第15話 チャンピオン
ハルカは激怒した。 必ず、かの根性無しの男を何とかせねばならぬと決意した。 ハルカには鈴森さんの性格がわからぬ。 ハルカは、町野中央病院の臨床検査技師である。 血液検査をし、患者さんの心電図や手術前の呼吸機能検査をして暮らしてきた。
……って
鈴 森 さ ん の お ば か ! !
あの人、逃亡しちゃった! 「ちょっと……用事が……」の一言を残して。
サークルの人たちのガッカリした顔ったら無かった。
秋山さんが、しょんぼりと「オレ……調子に乗りすぎちゃったかな」と呟いた。
「……鈴森さん、注目されるの苦手だからね」と、大村さんも寂しげに言った。
安西さんが「私、一緒に来ない方が良かったですかね」と、半べそをかいている。
私が「いや! 関係無いですよ! 鈴森さんは職場でも、逃げも隠れもするのです! と必死に言ったら、安西さんが「プッ」と吹き出した。 可愛い♡
私の一言で、なぜかちょっと場が和んだので、当初の予定通り、飲み屋さんに向かう事にした。
ふ~! 鈴森~、覚えてろ~(怒)
ちょっと寂れた感じの『一杯飲み屋』さん? に到着した。 焼き鳥と炭の良い香りがする。 私が友人と行くのは、ファミレスか、駅前の居酒屋チェーン店みたいな所なので、こんなお店は初めてだ。
「いら~っしゃい! さ、どうぞ!」と、優しそうなおばさま(女将さん?)が席に案内してくれた。
7人入ったら、それだけでも満員だ。
皆さんは、思い思いのアルコール飲料、私は自転車なのでウーロン茶を注文した。
乾 杯 !
……と、飲み始めたが、結局は、鈴森さんの話題になってしまった。
「鈴森さん『吃音』があって、喋るのが苦手って以前言ってたんですよ」と、女性三人組の一人、柳井さんが言った。
秋山さんが「う~ん……。 吃音症も多少あるかも知れないけど、あれは『対人恐怖』……いや、対『若い女性恐怖』じゃないかな」
「……そうか……って、鈴森さん、もう50歳近いんでしょ? 若い女性を意識する歳じゃないでしょ?」と、大村さんが穏やかな声の割に、結構、辛辣な事を言った。
「いや、あいつはオレの2個下だから、今年55だよ。 ……オレなんか、もう孫も居るのになあ……」と秋山さんが言った。
「鈴森さんは職場でもあんな感じなんですか?」と、もう一人の女性、古川さんが、私に聴いた。
「そうですね。 ……ただ最近、病院では患者様、特に女性患者様には非常に気を遣っているので、鈴森さんくらい慎重な方が良いのかも知れません」
私は女だからほぼ問題無いと思うが、病院内では特別な技能を持った男性の医療従事者が女性に施術する機会が少なくない。 患者様によっては極端にそれを恐れる方もおられるので、女性患者様が何らかの施術をされる際には、必ず女性スタッフを同席させるように院内の約束事として決められている。
「……そうか。 あれは一種の『職業病』なのかもな」と、秋山さんが、妙に落ち着いた調子で言った。
「なんか、しんみりさせちゃってスミマセン」と私が恐縮して言うと「遥さんのせいじゃ無いよ~!」と、皆さん気を遣って下さった。
「いら~っしゃい! 皆さんお待ちですよ!」と女将さんの声が響いた。
入口を見ると……
メ! メロス! じゃなかった、す! 鈴森さん!
メロス張りに息を切らせている!
「鈴森さん! 突然、どうしたんですか?」と私が聴くと……
「これ……」と言って、赤いリボンの付いた包みをくれた。
「今日、お越し戴いたお礼、です」と、鈴森さんは、小さい声だが落ち着いたトーンで言ってくれた。
「開けて良いですか?」
「どうぞ」
包みを開けると、中には、真っ白な、何も描いてない『本』が入っていた。
これに絵を描けば、世界でたった1つの、オリジナル絵本が完成するって事だ。
「ありがとうございます!」
思いがけない戴き物に、私は感動してしまった。
鈴森さん! 一瞬でも疑った私を殴ってくれっ!
「皆さんにも、お土産です」
鈴森さんが照れながら、手にした袋を大村さんに渡した。
袋を覗いた大村さんが、お腹を抱えて笑い出した!
え? なに? なに!?
順番に覗き込んだ全員が、滑らずに大爆笑している! R-1グランプリのチャンピオンだって、ここまでの笑いは取れないだろう!
あら、安西さんに至っては、笑い過ぎて息が出来ない程だ!
鈴森さん、どんな魔法を使ったの!?
袋の中には……
お醤油と豆板醤が、これでもか! と入っていた!
こ、これこそ鈴森さんの『絵の具』!
秋山さんも笑い泣きしながら「鈴森さん、オレたち全員弟子にするつもりか〜」と言ったので、またまた笑いの渦が巻き起こった!
当の鈴森さんは、澄まし顔で皆を見廻している。
……その後、皆さんと楽しい時間を過ごした事は言うまでもない。
鈴森さんに、改めて
か ん ぱ 〜 い !




