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第5話 『悪魔』

『頑張ってサボる』


 今迄そんな生き方をして来なかった私は、正直、戸惑っていた。


 ところが!


 私が復帰したその日から、サターンウィルスの検査依頼がパッタリと途絶えてしまった。


 恐らく国を挙げておこなって来たワクチン接種や感染対策が奏功したのだろう。 新規感染者数が激減していた。


 その後、大型連休があり、数週間後にリバウンドが懸念されていたが、感染者数は上昇しなかった。


『頑張ってサボる』どころの話ではない。 仕事が無いんだ。


『仕事は自分で見付けるもの』と怒られるかも知れないが、臨床検査技師の仕事は『医師の具体的指示のもと、必要な検査のみを行う』と法律に定められている。


 道行く人に声を掛けて『検査して行きませんか? お安くしますよ』等と客引きすることなど言語道断! 法律違反になってしまう。


 そんな中で、私は……臨床検査技師として、いや、人間として、最低の考えが鎌首をもたげ始めていた。


 自分で自分が恐ろしくなった。


 その考えとは……


『もう少し、サターン禍が続きますように』


 このまま、お仕事が無くなったらPCRセンターは廃止になり、路頭に迷うことになる。


 私は、自分の保身のために、あの恐ろしい感染症が無くならないことを心の奥底で望み始めている


 私は、文字通り『悪魔サターン』だ。


 人類の裏切り者だ


 これ以上、医療従事者として仕事を続ける資格は……無い。


***


 その日の帰宅後、私は親友の『美緒みお』……近江おおみ美緒みおと『オンライン飲み会』を開いた。


『飲み会』とは名ばかりで、二人共お酒が飲めないので、ミルクティーで乾杯した。


 美緒は臨床検査技師の専門学校からの親友だ。


 大病を患っていた美緒は、一時的に生死の境を彷徨さまよった事もあったが(本編 第4章『自殺企図』をご参照下さい)現在はだいぶ回復し、自宅から通院治療をしている。


 サターン禍なので、重症化リスクが高い美緒と直接会う事は出来ないが、今は手軽にオンライン飲み会が出来る。


 他愛もない話をしたあと、私は美緒に言った。


「私……親から30歳迄は好きな事をして良い……って言われてて、タイムリミットまでのあと数年……もう一度、漫画家を目指したい……って思い始めてるんだよね〜」


美緒は、私の決意を喜んでくれた。


「この前、私が死にかけた時に思った事があるんだ……『このまま死んだら、私、この世に生きたあかしを遺す事無く、みんなの記憶から消えてしまうんだな』……って。 その時、頭に浮かんだのは真優まゆだった」


「……?」


「もし今度生まれ変われるなら『遥 真優』になりたい……って、本気で思ったんだよ」


「え? 何で私!?」


専門がっこうで、真優は理数系苦手だ……って言いながらも、理数系が得意な私たちに追い付き追い越し……ついにはトップになったじゃない?」


「……そんな事もあったような無かったような……」


「あったの(笑) でも、そんな真優の本当の目標は、私たちみたいに『臨床検査技師』になる事じゃ無かった。 この『闘争心』の欠片かけらも無いまゆを、あれ程までに突き動かしていたのが『漫画家への夢』だったんだよね」


 確かに、私にとって『臨床検査技師』の国家資格は漫画家になる夢へのチケット()()()なかった。


 ……人間の脳は、本当に辛かった事を忘れるように造られていると言う。 勉強……特に数学や化学が苦手だった私にとって、地獄以上に辛かったあの日々は、朧気おぼろげにしか憶えていない。


『クラスでの順位なんかどうでも良い! 国家資格を手に入れる為なら、辛酸でも何でも舐め尽くしてやる!』……みたいに思っていたような……。


「大きな夢を追いかけ、確実に自分の物にしてきた真優……あの時も、いいえ、今でも羨ましいんだ……」



 ……とんでもない……それはとんだ誤解だ。


 私は所詮『自分の為なら世界に病気が蔓延しても良い』って思ってしまう、悪魔のような女だ。 


 モニター越しの美緒の顔を真っ直ぐ観ることが出来なかった……。

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