どうしても人材が手配出来なかった」


「すみません……私が運転免許を持って無いばかりに……」


「それは気にしなくて良いよ。 遥さんには検査センターに居て貰わないと困る」


「ただ、陽向さんが……」


「そうだな。 ゲンキには頑張って貰っている。 でも、遥さんが、あいつを気遣う必要は無い。 この戦いは、恐らく長引く。 今は自分の体調をしっかり管理して下さい」


 陽向さんは奥様が臨月だし、多分、一番疲れている時期の筈だ。 そんな時に、この連日の激務はかなり辛いだろう。 大東風さんは何とも思わないのかな?


 私は少し腹が立って大東風さんに言った。


「陽向さんは私より、かなり年上だし、元気そうに見えるからこそ、無理していないか心配なんです……本当に大丈夫なんですか?」


 ……さあ、どう答える? トルネード大東風!

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