第9話 脱力
『プルルルルー プルルルルー』
……出勤して朝の準備をしている最中、外線電話が鳴った。
「はい! PCR検査センター、陽向です。 ……えっ!? マジですかぁ!?」
以前は良く検査室内に響いていた陽向さんの弾けるような明るい声が響いた。
私はアルコール消毒した机の上をクリアファイルで軽くあおいで乾かしていた手を止めて、陽向さんのそばに行った。
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ちなみに、良く『アルコール消毒』と言われるが『消毒』の効果が現れるのはアルコールが揮発して細菌やウィルスの細胞壁や細胞膜を破壊する時であり、濡れた状態では、まだ生きていて感染性があるので注意が必要だ。
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「遥さん! 大東風さんからで、PCRの物品が入手出来たそうだ! 明日には大量に搬入されるそうだよ!」
…………?
…………
………え…?
私はしばらく陽向さんの言葉を理解出来なかった。
『PCRの物品が……大量に搬入される』……って言ったよ……ね……?
「俺たちの粘り勝ちだよ! まだまだやれる!」
ふと我に返り、落ち着いてもう一度考えたが、にわかに信じられない。
「……ちょ! ちょっと待って下さい……この材料不足の状況で、一体どうやって医材を入手できるって言うんです!?」
「ふっふっふ」
陽向さんがおどけた声を出したが、目は真っ赤で、涙を必死にこらえているようだった
以前PCR検体採取にお伺いした事のある『鷹音市』のご施設が、実は日本屈指の貿易会社の関連施設で、全面的な支援を申し出て下さったそうだ。
「俺たちが、あの時いち早く検査結果を出せたから、施設入居者や職員、更にそのご家族へのサターンの蔓延が最小限に抑えられたそうだ。
常々『助かった』と仰っておられたそうだよ。
……そんな折、うちとは違う検査センターからの問い合わせで、日本中のPCR検査センターが医材不足な事を知り、心配して真っ先に大東風さんに連絡をくれたんだって!」
陽向さんの涙が決壊し、綺麗な涙が頬を濡らした。 それを見た私の目からもポロポロ涙が溢れて止まらなかった。
その瞬間、膝から崩れ落ちるようにへなへなと力が抜けてしまい、陽向さんが慌てて私を抱きかかえた。
心は陽向さんから離れようとするが、身体が言う事を聞かない。私はそのまま陽向さんにしがみつき、大声で泣いた。
陽向さんは、私の背中を優しくさすってくれていた。
今まで、かなり無理したり、悩んだり、時には感情を露わにしたり……家族にも迷惑や心配をかけてきちゃったけど、そんな日々が全て報われた気がした……
暫くして陽向さんが「遥さん……乾杯しようか? 何か買って来るから座って待ってて」と言ったので、慌てて離れた。
「わ! 私ったら! あまりにも嬉しくて、つい! ご、ごめんなさい!!」
陽向さんは立派な妻帯者だ! その方に抱き付くなんて、なんてはしたない!
「ははは、気にしないで! 看護師は患者を抱えるのに慣れてるから!」
『患者』とは! 一本取られた! さすが陽向さんだ。 殿方に耐性の無い私とは格が違う!
その後、陽向さんはブラックコーヒー、私は例によってミルクティーで乾杯した。
翌日、十数個の大きな段ボールで検体用スワブ(綿棒)や検体採取用のスピッツなどが搬入された。
これで、事業を継続できる! サターンで苦しむ人を少しでも減らすお手伝いが出来るんだ!
本当にうれしく、ありがたかった。
私と陽向さんは連名でお礼状を作成し、関係各位さまに送付した。
なお、このご支援は、後日サターン禍が収束するまで続いたのだった。




