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第6話 メモ帳

「ぎゃああ〜〜っ!」 


  検査室前で、突然大きな泣き声がした!


「な、なんだあ?」


 深田先輩が慌てて検査室から出て、私も後から続く。


 3~4歳の女の子が、全身を震わして、何かに抗《あらが》おうとしていた。


 若いお母さんが「ママ、これから検査だから大人しく座って待ってて!」と言うが、3〜4歳の娘さんは増々音声の㏈(デシベル)を上げ「いやあぁ〜〜、ママといくぅ〜」と、大泣きしている。


 技師長が、こんな時の為に……と、検査室の奥のロッカーに常時格納され、その出番を待ちわびていたであろう伝家の宝刀『The Anpanman(アン〇ンマン)』のぬいぐるみを持って出てきて、娘さんの前で身を屈《かが》め「お名前教えて〜」と、ニコやかに話しかけた。


「さな、先生に『さなです』って教えてあげて!」と、お母さんが言うが、お母さんにくっついて振り向きもしない。


深田先輩も「超音波(エコー)検査は、ちょっと時間がかかるんですよね」と、困り顔をしている。


 私が咄嗟に「折り紙、折ってあげても良いですか?」と技師長に聞いた


 五木技師長が「おお、頼む!」と言って、さなちゃんに「このお姉さんが、折り紙してくれるって!」と言ってくれたが、頑《かたく》なにお母さんから離れない。


 私はポケットからメモ帳を出し、一枚切って、手早く得意の『カエル』を作って、椅子の上に置いた。 


 お尻の部分を指で弾くとピョンと跳ねる、簡単だがちょっと可愛い折り紙だ。


 私は、臨床検査技師を目指すには致命的に化学と数学は不得意だが、図画工作は常に上位だったんだ。


 娘さんがこちらに興味を持った!


……私が、カエルの弾き方を娘さんに教えている隙《すき》に、深田先輩が、お母さんをエコー室に連れて行った。


「カエルさん、お目々が無いから……さなちゃん、書いてあげて!」


……と言って、ちょうど持っていた、新品の油性ペンを娘さんに渡すと、夢中でカエルの目や口を描き込んでいる。


 私は、もう一匹カエルを作って


「今度は競争しよう」……と言って、レースを始めた。


 さなちゃんは、夢中で「キャッキャ、キャッキャ」と笑いながら、カエルを弾いている!



……そんな事をしているうちに、お母さんの超音波(エコー)検査が終り、戻って来た。

 

 さなちゃんは、お母さんに「あのおねえたんがつ(ちゅ)くってくれたの!」……と言って満面の笑みで私を見た。


「ありがとうございました。 助かりました」と、お母さんは恐縮して、何度も頭を下げている。


「いえいえ、ただのメモ帳ですから」と、却って私のほうが恐縮してしまった。


 技師長が「遥《はるか》さんは、道を誤ったんじゃないか?」と、真顔で仰った。 深田先輩も「笑い声が聞こえたから、びっくりしたよ」と驚いていた。




……フロア図を間違えて覚えたり、院長先生の前で恥ずかしい思いをしたり、初仕事が『水虫(+)』の伝票提出だったり……と、初日から色々あったが、最後には名誉挽回出来たようで、嬉しかった。

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