第2話 猛威
出向に関する話や、準備等の説明を受けたので結構遅くなり、家に帰ると父と兄貴が既に帰宅していた。
久しぶりに、家族4人で食事をした。 テレビでは、相変わらずサターンウィルスの猛威を報道している。
サターンウィルスは、電子顕微鏡で観ると『土星』のような輪があることから名付けられたという。
(※作者注:『サターンウィルス』はフィクションです。 実在しないウィルスですが、『形状』以外の性質は、パンデミックを引き起こしたコ〇ナウィルスと同等とお考え下さい)
私はアルコールを飲めないので知らなかったが『サターンビール』と言う名前のお酒が、風評被害で売上が激減したらしい。 それに加えて、飲食店でのアルコール飲料の提供禁止命令が出て、お客さんが減ったお店が生き残りをかけて必死になっているようだ。
『病気』以外にも苦しむ人達が大勢いる。
『少しでも速く、そしてたくさんの人を検査してあげられれば、悲しむ人達が減るかな? そうすれば、こんな私でも、少しは、お役に立てるかな?』
そんな事を考えながら「私……明日から暫く、東戸中央クリニックに出向になるんだって」と、家族に伝えた。
「そりゃ、急な話だな。 『東戸』だと、自転車では、ちょっと遠いか?」と、父が心配そうに言ったので「駅から遠いし、バスも無いから、自転車で早目に出ようと思ってるんだ」と答えた。
「検査の仕事?」と兄貴が聴くので、丁度サターンウィルスの検査シーンが映ったテレビを指差すと、家族全員が驚いた。
兄貴が「おいおい! このご時世に『サターン』の検査かよ!? 危ないんじゃないの?」と、珍しく真顔で言うものだから、ちょっと吹き出してしまった。
「大丈夫! 防護服着るし、消毒もちゃんとするから。 検査室の方が、かえって一番安全なのよ」と教えてあげた。
家族に、事務長や院長からの話を説明した。
「それは、光栄な事だな。 よし! 今度の休みに、皆で町野神社に行って、魔除けの御札をいただいて来よう」と、信心深い父が言った。
「いや、これからお世話になるクリニックに近い『東戸神社』にお願いに行っ方が良くね?」と、普段はそういった事にノーコメントを決め込む兄貴が、珍しく口を挟む
『町野』じゃなくて『東戸』……か。
確かに、少しでも感染リスクを減らすために、町野中央病院での明日からのシフトからは私は除外されてしまったんだ。
明日からは、町野中央病院に、私の居場所は無い。
……ちょっと寂しい気持ちになった。
深田先輩や都先輩、更に『はっしー』こと親友の診療放射線技師橋本の顔が思い出された。
暫く、皆とお別れになっちゃうんだな。
「そうね……町野にはいつ帰れるか」と私がポツンと独り言のように言うと、母が「検査室の人達、真優の事を可愛がってくれてるみたいだもんね。 どうしても辛いときは、連絡すれば味方になってくれるんじゃない?」と言ってくれた。
そうだった!
『どうしても辛ければ、皆に相談すれば、きっと何とかなる!』と自分に言い聞かせて、寂しい気持ちを吹き飛ばした。
でも、この時の私は、このウィルスとの戦いがあんなに長く過酷になるとは、想像もしていなかった。




