第8話 『魔女』
私と陽向さんは無言で俯いたまま、気まずい時間だけが流れた。
……きっと陽向さんは、恐ろしい考えをしてしまった私に呆れてしまい、声も出ないのだろう。
「遥……さん」
ギクッ!
「は! はい!」
「もしかして、遥さんが言った『在るまじき事』……って、それ……だけ?」
『それだけ?』って!?
自分の保身の為に病気の継続を願う医療従事者なんて言語道断! 悪魔に魂を売ったにも等しい事だ。
「はい……。 そんな考え方をしてしまった自分が許せなくて」と言って、私はポケットから『退職願』を取り出し、陽向さんに見せながら伝えた。
「……私、此処で働かせて戴く資格はありません。
ご迷惑ばかりお掛けしましたが、大東風部長に言って、辞めさせて頂きます」
涙が数滴、床に落ちた。
「遥さん! 俺は嬉しいよ!」
墨台さんが、晴れやかな声で言った。
……そうね。 寂しいけど、こんな恐ろしい女とは、一緒に仕事したくないよね。
陽向さんが1オクターブ上の声でうれしそうに言った。
「遥さん、漫画家志望だったよね?
想像は得意でしょ?
ちょっと考えてみて」
「……? はい」
「貴女は『魔女』です。
願った事が現実になります。
さて『サターン禍が続きますように』
……って願いますか?」
……!
テレビで、サターン肺炎に苦しむ人々の映像を嫌と言うほど観たし、ご施設に検体採取に行った時も、レッドゾーンで苦しんで居られる患者さんの姿も目の当たりにした。
あんな苦しむ人たちを増やすなんて
私には出来ない!
私は拳を握りしめた。
「そんな事、絶対に願いません! 出来る事なら『サターンウィルスをこの世から消して下さい!』って願います!」
……!
瞬時に口から出た自分の答えに驚いた。
「はい! まず、その『退職願』は捨ててね」
陽向さんが笑顔でシュレッダーを指差す。
私は、言われるがまま、退職願をシュレッダーにかけた。
「……俺が『嬉しい』って言ったのは『次のパンデミックに対する備え』が万全になった事を、遥さんの言葉で確認出来たからだ」
……次の……パンデミック……!?




