第5話 移送
『バカー! んなの、間に合うわけがないでしょー!』
バカー! んな言葉、上司に言えるわけがないでしょー!
……ってなわけで、文句のひとつも言える筈が無く、控えめに聞き返した。
「は、はぁ。 只今、鋭意作成中ではございますが、期間があまりにも短く、現時点で、ファイリングまでは、体裁が整いません。 『綴紐』でも宜しいですか?」
すると「それなら間に合います?」と、質問に質問で返した質問を質問で返された。
「ま、まあ……」と、歯切れの悪い返事をするしか無かった。
「お手数をお掛けしますが、宜しくお願いします」
『ガチャッ』
『キーーーーン』
手早く電話が切られ、耳鳴りだけが残った。
「こんな朝から電話!?」
母が心配そうに聴いてくれた。 母は、昨日から目が充血している私を心配してくれていたんだ。
保健所の監査の件を話すと、温和な性格の母も、さすがに表情を曇らせた。
「それは酷いわね。 真優、あなた、そんな所でやっていけるの?」
いつもなら「大丈夫」と言って苦笑いくらいで終わるのだが、今回は疲労の蓄積もあり「ふえ〜ん」と、声を出して泣いてしまった。
二十代半ばに差し掛かろうとする良い大人が、恥ずかしい。
母は黙って私のソウルフード「たまごサンド」と『飲む点滴』とも言われる『甘酒』を朝食に出してくれた。
さらに、「少し早いけど、お父さんが東戸クリニックまで送ってくれるって」と、父に送り迎えを頼んでくれていた。
疲れ切っていたし、何かフラフラするので、今回は甘える事にした。
クリニックに到着し、検査室で作業を始めた。
今までは、厚労省が開示しているテンプレートに沿って作成していたが、それでは到底間に合わない。
背に腹は変えられないので、PDFファイルをjpg化して、それをワープロソフトに貼り付け、やはりjpg化した文書をはめ込み、印刷した。
良かった……三日かけて作った文章も無駄では無かった。
この方法は我ながら巧くいき、かなりのハイペースで文書が仕上がった。
あとは、『綴紐』で縛って形にした。
見てくれは悪いけど、必要書類としての体裁はそろっている!
夜中の12時近くまでかかったが、何とか全ての書類が完成した。
悔しいけど、この時の感動は、今でも忘れられない……これが『クライマーズ・ハイ』ってやつ?
帰りも父に迎えに来て貰ったが、実は、私は車内で眠ってしまった。
――翌朝
保健所の監査当日
私はベッドで、清々しい朝を迎えた。
後から聴いたら、父、母、兄貴の三人がかりで、眠りこけた私を車から自室のベッドに運んでくれたそうだ。
死んだように眠っている成人の重さは、実体重よりも、かなり重くなると聴く。 かなり大変だったろう。
みんな、ゴメンね〜! テヘペロ!




