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第7話 夢

 翌日


 いつも通勤に使っている自転車をクリニックに置いてきてしまったので、兄貴が検査センターまで送ってくれる事になった。


 車の中で、私は昨夜ゆうべの父の言葉が心の中で繰り返されてモヤモヤしており、不機嫌に外を眺めていた。


 暫く、カーラジオの音声だけが響いていた。



「お前、昨日お父さんから何か言われたろ?」


 唐突に、兄貴が話しかけてきた。


「『無理が続くようなら考えた方が良い』って言われた」と、そっぽを向いたままつっけんどんに答えた。


「お父さん言ってたよ。 『真優がマンガ家になりたいって言った時、許してやっていれば良かった』って」


「そんな事、今更言われても遅いよ! 私、もうすぐ20代半ばよ!? そしたら、あっという間に30歳を過ぎちゃうよ! もうマンガ家になんてなれるわけないじゃん!」


 兄貴に当たってもしょうがない のは判っているが、つい声を荒らげてしまった。


「だからこそ、今更ながら後悔してるんだって。 自分がお前の夢や幸せを壊しちゃった……ってね」


***


 以前も書いたが、私はマンガ家になるのが夢だったが、親……特に父親に猛反対された。 


 登校拒否までして親に反抗したら、父から『手に職を付けたら30歳までは好きな事をして良い』と言われ、偶然見かけた『臨床検査技師』の専門学校に行き、そのまま成り行きで町野中央病院に就職した。 そして今は、町野グループのPCR検査センターに出向している。


 現実に流され、マンガ家を目指す夢は失われたけど、あの時、父が許してくれていたら、私はデザイナー学院に行って、好きなマンガやイラストを毎日描き、充実した楽しい日々を送れていたかも知れない。


 ……そう思うと、やはり悔しかった。


***


「お前、お父さんが画家を目指してたって知ってた?」


 え!? あのお父さんが……画家〜!?


 ……絵どころか、父が何かを描いているのを一度も見たことが無い。


「お父さん、絵なんて描けるの?」


「俺も、昨日初めて聞いて驚いたんだ! お母さんが大事にしていたお父さんの絵を見せて貰ったけど、プロ顔負けだったよ! 見直した!」


 それはウエディングドレス姿の母の絵だったそうだ。 その絵が、父が描いた最後の絵らしい。


 ……父は幼少期から絵が得意で、数々の賞を受賞していたそうだ。


 将来は画家を夢見ていたが、祖父に猛反対されたと言う。


 子供の夢に反対するのは、はるか家の伝統なのか!?


 父は家出までして祖父に反抗し意志を貫こうとしたが、遥家の長男としての責任感から、最終的には画家になる夢を捨て、一般の企業に勤めたそうだ。


 その後結婚し、兄貴や私が産まれ、今の家庭を築いたのだが、その時、ふと自分が『画家』になっていたら、今の幸せを手に入れられたかどうか……と考えてしまったらしい。


 それで私も、不安定な『マンガ家』にさせるより、手に職を付けさせたかったようだ。


「そ、そんなの、やってみなくちゃ判らないじゃん。 自分と私を一緒にして欲しくない!」と言って、私は再びプイッと外を向いた。


 我ながら駄々っ子みたいだと思ったが、この時は素直になれなかった。


 検査センターが見えて来た。


 別れ際に兄貴が「今日も遅くなりそうならLINEしな。 俺、明日休みだから迎えに来るよ」と言ってくれた。


「判ったら連絡する。 ありがと」と素っ気なく答えたが、心の中では『本当に迷惑をかけてるな』と、胸が痛かった。


 もうすぐ検査センターの物品も底を突く。 放っておいても辞める事になるかも知れない……


 もういい! どうとでもなれ!


 私は頬を膨らませたまま靴を履き替え、職員入り口の扉をぶっきらぼうに開けた。


 


 すっかり、投げやりな気持ちになっていた……。

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