↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
245/248

第10話 教示

 翌日……


 仕事から帰ると、兄貴が庭で待っていた。 


 手には、押し入れの奥から引っ張り出してきた、年季の入った竹刀《しない》が二本。


 あ〜あ、私、前章の『BLS』から特訓づいてるな〜……とボヤく間もなく、竹刀を握らされた。


「VRの前に『習うより慣れろ』だ。 コントローラーより重いけど、これで振れれば本番は楽になる。 さあ、どこからでもかかってくるが良い!」と言って、兄貴が時代劇の役者さんよろしく竹刀を構えた。


 ……あちゃ〜! この人、目が本気だよ。


 言われるがまま私もおっかなびっくり竹刀を構え、兄貴が軽く打ち込んでくるのを受けたり、打ち返したりしていたのだが、ふと兄貴の手が止まった。


「真優、お前、打つ瞬間に目ぇつぶってるぞ」


 えっ?


「それに、型は綺麗なのに、肝心の太刀の軌道が明後日の方向を向いてる。 それじゃ、いくら振り下ろしても当たりゃしない」


 兄貴は竹刀を下ろし、じっと私の目を覗き込んだ。


「……真優。 お前、もしかして……当てるのが、いや、斬るのが『怖い』んじゃないのか?」


 ……そう言われて、ハッとした。


 以前から何度も書いているが、私は、人の痛みを自分の事のように感じてしまう『エンパス』という気質がある(本編第21章第6話『エンパス』をご参照下さい)。


 たとえ相手がゲームの敵兵でも、斬る瞬間に『痛そう』と思ってしまい、知らず知らずのうちにブレーキをかけたり、あらぬ方向に打ち込んだりしていたんだろう。


 恥ずかしかったけど、エンパスのことを伝えると、兄貴が思いもよらぬ言葉を放った。


「……俺もガキの頃、試合で相手を打つのが恐くて泣いてた時期があってさ」


 え!? うそっ!?


「その時、道場の先生に言われたんだ。 『剣は相手を痛めつけるものじゃない。 相手に取り憑いた悪しきものを断ち切り、救うための正しき行いだ』……ってな」


「……『救う』……『正しき行い』……!」


「そう。 お前の仕事と同じだよ。 血を採《と》る時だって、患者さんにちょっと痛い思いさせるだろ? でも、それは病気を見つけて助ける為だ」


 ……!


 確かにそうだ。 採血の時、患者さんに『チクッとしますよ〜』と声をかけながら、私はいつも『痛いけどガマンして下さいね! この一本で、必ず病気を見つけますからね』と心の中で語りかけている。


 『斬る』じゃなくて『救う』


 そう理解した途端、胸の奥のつかえが、すっと消えていくのを感じた。


「……よし。 今度は本気で打って来い」


 兄貴が竹刀を構え直し、気だけを放ってきた。


 ……さっきまでとは、気の重みがまるで違う。


 素人相手に本気モードだっ!


 私も竹刀を握り直し、兄貴の切っ先《きっさき》を真っ直ぐに見据えた。


 ……もう、目はつぶらない。


 兄貴が鋭く踏み込んで来た!


『パシッ!』


 払えた。


 ……見える。 兄貴の竹刀の動きが、不思議なくらいはっきりと。


 二の太刀、三の太刀……。 受けて、流して、その度に半歩ずつ前へ出る。 舞台の殺陣《たて》で何百回と繰り返した足運びが、勝手に体を動かしてくれる。


『相手に取り憑いた悪しきものを、断ち切る……!』


 気付けば、兄貴を庭の隅の物干し竿の下まで追い詰ていた。


「ちょ、ちょっと待……!」


 兄貴の竹刀が、大きく浮いた。


 ……今だ!


「メーーーン!」


 振り下ろした竹刀は……兄貴の額の、ほんの紙一重手前でピタリと止まった。


 一瞬、庭がしんと静まり返った。


 兄貴は、竹刀を構えた姿勢のまま固まっている。


「……お前……今の止め、どこで覚えた……?」


「え? 『殺陣』のお稽古だと、相手に当てないのが基本だから……」


 縁側では、いつの間にか見物していた両親が「おぉ〜! 一本!」と拍手している。


 兄貴は、ずるずるとその場にへたり込んだ。


「……マジかよ……。 さっきまでとは別人じゃねえか……」


 どうやら私には、『誰かの為』と思った時だけ、ちょっぴりスイッチが入る性分があるようだ。


「……えへへ」


 私は、人差し指で鼻の下をこすった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。