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第6話 疑問

 その日の集団PCR検査は、結果報告までかなりの時間を要した。


 ……あっ! それは当然、私の右手が痛かったからでは無い。


 通常、施設患者さんからスワブ(綿棒)で採取した検体はスワブごと不活化液に浸したまま検査センターまで搬送して検査するのだが、今回はスワブ不足の為、全て唾液で採取した……のだが、実はそこに問題があった。


 不活化していない検体は原則として()()()()()()ように定められている。 すなわち、別の施設で採取した検体は不活化しない限り、こちらに持って来られないんだ。


 これが『第一の問題』だ。


『それなら、あらかじめ、唾液採取用のスピッツに不活化液を入れておけば良いのでは?』とおっしゃる賢明な読者の方がられるでしょうが、ここに、更なる問題が生じる。


 唾液採取用のスピッツには2種類ある。 不活化液がセットになっている高価な物と、別売りの不活化液を後から加える安価な物だ。


『ヴァ・セディ紛争』後、物品の出荷調整が始まった為、不活化液とセットになっている容器は購入出来なくなってしまい、出荷調整を受けていない安価なタイプしか入手出来なくなっていた。


 このタイプは、中にストローが入っており、それを使って容器に唾液を流し込むのだが、認知症患者さんや知的障害をお持ちの方が誤って不活化液を吸引してしまう危険がある。


 これが『第二の問題』だ。


 不活化液の詳しい組成はここでは省くが、誤飲は重大な事故に繋がるので、誤飲のリスクを無くすには、採取した検体に後から加えるしか方法が無い。


 この日、私は検査センターでの業務が終わっていなかった為、陽向さんが施設で検体を採取し、グリーン・ゾーン(ウィルス感染リスクの無い安全な空間)に移動してから、一つ一つに規定量の不活化液を加え、良く撹拌まぜてから持ち帰ってくれた。


 その為、帰院の時点で、いつもより遅くなっていた上、二人とも疲労が溜まっており、仕事の効率も下がっていた。


 二人を動かしていたのは、いわゆる『防波堤』としての責任感とお互いの協力だった。


 検査が終了したのは、翌日の1時過ぎだった。


 ……実は私は、父が心配して自動車で迎えに来てくれたので助かった。


 陽向さんはクリニックの当直室に泊めて貰う事になった。


真優まゆ……俺もお母さんも、お前を嫁に出すまでは大切に護り抜く責任がある。 ……こんな無理が続くようなら、何か考える必要があるぞ」


 父が低い声で言った。


 以前、私が精神的に病んでしまった時にも、家族には多大な心配と迷惑をかけてしまった。


 現に、父も仕事の後で疲れているだろうに、こんな時間に、お迎えに来て貰ってしまった。


 今、この仕事の重要さは身に沁みて判っている。 


 しかし家族を苦しめ、同僚である陽向さんにも色々迷惑をかけ……そんなにしてまで、私が働く必要が本当にあるのだろうか……?


 そんな疑問が、疲れ果てた頭を占め始めていた…。

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