第10話 教示
翌日……
仕事から帰ると、兄貴が庭で待っていた。
手には、押し入れの奥から引っ張り出してきた、年季の入った竹刀が二本。
あ〜あ、私、前章の『BLS』から特訓づいてるな〜……とボヤく間もなく、竹刀を握らされた。
「VRの前に『習うより慣れろ』だ。 コントローラーより重いけど、これで振れれば本番は楽になる。 さあ、どこからでもかかってくるが良い!」と言って、兄貴が時代劇の役者さんよろしく竹刀を構えた。
……あちゃ〜! この人、目が本気だよ。
言われるがまま私もおっかなびっくり竹刀を構え、兄貴が軽く打ち込んでくるのを受けたり、打ち返したりしていたのだが、ふと兄貴の手が止まった。
「真優、お前、打つ瞬間に目ぇつぶってるぞ」
えっ?
「それに、型は綺麗なのに、肝心の太刀の軌道が明後日の方向を向いてる。 それじゃ、いくら振り下ろしても当たりゃしない」
兄貴は竹刀を下ろし、じっと私の目を覗き込んだ。
「……真優。 お前、もしかして……当てるのが、いや、斬るのが『怖い』んじゃないのか?」
……そう言われて、ハッとした。
以前から何度も書いているが、私は、人の痛みを自分の事のように感じてしまう『エンパス』という気質がある(本編第21章第6話『エンパス』をご参照下さい)。
たとえ相手がゲームの敵兵でも、斬る瞬間に『痛そう』と思ってしまい、知らず知らずのうちにブレーキをかけたり、あらぬ方向に打ち込んだりしていたんだろう。
恥ずかしかったけど、エンパスのことを伝えると、兄貴が思いもよらぬ言葉を放った。
「……俺もガキの頃、試合で相手を打つのが恐くて泣いてた時期があってさ」
え!? うそっ!?
「その時、道場の先生に言われたんだ。 『剣は相手を痛めつけるものじゃない。 相手に取り憑いた悪しきものを断ち切り、救うための正しき行いだ』……ってな」
「……『救う』……『正しき行い』……!」
「そう。 お前の仕事と同じだよ。 血を採る時だって、患者さんにちょっと痛い思いさせるだろ? でも、それは病気を見つけて助ける為だ」
……!
確かにそうだ。 採血の時、患者さんに『チクッとしますよ〜』と声をかけながら、私はいつも『痛いけどガマンして下さいね! この一本で、必ず病気を見つけますからね』と心の中で語りかけている。
『斬る』じゃなくて『救う』
そう理解した途端、胸の奥のつかえが、すっと消えていくのを感じた。
「……よし。 今度は本気で打って来い」
兄貴が竹刀を構え直し、気だけを放ってきた。
……さっきまでとは、気の重みがまるで違う。
素人相手に本気モードだっ!
私も竹刀を握り直し、兄貴の切っ先を真っ直ぐに見据えた。
……もう、目はつぶらない。
兄貴が鋭く踏み込んで来た!
『パシッ!』
払えた。
……見える。 兄貴の竹刀の動きが、不思議なくらいはっきりと。
二の太刀、三の太刀……。 受けて、流して、その度に半歩ずつ前へ出る。 舞台の殺陣で何百回と繰り返した足運びが、勝手に体を動かしてくれる。
『相手に取り憑いた悪しきものを、断ち切る……!』
気付けば、兄貴を庭の隅の物干し竿の下まで追い詰ていた。
「ちょ、ちょっと待……!」
兄貴の竹刀が、大きく浮いた。
……今だ!
「メーーーン!」
振り下ろした竹刀は……兄貴の額の、ほんの紙一重手前でピタリと止まった。
一瞬、庭がしんと静まり返った。
兄貴は、竹刀を構えた姿勢のまま固まっている。
「……お前……今の止め、どこで覚えた……?」
「え? 『殺陣』のお稽古だと、相手に当てないのが基本だから……」
縁側では、いつの間にか見物していた両親が「おぉ〜! 一本!」と拍手している。
兄貴は、ずるずるとその場にへたり込んだ。
「……マジかよ……。 さっきまでとは別人じゃねえか……」
どうやら私には、『誰かの為』と思った時だけ、ちょっぴりスイッチが入る性分があるようだ。
「……えへへ」
私は、人差し指で鼻の下をこすった。




