番傘の空10
縷々空は安らかな顔で私を広げ。
ゆっくりと高い崖から身を投げた。
彼女が言うには“転生”とやらをするだけらしい。
私は海へと流され。
様々な者の手に渡り、今此処にいる。
☆†☆†☆
『夢見る少女は私を持って、大空を羽ばたいたんだ』
「………。」
沈黙が落ちた。カリカリというペンの音が、さっきまでは二つ分だったのに今は一つしかない。蛍野を見ると一心不乱に原稿用紙に向かっている。ということは、手を止めているのは結姫か。彼女を見ると、微妙な顔で笑っていた。
『どうかしたか』
「……なんでもないわ」
「先輩? 独り言ですか」
蛍野が顔を上げずに尋ねる。結姫はそれにも「なんでもない」とだけ言って作業を開始した。
さて、私の昔話は結構長かったらしく、蛍野がかさばった紙束を結姫に渡した。結姫はそれと交換するように翡翠色の表紙を持つ和綴じの本を手渡した。見覚えのある作りだが、気のせいと言うことにしておこう。
「……どうしろと」
「あたしが蛍野君のやつ読んでいる間、それでも読んでいて。蛍野君、さっき原稿渡してくれずに読み始めてしまったでしょう?」
「あ」
蛍野が思い出したように鞄を漁り、紙を数枚出して結姫に渡した。
結姫がくすくすと笑うと、蛍野が恥ずかしそうに目を泳がしながら別のページを見て「何ですかこの落書き……」とぼやいたが「子どもの頃の交換日記の残りよ」と涼しい顔でごまかしていた。いいのか。一応それは妖の交換日記だろう。
そこでふと思った。もしかして、縷々空の“転生”が結姫だったら? ここで烏之瑪でも現れたら決定的だったのに……。世界は広いから縷々空みたいなことをする人間の一人二人いてもおかしくはないと思うが……うーん。
しばらく黙々と読み続けていた二人だが、蛍野が読み終えた瞬間、叫んだ。
「可哀想ですよ先輩! 女の子が自殺なんて……!」
「あら、いいじゃない」
「納得いかないです! そもそも何ですか転生て。生まれ変わりを幾ら信じても駄目ですよ!」
「ええー? ならこれでどう?」
結姫は蛍野から日記をひったくって何かを書き足し始める。それを蛍野が横から覗いて読み上げた。
「〈縷々空の来世は今此処に共にある。私の目に映らないだけで、今何処かにいるのだろう。〉……先輩。コレ、かなり無理があると思います」
「ふふふ。いいのよ、これで」
結姫はふわりと微笑んだ。その微笑が、あの少女と重なって見えて私は目を疑った。……まあ、人間だからな。顔が似ているやつがいてもおかしくないだろう。
二人がわいわいと読み合わせをしていると、
キーンコーンカーンコーン……。
「うわ。先輩、下校時刻!」
「そうね、帰りましょう」
二人は慌ただしく鞄を片付けて廊下に出る。……って、おい。
ガシャン、と鍵のかかる音がした。
『……結姫め』
私を置いて帰るとはどういう了見だ。私は溜息を一つついて、さてどうしようかと首をひねった。だがいい考えは浮かばない。
まあ、あの薄暗くて埃っぽい場所よりも全然快適だからいいか。
私は次に結姫が来るのを眠って待つことにした。
四話完結。




